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映画「聲の形」牛尾憲輔インタビュー 山田尚子監督とのセッションが形づくる音楽

2016年09月16日 19:52  アニメ!アニメ!

アニメ!アニメ!

映画「聲の形」牛尾憲輔インタビュー 山田尚子監督とのセッションが形づくる音楽
2016年9月17日より全国で劇場公開される京都アニメーション制作/山田尚子監督の最新作、映画『聲の形』。その音楽は、ソロプロジェクトagraphや、LAMAのメンバーとして知られる牛尾憲輔が担当している。劇伴は2014年のTVアニメ『ピンポン THE ANIMATION』につづく2作目となる牛尾は、監督の山田尚子とともにどのように音の世界を作り上げたのか。
公開に先立ち、牛尾憲輔に楽曲制作におけるコンセプトを語ってもらった。
[取材・構成:高瀬司]

『聲の形』
2016年9月17日(土)全国公開
http://koenokatachi-movie.com/

※本インタビューには作品のネタバレに繋がる内容が含まれています。予めご了承下さい。





■「こんな現場ほかにないよと言われました(笑)」

――まずはじめに、牛尾さんが映画『聲の形』に参加した経緯を教えてください。

牛尾憲輔(以下、牛尾)
僕は普段はミュージシャンとして活動しているので、劇伴のお仕事はほとんどしていなかったんですが、山田尚子監督が僕の音楽を聴いてくださっていたらしいんですね。それで映画『聲の形』に合いそうということで事務所を通して声をかけていただきました。僕はもともとアニメが好きで、特に山田監督と一緒に仕事をしてみたいと以前から公言もしていたのでうれしかったですね。

――山田監督とお会いしていかがでした?

牛尾
もの作りの人間としてものすごく通じ合うところがあって、うれしい以上に驚きました。最初の打ち合わせで会ったときも、好きなものや影響を受けたものについて、音楽や映画だけでなく、絵画や彫刻、舞踊、写真、建築まで含めて、具体的な固有名詞で通じ合えて。

――そうした共通性は作品制作にも活かされているのでしょうか。

牛尾
そうですね。最初に話し合った、自分たちがいいと思い、この作品にとってふさわしいと思うものが、映画『聲の形』の根幹をなすコンセプトとなっていきました。普通、音響監督や選曲の方から音楽メニューという、こういうシーンがあるのでこういう曲を作ってくださいという指示書をいただくんですね。ところが今回はそれが2、3曲だけだった。それはなぜかというと、コンセプトワークを最初に2人で徹底的に行ったからです。

――その最初というのは、全体の工程としてはどの段階だったのでしょうか。

牛尾
絵コンテもまだそんなに仕上がってない、つまり作品の方向性がまだしっかりとは定まっていない段階ですね。そのころから僕がオーディオスケッチと呼んでいる、楽曲にとっての絵コンテに相当するようなラフをいくつも作って、山田監督と往復書簡のようにやり取りをしながら作業を進めていきました。絵コンテがあがった段階でもう40曲はできていたと思います。

――ということは、映像に対しても音楽が影響を与えたところがある?

牛尾
影響というだけでなく、映像と音が有機的に絡みあった作品になっていると思います。というのも、オーディオスケッチができあがったあとは、2人で週に一度レコーディングスタジオに入って、その時点でできている映像へ、実際にスケッチの曲を当ててみたり、合わせたものを観てアレンジを変えてみたり、もっと別の曲が必要だと思えばその場で作ったりといった作業をひたすら続けていったんです。そのために、僕と山田監督とスタジオのエンジニアだけの空間を作っていただいて、一対一でセッションをしているかのように進めていきました。

――それはものすごく特殊な現場ですね。

牛尾
そうですよね、作品のプロデューサーにも、こんな現場ほかにないよと言われました(笑)。それをこんな劇場公開規模の作品でやらせていただけたのはとても光栄なことだと思います。

――他方で、音響監督の鶴岡陽太さんとはどのようなやり取りをされたのでしょうか。

牛尾
音楽に関しては、最初にこちらから、全体的なプランニングやコンセプトを持っていき、鶴岡さんからゴーサインをいただけたら、山田監督とスタジオで制作し、できあがったものを再度持っていきチェックしていただく、という流れでした。つまりミクロな作業は僕と山田監督でやって、トータルバランスを見ていただいたかたちです。

――最終的に何曲作られたのでしょう。

牛尾
(9月14日発売の)サントラには61曲入っているのですが、音響スタッフとのやり取りのために準備した楽曲まで含めると82曲作っています。ただ最終的に映画で流れるのは約50曲ですね。ピアノの曲が多くなりましたが、それは意識的な選択ではなく、結果としてそれらが残りました。

――選曲はどなたの主導で?

