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大卒なのに高卒と偽った市職員を懲戒免職、「低く」詐称するのもダメな理由は?

2016年09月08日 10:02  弁護士ドットコム

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高卒なのに大卒と「高く」学歴を偽ることはあっても、その逆は珍しいかもしれない。神戸市は8月、大学を卒業しているのに、学歴を偽って高卒限定の採用試験に合格し、約18年間勤務したとして、建設局の男性技術職員を懲戒免職処分にした。


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報道によると、男性は1998年に採用された。採用前、市の関連施設でアルバイトをしていた際、施設の職員から、大卒でも高卒限定の試験を受験するよう勧められたと説明している。市に匿名の通報があったことから発覚した。また男性は、2006年に同様の学歴詐称が問題となった際の調査でもウソの報告をしていたそうだ。


このニュースについてネット上では、「ずっと勤務してんだから懲戒免職は気の毒」「最終学歴が大卒なだけで当然18歳で高卒になってんだから懲戒免職はやり過ぎとも思える」といったコメントが見られた。


大卒なのに高卒と偽ったことで懲戒免職処分というのは、「やり過ぎ」なのだろうか。また、今回懲戒免職となった男性は公務員だったが、民間企業で同じように学歴を偽ったことがバレた場合も、クビになるのだろうか。桑原貴洋弁護士に聞いた。


●懲戒免職処分は「やり過ぎ」なのか?

「地方公務員に対し懲戒処分を行うかどうか、どんな処分内容にするかは、その権限を持つ人の裁量に委ねられていると考えられます。だからといって、与えられた裁量権の範囲を逸脱して行使したり、裁量権を濫用したりすることは法律で禁じられています。今回の男性に対する懲戒免職処分についても同様で、『やり過ぎ』はいけません」


桑原弁護士はこのように述べる。


「ある処分が『やり過ぎ』かどうかを法廷で争う場合、裁判所は、懲戒事由にあたると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響、前後の態度、処分歴、他の公務員及び社会に与える影響などを考慮しながら、『やり過ぎ』かどうかを判断する傾向にあります。


その自治体に処分量定(悪いことをしたらこういう罰(懲戒処分)を科すということが書かれたルールブックのようなもの)がある場合は、それに照らし合わせて『やり過ぎ』かどうかを判断した裁判例もあります(東京地判平27・10・26等)」


今回の懲戒免職処分は「やり過ぎ」なのか?


「今回のケースは、詳細が明らかではないので明確な回答を出すことは難しいですが、確かに、経歴詐称はあったものの、それが大卒を高卒と偽ったに過ぎないこと、18年間公務員として勤め上げているという実績があるという点を重視すれば、重いという趣旨のコメントはごもっともかと思います。もっと軽い懲戒処分にすべきだったのではないかという意見もよくわかります。


しかし、少なくとも、『高い経歴を低く偽ったからセーフ』ということにはなりませんし、18年間公務員として勤め上げたという実績は裏を返せば18年間ウソをつきつづけたという評価にもつながります。一度虚偽の報告をしたという男性の態度もマイナス評価です。


さらに、試験が高卒限定を条件としていたことには何らかの目的があったのでしょうから、安易に軽い処分を行うことにより同じような事案が多発する可能性もあります。懲戒処分を行った裏には、そのような影響を回避しなければならないという事情もあるかもしれませんから、現時点で、『やり過ぎ』だと断定することはできないでしょう」


●民間企業の場合はどうなる?

同じようなことが民間企業で起こった場合はどうなるのか?


「民間企業の場合、懲戒処分が『やり過ぎ』かどうかを判断する枠組みは、公務員のそれとは異なります。


民間企業の労働者に対し懲戒処分がなされた場合、それが有効かどうかは、その懲戒処分に客観的に合理的な理由があったか、社会通念上相当であったか、という点から判断されます(なお、公務員に対しては、労働契約法は適用されません)。


そして、経歴詐称を理由とした懲戒解雇に関しては、より具体的に、『重大な経歴を詐称した』という真実を使用者が知っていたならば、その労働者を採用しなかっただろうといえるかどうか』という観点から判断されることが多いです(東京高判昭56・11・25等)。


この規範に沿えば、今回のように、採用試験が高卒限定という条件を付けた上での採用だったことについて、使用者が、『応募者が大卒であることを使用者が知っていたならば、その応募者を採用しなかった』という判断を前提に、当該懲戒処分は『やり過ぎ』ではないという判断が下されることも十分にありうるでしょう。この場合も公務員と同様、『高い経歴を低く偽ったからセーフ』というような安易な判断はされません」


桑原弁護士は「最後に一言」としてこのように述べていた。


「本件事案に対する確定的な回答はできませんでしたが、少なくとも『高い学歴を低くみせたからセーフ』ではないことは間違いないこととしてお伝えできます。本記事をご覧の皆様におかれましては、いかなる事情があっても経歴を偽ることなく採用試験に臨んでいただくことを強くお勧めいたします」


(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
桑原 貴洋(くわはら・たかひろ)弁護士
1998年弁護士登録。弁護士法人桑原法律事務所 所長弁護士。現在、福岡市・佐賀市・武雄市に3つのオフィスを構える。佐賀県弁護士会会長、日本弁護士連合会理事、九州弁護士会連合会理事などを歴任。
事務所名:弁護士法人桑原法律事務所
事務所URL:http://www.kuwahara-law.com/