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夏の終わりに聴きたい、知的でエレガントなシンガー・ソングライター5選

2016年09月11日 15:01  リアルサウンド

リアルサウンド

キャス・マックームス『Mangy Love』

 残暑厳しいなか、今回は開放的でフィジカルな夏に別れを告げて、芸術の秋に向けて知的でエレガントな優美さを感じさせるシンガーの新作を紹介していこう。 


(参考:今あえて「シンガー・ソングライター」と呼びたい音楽家とは? 村尾泰郎が邦洋の6作品を紹介


 まずはUSインディー・シーンでじわじわと評価を高めてきているシンガー・ソングライター、キャス・マックームス(以下キャスマク)。デビュー早々、イギリスの由緒あるラジオ番組、「ジョン・ピール・セッション」に招待されたこともあって、これまで彼は<4AD>や<ドミノ・レコーズ>などイギリスのレーベルから作品をリリースしてきた。そんななか、新作『Mangy Love』はトム・ウェイツなどが在籍するアメリカの<アンタイ・レコード>に移籍しての第一弾。フォーキーで文学的な香りを漂わせた歌は西海岸のボン・イヴェールといえなくもないが、キャスマクの魅力は退廃的な危うさや毒気が漂うところ。西海岸のローファイ帝王、アリエル・ピンクとは一緒にツアーを招いたりゲストに呼んだりする仲だが、アリエルに通じるサイケデリックな浮遊感も感じさせる。『Mangy Love』ではソウル・ミュージックの滑らかなグルーヴも加わって、一見シンプルなサウンドながら艶やかで官能的。じわじわとキャスマクの妖しい魅力に引き込まれていく中毒性の高いアルバムだ。


 アリエル繋がりで、もうひとり紹介しておこう。ゲイリー・ウィルソンはアリエルがリスペクトを捧げる伝説の男。ゲイリーは77年に一枚のアルバムを人知れずリリースして消えた謎のミュージシャン。ベックの「Where It’s At」の歌詞に名前が登場するなど密かに再評価が進むなか、04年に<ストーンズ・スロウ>の主宰者、ピーナッツ・バター・ウルフがエグゼクティブ・プロデューサーを務めた新作『Mary Had Brown Hair』(04)で突如復活を遂げて、それ以来コンスタントに新作を発表してきた。新作『Friday Night With Gary Wilson』は、いつも通り作曲/演奏/録音を彼ひとりで手掛けた宅録アルバム。サングラス姿にコスプレ(素晴らしすぎるジャケを参照)という一貫したスタイルはキワモノの匂いを漂わせているが、そのサウンドは意外とオシャレ。キーボードを弾きまくり、ジャズやR&Bを独自に消化した小粋で怪しいグルーヴが炸裂する。そこに歪んだポップ・センスが組み合わさったサウンドは異形のAOR。クールな歪みがクセになる。


 一方、ドイツを拠点にしているテレボッサは、ドイツ出身のチェリストで前衛音楽家のニコラス・ブスマンと、ブラジル出身のシンガー・ソングライター、シコ・メロによるデュオ・ユニット。デビュー・アルバム『Telebossa』では、シコのギターの弾き語りにニコラスのチェロと実験的な音響が加わって“カエターノ・ヴェローゾとクロノス・カルテットの出会い”なんて風に評されたりもしたが、新作『Garagem Aurora』ではさらにアヴァンギャルドがアップ。ギターやチェロはほとんど使わず、木管楽器を中心にした室内楽的アンサンブルとプログラミングを融合してて緻密に作り込んだサウンドにシコの繊細な歌声が漂う。しかも、木管楽器のアンサブルを手掛けたのは、アメリカン・ポップの鬼才、ヴァン・ダイク・パークスなのもそそられるところ。実験精神と甘美な歌心が見事に融け合ったスリリングなアルバムだ。


 ドイツの次は韓国へ。韓国出身のイ・ランは、コミック作家、映像作家としても活躍する才女。06年に音楽活動をスタートさせた彼女は、日記がわりに録りためた曲が話題になって2011年にデビュー。2012年には早くも初来日ツアーを敢行して、ファースト・アルバム『ヨンヨンスン』を発表した。フォーキーでありながらも曲調はバラエティ豊かで、そこに独特のユーモアを感じさせるあたりは『ヨンヨンスン』の日本盤のライナーを担当した柴田聡子に通じるところもある。そんな彼女の2作目となる新作『神様ごっこ』は、宅録の弾き語りだった前作から趣向を変えてゲスト・ミュージシャンを迎え、曲によってはバンド・サウンドにも挑戦。そのほかチェロの音色がクラシカルなムードを醸し出していたり、アンビエントな音響を取り入れたりとサウンド面の奥行きがぐっと深まって、彼女の音楽に対する好奇心を詰め込んだようなアルバムだ。そんななかで、軽やかに澄んだ歌声を聞かせるイ・ラン。優美さと屈折を併せ持つその歌は、韓国インディー初心者にこそ聞いて欲しい。ちなみに本作には70ページにおよぶブックレットもついていて、彼女のユニークなエッセイも楽しめる。


 そして、最後はイギリスはリヴァプール出身のシンガー・ソングライター、ジョン・カニンガム。80年代から活動しているカニンガムは、これまで4枚のアルバムしか出していない寡作なアーティストだが、ネオアコ・ギターポップ好きに愛され続けてきた。そんな彼の14年振りの新作が『フェル』は、旧友から突然届いた手紙のような懐かしさと喜びを感じさせるアルバムだ。美しいメロディーを紡ぎ出すソングライティングの素晴らしさは相変わらずだが、音を幾重にも重ねたオーケストラルなアレンジをはじめ、1曲1曲丁寧に音を作り込んでいく職人技には、ますます磨きがかかっている。今回、カニンガムは、険しい岩肌の高原が広がる北イングランドの風景からインスパイアされて曲を作ったらしく、ジョンいわく「そこでは野の花のような詩(ポエトリー)が生まれ育つ」。このアルバムは、ジョンが10年以上、手塩にかけて育てた「詩」が咲かせた美しい花なのかもしれない。朝靄のなかから聞こえてくるような英国マナーのエレガントな歌が、ひと足早く秋の訪れを予感させてくれるはずだ。


(村尾泰郎)