牛尾
もちろん最終的なジャッジは山田監督ですが、基本的にはどちらかということではなく、僕と山田監督2人で話し合うなかで自然と決まっていきました。

――牛尾さんは、ソロプロジェクト名「agraph」にもgraphという視覚的要素を織りこんであるように、以前のインタビューでは美しい風景などをコンセプトに音作りをしているとおっしゃられていましたが、今回もそうしたことはあったのでしょうか。

牛尾
ありましたね。基本的には、山田監督と磨きあげたコンセプトをベースに作っていますが、ラストシーンの音楽はある風景にインスパイアされて生まれたものです。それというのも、そこの曲ができずにすごく困っていたときに、仕事で京都に行く機会があったんですね。そのときに山田監督から、京都アニメーションのすぐ近くにある河原を教えてもらって。そこは、山田監督も映画『聲の形』のラストシーンがどうしても描けなかったときに何かを得た場所だったらしく、それを聞いて仕事のあとに行ってみたんです。そうしたら、気づいたときにはその河原の端っこで滂沱の涙で立ち尽くしていて(笑)。なのでラストシーンについて、山田監督と同じ場所で同じ風景を見ながら気づきを得られたというのは、とても幸運なことでしたね。

――同じビジュアルイメージとして、原作マンガからの影響はいかがですか。

牛尾
原作はご依頼をいただいた2015年に読んだのですが、すごくパワフルな作品なので、それをもとに音楽を当てることは必ずしもよい結果につながらないと思いました。なので原作はそのときに一度読んだだけ、むしろ山田監督とのコンセプトにもとづく、映画『聲の形』の音楽を作る必要があるだろうと、意識的に思い出さないようにしていました。いまだに読み返していないので、今回の映画が原作にどれくらい近く、どれくらい異なっているかは自分でもわかっていません。


■コンセプトの形

――コンセプトの重要性が繰り返し語られてきましたが、そこに関してもう少し踏みこんでうかがわせてください。

牛尾
今作のコンセプトワークは、山田監督と2人で画集や写真集など、さまざまなイメージを持ち寄りながら行いました。例えば画家であればジョルジョ・モランディやヴィルヘルム・ハンマースホイなどといった具体的な固有名から、音楽に活かせる有効なコンセプトを抽出していったんです。

――それらは直接劇伴へと反映されているのでしょうか。

牛尾
はい。曲作りでは、モランディの描く静物画の影、あるいはハンマースホイの光の描き方など様々なことを、音へとコンバートしています。そこにある影のにじみやレンズのぼけといった物理現象を、音という別の物理現象へと置き換えていくということですね。たとえば、レンズの端はビネット効果というコサイン4乗則にもとづいて光量が落ちていきますが(周辺減光)、その構造は音楽に当てはめるとどのようになるのか、ということを突き詰めていくわけです。こうしたアプローチはすべて初期のコンセプトワークの段階で積み上げ、山田監督と共有していきました。

――これまでも、マルセル・デュシャンやジョセフ・コスースといった芸術家を引きながら自作の音楽を語られてきた牛尾さんらしいアプローチだと思いますが、それに対して山田監督の反応はいかがでしたか。

牛尾
コンセプトワークや観念的な思考の重要性を驚くほどよく理解してくださいました。僕はこれまでさまざまなアーティストと一緒に仕事してきましたが、ここまで通じ合えた方はいないというくらいにです。山田監督は一見、女性的な感覚を持った天才肌に見えますよね。僕も前作の『たまこラブストーリー』を観たときは、作中の青春のもやもやを抱えたキャラクターたちの、自分でも制御できない感情からくる手や足の動き、表情や行動をいとも簡単に、感覚的に表現してしまっていてすごいなと思っていました。でも今回一緒に制作することを通じて、山田監督の映像表現というのは実は、性差や天才性ではなく、あるコンセプトにもとづいてひたすら考え抜いたり置き換えたりしていく作業の積み重ねから生まれていたということに気づかされました。


