スペイン在住のフリーライター、アレックス・ガルシアのモータースポーツコラム。今回はヨーロッパで人気を博しているMotoGPについて語ってもらった。現在のMotoGPでは多くのスペイン人ライダーが活躍しているが、その理由とは果たして……?
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MotoGPには、日本製のマシンとスペイン人ライダーの組み合わせという成功のための秘訣が存在しているが、スペイン人ライダーは1992年オランダGPでアレックス・クリビーレの初優勝まで1勝もしたことがなかったのだ。現在はポイントランキングのトップ10圏内には、6人ものスペイン人ライダーが入っているがそこには理由がある。
オランダGPでクリビーレが勝利してから25年間、スペイン人ライダーは360勝を成し遂げた。クリビーレの1勝を合わせると361勝、これは平均して年間14勝を達成していることになる。もちろん不振の年もあれば、スペイン人ライダーがほぼすべてのレースで勝利を収めた年もあるが、この数字は驚異的なものだ。
そんなスペイン人ライダーたちはどこから来たのだろうか。どのようにしてレーサー不毛の地が、一夜にして成功を収めたのだろうか。それを理解するためには、アンヘル・ニエトの時代まで振り返る必要がある。
アンヘル・ニエトは1964年から1986年までロードレース世界選手権で活躍し、22年間で90勝を収め“12+1”回のタイトルを獲得した。(迷信深い彼は引退するまで決して“13”とは言わなかった)
ニエトがレースを始めたのは1960年代で、当時のスペインはフランシスコ・フランコによる独裁政権下にあった。政府は外国製品の輸入を大きく制限していたため、外国製のバイクは珍しいものだった。
フランコ政権時代のスペインではセアトがもっとも一般的なクルマだったが、大衆に手の届くシロモノではなかった。デルビやブルタコ、モンテッサ、オッサといった国内メーカーが手の届くクルマの販売を開始したころ、スペイン国内でバイクブームが起こる。バイクブームにより、スペインの人々はこぞってバイクを買い求め、バイクに深い愛情を注ぐようになった。
バイクブームが始まったことにより、バイクメーカーはレースに視線を向けるようになった。特に大きく活動していたのがデルビだ。デルビはレーシングプログラムを開始するために多くの人員と予算を割り当て、“12+1”回のタイトルを獲得したニエトを広告塔として起用した。
競争力のあるレーサーは他にもいたが、ほぼ自分ひとりの成功だけでバイクを人気のあるスポーツに変えたニエトはカリスマとして君臨していた。
他のライダーたちがレーストラックから身を引こうとするなか、レース文化がスペインに根付き始めたと感じていたニエトは、若い才能を育てるために自らのチームを設立。スペインの企業はニエトとその教え子たちにビジネスのチャンスがあることを少しずつ認め始め、レプソルやデュカドスといった企業がパドックを構えだした。
スペイン企業のドルナがロードレース世界選手権のプロモーターとなってから、物事はよい方向へと向かっていった。スペインのプロモーターとスペインのレジェンドが若手を育て始め、物事はひとつの方向へと進みだしたのだ。
他にもスペイン人ライダーが活躍し始めた要因はある。それは、ケニー・ロバーツやウェイン・レイニーといった外国人レーサーによってもたらされた。彼らはスペインの気候を絶賛し、スペインでレーシングスクールを設立しただけでなく、実際にそこに住み始めたのだ。そして今でもレーシングコミュニティのなかでは有名な海沿いの町、シッチェスに暮らしている。
その後何が起こったかはスペインでは常識だ。母国の成長株を売りだそうと願ったスペイン企業の支援により、全スペインロードレース選手権がスタート。スペイン企業が世界のモータースポーツシーンに売り込みを始めたのだ。そして少しずつ、才能ある若手のスペイン人ライダーたちがレースに勝利したり、タイトルを獲得し始め、500ccクラス(現MotoGPクラス)へと昇格していき、スペインのバイクファン層が拡大していった。
250ccクラスにおけるシト・ポンスとファン・ガリガの争いや、アレックス・クリビーレがタイトルに挑める最初の選手になったことも、スペインのバイクファン層を拡大させた要因だろう。
現在MotoGPクラスに参戦するダニ・ペドロサ、ホルヘ・ロレンソ、それにマルク・マルケスが、スペインでのバイク人気をかつてないほどまでに高めた。スペインは勝者に対して尋常ならざる愛を注いでいる。スポーツ自体よりも、自国の選手たちの結果の方がもっと重要なのだ。彼らが世界選手権を争っている姿は、すでに世界有数のレーシングコミュニティとなっているスペインのモータースポーツ界に絶大な影響を与えている。
しかし、警戒しなくてはならない。すでにイタリアがスペインのやり方を真似しており、新しいスターが生まれ始めようとしているのだ……