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仕事と家庭の両立に悩む『とと姉ちゃん』ーー類型的な人物描写に感じた不満

2016年09月12日 06:11  リアルサウンド

リアルサウンド

『とと姉ちゃん』公式サイト

 再会した星野武蔵(坂口健太郎)との別れと、商品試験を妨害しようとするアカバネ電気製造に追い詰められる小橋常子(高畑充希)の姿が描かれた『とと姉ちゃん』22~23週。


参考:サエキけんぞうの『君の名は。』評:アニメだから表現できた、人物と都市描写の“快感”


 亡き妻を想う星野と距離を置こうとした常子だったが、子どもたちに求められたことで再び星野家を訪ねるようになる。しかし星野の転勤話が持ち上がり、二人は別れることになる。一方、商品試験で低い点数をつけたことで「あなたの暮し」編集部は、アカバネから嫌がらせを受けるようになる。最初は泣き落としと賄賂で編集部を籠絡させようとしたアカバネだったが、それができないとわかると、社員の家に石が投げ込まれたり、印刷所に偽の報告を入れたりといった嫌がらせをおこなうようになる。やがて、アカバネが裏で手を回した週刊誌に「あなたの暮し」の商品試験が操作されたものだという記事を掲載。その記事が新聞へと飛び火したことで、「あなたの暮し」は窮地に立たされる。


 戦後の混乱期が終わり、日本は物で溢れた消費社会に向かっていく。編集部にも若い社員が入社し、月賦で欲しいものを次々と買ってしまうという描写がさらりと描かれる。実はこの社員は5万円と引き換えに商品試験のテスターの情報を売ったことが後にわかるのだが、物が溢れる社会に翻弄される若者が登場したこと自体、時代の大きな変化だと言える。


 第20週以降、「あなたの暮し」の商品試験と、星野とその子どもたちとの交流が並行して描かれてきた。第23週のタイトルに「常子、仕事と家庭の両立に悩む」とある通り、作中で描かれたのは、仕事と家庭の狭間で悩む働く女性の葛藤だ。社長として生きてきた常子にとっては母親として子どもたちのために生きるよりも、会社という「うちの子」を選ぶことになり、そんな常子の気持ちをわかっていた星野は、再び常子と別れる。


 星野が後ろから抱きしめるシーンなどが話題となり視聴者には好評だったようだが、この辺りはじめからわかっていた結論をなぞっているだけに感じて、見ていて退屈に感じた。おそらく、商品試験のエピソードだけだと、朝ドラのメイン視聴者である主婦層や高齢者層がついていけないと思ってテコ入れをしたのだろうが、だったら、もっと星野の話と仕事の話をリンクさせてほしかった。


 一方、アカバネの社長を演じるのは、同じ朝ドラの『あまちゃん』で、主人公を苦しめる芸能事務所・社長の太巻こと荒巻太一を演じた古田新太。秋元康の外見そっくりに描かれた太巻は、コミカルな姿の中にも狡猾さが光るという奥行きのある男だったが、『とと姉ちゃん』では、いかにも悪徳会社の社長という風貌で登場している。


 このドラマは善人は善人、悪人はとことん悪人という演技を役者に要求する。それは過剰に芝居がかっていて類型的だ。演出も、暗い社長室でステーキを食べている場面を写すことで「こんな贅沢なものを食べている男は庶民の敵だ」という印象を植え付けようとしていて、あまりの安直さに見ていてゲンナリしてしまった。


 もちろん、「悪い人に見えるけど実は事情があって……」というパターンを繰り返してきた本作らしく、赤羽根社長が過去に苦労してきたことを匂わせており、同じように家族で「あなたの暮し」を運営する常子の暗い側面を反映して描いているのはわかるのだが、もう少し見せ方のバリエーションはないのかと思う。人物描写がどんどん安直になっている。


 こういった作劇方法自体が、花山伊佐次(唐沢寿明)が内務省でおこなっていた戦意高揚を煽るためのプロパガンダ的な手法に見えてしまうのは、なんとも皮肉なことである。(成馬零一)