■ 僕にはこれ以上の『聲の形』は作れません

――映画『聲の形』のヒロインである硝子は聴覚障害者ですが、音楽的に扱うのがむずかしい要素ではないかと思いました。これに関してはどのようなコンセプトで臨まれたのでしょうか。

牛尾
はじめに聴覚障害についてのリサーチを行ったのですが、症状の度合いは人によってかなりバラつきがあることがわかったため、それ自体をコンセプトとしては扱いませんでした。その代わりに、作中でも重要な役割を果たす補聴器に注目しています。というのも、補聴器は耳につけるアンプなので、原理的にノイズが乗るはずなんですね。そこからノイズをどこまで拾うのか、ノイズと楽音の差は何か、意味のある音とはなんなのかということを考えていった結果、アップライトピアノというモチーフにたどりつきました。実家が音楽教室だったこともあり、僕が最もノイズをコントロールできる楽器がアップライトピアノだったからです。そこでは、鍵盤に爪が当たる音、押された鍵盤によって木製のハンマーが動く音、消音ペダルを踏んだときのフェルトが擦れる音、弦が鳴ったときの共鳴板がきしむ音などさまざまなノイズが鳴ります。なので、それらをすべて録り切るというコンセプトを立て、そのためにピアノを解体し、なかにマイクを設置することで、楽音ではなく雑音を含んだ総体を録るつもりで録音を進めました。

――ものすごくコンセプチュアル。

牛尾
またこのことは、映画『聲の形』という作品自体にもつながるものだと気づきました。というのも、主人公の将也は、自分を取り囲むあたたかで美しい世界から目を背け耳を塞いでしまっている人物です。そんな将也を取り巻く世界を描き出すのに、映画館のなかを取り囲む、そうした雑音を含んだピアノのサラウンドが必要だったんです。

――ほかにも具体例をお聞かせいただけるでしょうか。

牛尾
バッハの「インベンション」という練習曲を使ってるのも、この作品自体が、将也が外の世界に触れていくための練習としての側面を持っているためです。「インベンション」は練習曲であると同時に、クラヴィーア曲という、鍵盤楽器の美しさを奏者に理解させるために作られた曲なんですね。その練習を通じて、美しさを体に染みこませ、自分で作曲ができるようにするための練習曲集なんです。なのでその第一番ハ長調と、将也が2時間かけて生きるための練習をすることを重ね合わせる構成を作りました。
つまりこの映画は、「インベンション」を2時間かけて演奏しているようなものなんです。実際、「インベンション」は三つのパートに分かれていますが、映画自体を三つの構造に分けそれぞれを当てはめています。「インベンション」をもとにした「inv」という曲は、第1パートでは「インベンション」の1小節目から6小節目の終わりまでで使われている音列、第2パートでは7小節目から14小節目で使われている音列しか使っていません。そしてクライマックスのシーンで、はじめてそれとわかるかたちで「インベンション」が流れる。そうして将也が自分の力で生きていくための練習が終わるわけです。この最後でオリジナルの「インベンション」を鳴らすのは、山田監督のアイディアですね。

――今回映画『聲の形』で恐ろしく密な共同制作を経験されたうえで、また山田監督と組みたいと思われますか?

牛尾
ぜひやりたいです。今回の山田監督との仕事を通じて、自分にとっての新しい課題が見えてきましたし、僕も山田監督も次はもっと別のかたちでやれることがあると感じはじめてもいます。この後も、お互いの新しい扉をどんどん開けていけるんじゃないかと楽しみにしています。

――最後に読者へメッセージをお願いします。

牛尾
今日は少し堅苦しく語ってしまいましたが、映画『聲の形』がすごいのは、コンセプチュアルに作られていると同時に、それがきちんとエンターテインメントと結びついているところだと思います。ですからアニメファンは当然として、そうでない方が観ても楽しめると思いますし、またOSTを聴いたりこのインタビューを読んだうえでもう一度観てもらえると、さらにおもしろくなると思います。少なくとも、僕にはこれ以上の映画『聲の形』は作れません。楽しんでいただけたらうれしいです。