松下信治とARTにとって、超高速モンツァは“ダメージリミテーション”のラウンドとなってしまった。周囲の多くのチームが新品エンジンを投入するタイミングだったのに対し、モナコでエンジンにトラブルが出て交換しローテーションがズレた松下は、エンジン寿命の最後という最悪のタイミングでモンツァを迎えてしまったからだ。
「みんなここから新しいエンジンを使っているんですけど、僕らはモナコでトラブって交換したんで、今回はマイレージの一番最後の古いエンジンを使ってるんです。だからストレートは伸びないし遅いですね」
3600~4000kmの走行距離ごとに交換されるGP2のエンジンは、なるべくパワー低下が少なくなるよう運用されているとはいえ、パワーサーキットのモンツァでは僅かな出力差が大きなラップタイム差に跳ね返ってくる。予選で14位に沈んだ松下は、タイヤ内圧規定違反で2台が失格となったため12番グリッドからレース1に臨んだ。スタートの直前、グリッド上で松下はプライムのミディアムタイヤを選択した。
「僕は周りを見て前のヤツらと違うタイヤで行こうって決めてました。僕の前では(ラファエル・)マルチェロだけがプライムだったし、戦略はすごく良かったと思います」
上位勢がオプションのソフトタイヤでスタートし、ランキング首位のピエール・ガスリーがポールから隊列を引っ張る。そして8周目あたりから12周目にかけて上位勢が続々とピットに向かいミディアムへ交換していった。
これでミディアムスタート勢が上位に浮上し、首位マルチェロ、2位松下、3位グスタフ・マリヤ、4位には予選失格で最後列スタートのアントニオ・ジョビナッツィがつけた。そして16周目のレズモでアルトゥール・ピックが強引にインに飛び込んで接触したセルジオ・カナマサスのマシンが宙を舞って1回転するクラッシュが発生。直ちにセーフティカーが導入された。
ミディアムスタート勢にとっては最高のタイミング。松下は16周目に即座にピットに飛び込んだ。「すぐにピットインして完璧なタイミングだと思ったんですけど……セーフティカーが入ってくれたおかげで、何もなければ余裕で3位くらいにはいけそうだったんですけどね……」
しかし予想外の不運が起きた。セーフティカーがコースインするタイミングが遅く、1~3位の集団を抑え切れず、4位のガスリーの前に入ってしまった。さらに不可解なことに、ガスリー以下の集団をそのまま何周も先導し続けてしまい、自由に走れる上位3台は余裕でポジションをキープしたままタイヤ交換を済ませ、1周先行するかたちで隊列の最後尾に追い付いてしまった。
ようやく4位以下の集団を前に行かせた頃には時にすでに遅し。24周目のレース再開からソフトタイヤの上位3台は猛然とプッシュし、失格前の予選では2番手タイムだったジョビナッツィが本領発揮しマルヤとマルチェロを次々と抜き去ってなんと優勝をかっさらってしまった。9番手でレース再開を迎えた松下は、ペースが上がらずに抜かれて得点圏外の11位でレースを終えた。
「抜けると思ったんですけど、オプションタイヤのバランスが悪くてグリップが感じられませんでした。それ以外は完璧だったしプライムタイヤ(ミディアム)はすごく良かったんですけど、とにかく今日は4位以下のドライバーはみんな納得していないですよね」
多くのチームが不満を訴えたものの、レース結果が覆ることはなかった。レース2ではスタートが荒れ、出遅れたポールのミッチ・エバンスにオリバー・ローランドがターン1手前で僅かに接触、続くロッジアではエバンスがマリヤに追突されてスピンしリタイア。ジョビナッツィも出口で僅かにマリヤに当たって右のフロントフラップを失った。
11番グリッドから好スタートを決めた松下はこの時点で6位まで浮上してみせた。しかしストレートが伸びないのは相変わらずで、後方からアルテム・マルケロフの猛攻に遭い、11周目のストレートでポジションを奪われる。さらに後方にはアレックス・リンがぴたりと付けた。
「スタートは普通に決めたんですけど、(アルテム・)マルケロフのペースが速くて、抜かれた後はついていけませんでした。リンよりは僕の方が速かったので抑えていたんですけど、最終ラップは3台でのバトルになって……」
最終ラップのアスカリ出口で、タイヤが垂れてペースが落ちたジョーダン・キングをマルケロフが捉えようとするがブロックされ、そこに追い付いた松下はストレートでアウト側にマシンを並べようとする。その隙をリンに突かれてイン側に並ばれ、次の最終パラボリカでインを刺されてしまった。
「アスカリの出口からパラボリカでリンがインに行って、僕はブレーキングでふらついてそのままインを刺されてしまって、最後はもの凄く僅差で前に行かれました」
8位でフィニッシュした松下だったが、マリヤが1周目の接触で10秒加算ペナルティを科され、1繰り上がりで7位を得た。しかし、マシンの仕上がりが良くないだけに攻めきれないレースとなり、松下にとってはすっきりとしない週末となってしまった。
「クルマが速ければ自信を持って攻められるし、ブレーキを奥まで我慢したり、速くアクセルを踏んでバトルに競り勝つこともできるんだと思います。でも今のクルマの状態ではそういうふうにできる自信が持てない。例えばコンマ数秒でもブレーキを遅らせればちょっと前に行ってそれで抜いていけたりするわけです。ぶつかるかもしれないけど、そこでそのコンマ数秒が行けなければ何も起こらない。でも、行けないっていうのが今の状態なんです」
昨年チームメイトとしてGP2王座を獲得したストフェル・バンドーンが2017年のF1昇格を決めた。それも松下にとっては良い刺激になった。「とにかく今はここで成長しなきゃいけないから、まだF1うんぬんは言えませんけど、いつか近いうちにできると信じています」
今シーズン残るはもう2ラウンドのみ。そろそろ来季のことも気になってくる。来季に繋げるためにも、一刻も早く松下には以前のような思い切りの良いドライビングを取り戻してもらいたい。