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クリープハイプは最新作で衝動を取り戻したーー9月7日発売の注目新譜5選

2016年09月06日 13:01  リアルサウンド

リアルサウンド

クリープハイプ『世界観』(通常盤)

 その週のリリース作品の中から、押さえておきたい新譜をご紹介する連載「本日、フラゲ日!」。9月7日リリースからは、HKT48、SHISHAMO、クリープハイプ、奥田民生、TK from 凛として時雨をピックアップ。ライターの森朋之氏が、それぞれの特徴とともに、楽曲の聴きどころを解説します。(編集部)


(関連:クリープハイプとゲスの極み乙女。が提示した、ロックバンドの未来形とは? それぞれの新曲から考察


■HKT48『最高かよ』(SG)


 「さまぁ~ず三村マサカズへのリスペクトソングか?」と注目されたり、作曲家・成瀬英樹氏(AKB48「BINGO!」など)が「HKTの新曲が素晴らしいな。誰かな、作曲」とツイートしたりとリリース前から各方面で話題を集めているHKT48の新曲は、BPM170超の軽快なリズムとともに驚くほど口ずさみやすい穏やかなメロディが広がるポップチューン。歌詞のなかでは<君と出会って すべて 変わった>と恋愛の本質をさりげなく織り込みつつ、聴き終わった後には<恋って!恋って!最高かよ!>という超キャッチーなフレーズが頭のなかでループしてしまう。さらに「タイガー!ファイヤー!サイバー!ファイバー!」といった掛け声もしっかり挟まっていて、ファン対策・ライブ対策も完璧。作曲者は中森明菜の「LIAR」(1989年)からAKB48「ひと夏の反抗期」(2014年)まで長きに渡って日本のポップス界で活躍する和泉一弥氏。聴き手と時代に寄り添い、楽しませる、大衆音楽のセオリーが貫かれた佳曲だ。


■SHISHAMO『夏の恋人』(SG)


 夏フェスの新たなアンセムとなったアッパーチューン「君と夏フェス」(2014年)、ソウルミュージックのテイストを反映させたアレンジと夏の夜のけだるさを映し出した歌詞によって豊かな音楽性を証明した「熱帯夜」(2015年)に続く2016年のSHISHAMOの夏ソング「夏の恋人」は、洗練されたコード進行と美しくも切ないボーカルが印象的なバラードナンバー。<いつまでも子供でいたいけど/ねぇ、だめなんでしょう?>という歌詞にあるように、この曲で宮崎朝子(V&G)は子供から大人に向かう時期の揺れる心情を見事に描いている。初のバラードシングル、初めてのストリングス導入といった新たなトライも、“いつまでも同じところにはいられない。どうしても先に進まないといけない”という彼女たちのリアルな感情と重なっているのだろう。シーンやユーザーを意識するあまり均一化しがちな現在のロックバンド勢のなかで、自らの年齢、経験、志向の変化とともに音楽性を広げているSHISHAMOのスタンスはきわめて稀。女の子はやっぱり強い。


■クリープハイプ『世界観』(AL)


 武道館2daysライブを成功させても、小説家として評価を得ても、おそらく尾崎世界観はまったく充足感を覚えていないだろう。それはバンドマンとしての健康的な上昇志向などではなく、おそらくは自意識、自己嫌悪、嫉妬といった感情に苛まれた状態がまったく解消されないからだ。メジャーデビュー以降はエンターテインメントして成立させることに重点を置いていた印象もあった、シングル曲「破花」「鬼」を含む通算4作目のオリジナルアルバムとなる本作で尾崎は、自己のなかで渦巻く葛藤や焦りをそのままぶつけるような衝動を完全に取り戻した。ブラックミュージック、シティポップ的なアプローチを施した楽曲もあるが、アルバムを聴き終えた後に残るのは、尾崎自身の生々しい感情。しかも彼のー流のストーリーテリング的な手法によって、いつの間にか聴き手のなかに「これって自分のことかもしれないな」という印象を植え付けてしまうのだから、タチが悪いほどに素晴らしい。バンドに対する愛憎をストレートに描き出した14曲目の「バンド」はクリープハイプにしか体現できない名曲。


■奥田民生『奥田民生 生誕50周年伝説“となりのベートーベン”』(AL)


 50歳を記念したスペシャルライブ「奥田民生 生誕50周年伝説“となりのベートーベン”」を収録したライブ盤。DISC1は初期の奥田民生を支えた古田たかし(Dr)、根岸孝旨(Ba)、長田進(G)、斎藤有太(Key)によるバンド、現在活動を共にしている小原礼(Ba)、湊雅史(Dr)、斎藤有太(Key)によるバンドが参加し、岸田繁、吉井和哉、和田唱、草野マサムネ、トータス松本、仲井戸麗市、Charといった豪華すぎるゲストとともに貴重なセッションを披露(民生は歌わず、ギターだけ!)。DISC2は大編成のオーケストラをバックに「ライオンはトラより美しい」「手引きのようなもの」といった隠れた名曲から「さすらい」「すばらしい日々」とった代表曲を歌い上げている。どちらも普段のライブとはまったく違う構成、演出だが、すべての演奏、すべてのフレーズから民生節としか言いようのないグルーヴとメロディが渦巻いている。たとえ自分で歌わなくても、どうしようもなく、とんでもなく民生……って、そんな人は他に絶対いない。どこまでも自由な活動を続け、やりたいことだけを緩やかなに追求し、音楽シーン最大のリスペクトを得ている彼の存在はすべてのアーティストの理想と言っても過言ではないだろう。先日、音楽プロデューサーの松尾潔氏にインタビューした際「とにかく“奥田民生のようになりたい”という男の子のミュージシャンが多い」という話をしていたが、このライブ盤を聴けば誰もが「こんな生き方がしたい」と実感するだろう。


■TK from 凛として時雨『Signal』(SG)


 音楽は時間芸術であると同時に、建築物の設計にも似た構築の芸術でもある。ということをTK from 凛と時雨の楽曲を聴くといつも思い知らされるわけだが、「unravel」(2014年)以来、約2年ぶりのソロシングル曲「Signal」は彼の構築美がさらに壮大なスケールで実現されたナンバーと言えるだろう。メランコリアと激情を行き来するようなギターアンサンブル、緻密に組み立てられたストリングスアレンジ、転調を効果的に活かしたコード構成、シンプルに徹しながら楽曲のボトムを支えるリズムセクション、そして、まるで一大抒情詩のような展開を見せるメロディライン。すべての要素を正しい場所に配置するミックスのセンスもさらに向上している。みんなと一緒に盛り上がる、前向きなメッセージを与えるみたいなことではなく、芸術としての音楽を追求し続けるTKの姿勢は本当に真っ当だと思う。楽曲に向き合い、集中して聴くことで得られる快楽をぜひ味わってほしい。


(森朋之)