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downy 秋山タカヒコのミュージシャンシップの高さ ドラム生演奏の限界に挑む技術力

2016年09月09日 16:01  リアルサウンド

リアルサウンド

downy『第六作品集『無題』』

 2000年前後のオルタナ/ハードコア界隈からは、現在の日本のバンドシーンに欠かすことのできないドラマーが数多く輩出されている。例えば、木村カエラのバンドやthe HIATUSのメンバーとしても活躍するtoeの柏倉隆史、54-71でキャリアをスタートさせ、現在はくるり、MIYAVI、TK form 凛として時雨、フジファブリックなどで幅広く活躍するBOBO、また、mouse on the keysの川崎昭はRADWIMPSの野田洋次郎のソロプロジェクトillionのサポートメンバーとして活動するなどしている。そして、もう一人が本稿の主役、新作『第六作品集『無題』』を発売したばかりのdownyのドラマーで、BUCK-TICKの櫻井敦司率いるTHE MORTALでも活躍している、秋山タカヒコである。


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 downyにおける秋山のドラムといえば、複雑な変拍子を手数多く、アグレッシブに叩きこなすハードコアな側面もあるが、彼はもともと主に80年代に活躍し、今も活動を続けるフュージョンバンド、ナニワエキスプレスのドラマーである東原力哉に師事していたこともあり、ベースになっているのはジャズドラム。downyと並行して活動し、秋山がリーダーを務めるfresh!については、自身のホームページで「ハイスパート・ジャズロック・クインテット」と紹介されていて、「勢いのある激しいジャズをロックバンドとして鳴らす」という大本のコンセプトを持っているように、彼のプレイとジャズは切り離せないのだ。


 そんな中、現在ジャズの世界ではヒップホップをはじめとした広義のクラブミュージックから影響を受けて育った世代のドラマーが大きな注目を集めている。彼らは「ただ打ち込みを生で再現するのではなく、その感覚を内包した上で、それを生演奏でどう超えるか」という命題に向き合い、リズムを細かく割ったり、エフェクターで様々な音色を作り出すなどしているが、青木ロビンの打ち込みのトラックを生に変換していくdownyの楽曲は、この問いに対する日本からのひとつの解答だと言えよう。


 そもそも、00年代初頭のdownyは、ハードコアを出発点としながらも、ヒップホップやエレクトロニカのようなループミュージックを生演奏で再現することを目指していた。ドラムには三点+ライドシンバルという制限を設けて、シンバルを派手に打ち鳴らすことなく、ストイックに抑制を効かせながら、その上でダイナミックなグルーヴを生み出すことにチャレンジし続けてきたのだ。9年ぶりの復活作となった前作に関しては、ライブを行わない状態で制作が行われた分、downyとしてはややゴージャスな、異色の作品になったが、その後のライブ活動と並行して制作が行われた新作は、かつてのdownyらしさが戻り、再びヒップホップ的な色合いを強めたのが、結果的に時代にもマッチしたと言えそうだ。


 では、アルバムの楽曲を追いながら、秋山のプレイを紹介していこう。シンセを全面に押し出したイントロからしてインパクト大のオープニング「凍る花」は7拍子で、三点のコンビネーションを軸に、音数を絞ったプレイが本作のベーシックを伝え、続く「檸檬」は5拍子で、仲俣和宏のウッドベースがジャズとの直接的なリンクを感じさせつつ、つんのめり気味のハイハットを生かした秋山のプレイと組み合わさることで、独自のグルーヴが生まれている。「海の静寂」のヴァースでは隙間を作り、いつになくソウルフルな青木ロビンのボーカルと、空間を切り裂く青木裕のギターをフィーチャーしつつ、コーラスではライドを打ち鳴らして性急なイメージを煽っていく。「凍る花」という曲名にも表れているように、プレイ自体の熱さに対して、全体の雰囲気はどこか冷ややかで、静かに殺気立っている感じが何ともdownyらしい。


 中盤の曲もループが軸であることに変わりはないが、より大胆な展開を見せ始め、「色彩は夜に降る」は同じパターンをずっと繰り返しているようで、後半になると少しずつ、細かなニュアンスが変わって行くし、「親切な球体」もハードコアかつミニマルなベースのリフが曲を引っ張りつつ、何度となくリズムチェンジが繰り返される。アルバムの中でも最も手数の多い「孤独旋回」も含め、このあたりの曲はとても人力とは思えないレベル。もはやギターには聴こえないほどに多彩な音色を生み出す青木裕のギターも含め、ポストダブステップやLAのビートシーンとのリンクも感じられ、ドラムの音色はそこまで大胆に加工されているわけではないにしろ、やはり打ち込みっぽさもある、独自の音色となっていることは見逃せない。


 インタールードの「「」」を挟み、「乱反射」は曲の前半と後半が大きく異なるプログレッシブな6分超えの長尺曲。最後の「翳す、雲」では再びソリッドに抑制の効いたビートを叩き出しつつも、BPMはやや速めで、最後まで攻めきってアルバムは幕を閉じる。生演奏の限界に挑み、打ち込みを凌駕する『第六作品集『無題』』は、2016年の音楽シーンにミュージシャンシップの高さを突き付ける傑作であり、その中心にあるのは、間違いなく秋山のドラムなのである。


 ちなみに、秋山は「秋山会」というセッションイベントを主催していて、その第3回が11月8日に渋谷DUOで開催されることが決定している。すでに柏倉をはじめ、クラムボンの伊藤大助、the band apartの木暮栄一、Yasei Collectiveの松下マサナオといった凄腕たちの参加が発表されているが、彼らのようなそれぞれの色を持った個性的なドラマーたちが、これからの日本の音楽をもっともっと面白くしてくれることは間違いないだろう。(金子厚武)