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椎名林檎、“2020年”に向け始まった新たな物語ーー新曲2曲に隠されたメッセージを考察

2016年09月13日 17:21  リアルサウンド

リアルサウンド

椎名林檎『13 jours au Japon ~2O2O日本の夏~』

 先日8月22日、椎名林檎が“クリエーティブスーパーバイザー/音楽監督”としてプロデュースを手がけたリオオリンピック閉会式の『トーキョーショー』の模様が放送された。ショーには、中田ヤスタカや、Perfume、BABYMETALを担当する演出振付家MIKIKOといった日本のポップカルチャーを代表するクリエイターも参加。50人のダンサーとAR(拡張現実)を演出に取り入れ、先鋭的でありながら日本の文化や風土に根ざしたパフォーマンスは、大きな話題を呼んだ。そして同日、椎名林檎の新曲「13 jours au Japon ~2O2O日本の夏~」と「ジユーダム」の配信がスタートした。


(関連:椎名林檎、2020年の東京オリンピックへの期待を語る 「人生に揺さぶりをかけてくる出来事」


 2016年に入ってからの椎名は、“作詞家・作曲家”あるいは“プロデューサー”としての動きが中心となっていた。高畑充希が出演する『かんぽ生命』や資生堂『マシェリ』のCMに楽曲を提供し、声優・林原めぐみ「薄ら氷心中」のプロデュース、そして今回の『トーキョーショー』。かねてから、自作の制作に劣らない熱心さ・真摯さで楽曲提供を行い、“裏方”としても優れたポップミュージックを生み出してきた椎名だが、ここ数年はその動きが加速している印象があった。そんな中で発表されたこの2曲、椎名林檎として新曲をリリースするのは、昨年夏の『長く短い祭/神様、仏様』以来およそ1年ぶりとなる。


 「13 jours au Japon ~2O2O日本の夏~」は、フランシス・レイ作曲の「白い恋人たち(13 jours en France)」が原曲となっており、椎名はオマージュを込め、新たな日本語詞を書き上げてリメイクした。9月28日に日本で先行リリースするフランスの老舗インディーズレーベル<サラヴァ>の発足50周年を記念したコンピレーションアルバムにも収録される。


 「白い恋人たち」は、1968年フランス・グルノーブル冬季五輪の記録映画のテーマとして書き下ろされた楽曲。椎名は「~2O2O日本の夏~」という副題をつけ、歌詞も東京オリンピックに馳せる思いを綴ったものになっている。


 メランコリックな旋律と椎名の儚げな歌唱は、原曲のフレンチ・ポップスのテイストを残しているが、アレンジに鍵盤やトローンボーンも加わることで、その和音の響きが楽曲全体に豊潤な広がりをもたらしている。また、歌詞のモチーフとして、日本の夏を象徴する<枝垂れ柳><菖蒲><菊>といった言葉も使われている。オリンピックという舞台の華やかさと賑やかさ、パフォーマンスに身を呈するアスリートとそれに熱狂する人々、そして、そんな13日間が終わったあとに訪れる、祭りのあとの静けさーーそういった諸行無常の世を見つめ、そこに生命の輝きを見出す視点が、花が咲き枯れるまでの刹那性と重なり、より一層美しさと侘しさを駆り立てる。


 一方、「ジユーダム」はNHK総合テレビ『ガッテン!』のテーマ曲として書き下ろした楽曲。椎名は同曲に関して、同番組の愛好家であると前置きし、「この仕事を誰かにお譲りするのだけはどうしても厭でした。自分ほどガッテンしている作曲家はいないという自負が駆り立てます」と、楽曲発表時にコメントしている。


 「ジユーダム」は管弦打編曲として斎藤ネコが携わっており、鍵盤が軽やかに弾み、明るく開放的なサウンドがのびのびと鳴っている。今年の4月に『ためしてガッテン』からリニューアルして放送がスタートした『ガッテン!』は、NHKの人気番組だ。その主題歌となれば、文字どおりの老若男女すべての人の耳に届くことになる。<太く長く行こう人生まあ生きていりゃ いろいろあるけれど幸せにならなきゃ>という一節が象徴するように、椎名はその不特定多数のリスナーに向け、より直接的で明快なメッセージを語りかけている。かつて、同じくNHK『みんなのうた』に「りんごのうた」「二人ぼっち時間」が起用されたが、その番組の内容や特性、視聴者のことまで踏まえた上で、オリジナルな文体や節回しを交えながらも、ポップソングとしての精度が追求した椎名。「ジユーダム」はその職人的な気質の真骨頂として楽しむことができる。


 なお、「ジユーダム」は東京事変の5人、つまり、椎名林檎、刄田綴色、亀田誠治、浮雲、伊澤一葉でレコーディングを行っており、ジャケットにも東京事変のシンボルマークが描かれている。さらに、同日からの東京事変の全楽曲のサブスクリプション型(定額制)配信サービスもスタートした。東京事変が解散したのは2012年の閏日2月29日、4年後の(つまり閏年でもある)今年、解散後はじめて5人が揃って楽曲を制作……となると、”閏年復活”としてさらに4年後の2020年にまた何か大きな動きがあるのではないかと、期待が高まるばかりだ。


 このように、この2曲について考察すると、至るところに2020年への伏線が潜んでいることに気付く。推測の域を出ないのがもどかしいところだが、様々なところに巧妙に仕掛けを隠しているところも、とても椎名林檎らしい。


 2020年に、椎名はどのようにオリンピックに関わるのか。その詳細は、この原稿の執筆時にはまだ発表されていない。しかし今の椎名林檎は、その巨大な才能も表現者としての情熱も、すべてを音楽へと注ぎ、エンターテインメントに自身を捧げている。そしてこれまでも、ポップミュージックの第一線に立ち続け、プロデューサーとしての手腕、ライブにおけるショーとしての完成度を磨いてきた。だからこそ、そんな彼女が指揮を執り、様々なクリエイターとともにチームを築いてトライアルしたパフォーマンスを想像すると、とてもワクワクさせられる。今はその未だかつてない音楽体験に期待しながら、続報を待ちたいと思う。(文=若田悠希)