幅広い作風で男女問わず支持を受ける小説家、村山由佳さん。
その最新作『La Vie en Rose ラヴィアンローズ』(集英社刊)は、自身の新境地を拓くサスペンス小説であり、女性の静かな情念をまざまざと描いた意欲作。
夫婦関係や不倫、モラルハラスメントなど、現代に蔓延る問題と人間の欲望と闇を描ききった、最後までノンストップで読みきることができる物語です。
村山さんにこの衝撃のサスペンスについてお話をうかがってきました。そのインタビュー後編をお伝えします。
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■小説で「不倫」を描く理由
――この物語は不倫から大きな事件に発展していきます。今年は著名人の不倫のニュースが多く、そのたびに話題になりますが、村山さんは「不倫」を描くことで見えてくるものがあるのでしょうか?
村山:世間一般のモラルや常識と、小説のモラルは別のところにあると思っています。もちろん、「不倫したっていいでしょ」と世間に向かって主張するつもりはないし、私自身も結婚していた身、今は大事な相手もいます。
パートナーに裏切られたらどれだけしんどいかということは分かっている。でも、人は過ちを犯す生き物であり、必ずしもいい加減な気持ちで不倫をしている人ばかりではありません。『ラヴィアンローズ』の咲季子のように、やむにやまれず、ということもあるでしょう。
いけないと分かっていてもおちてしまう恋もあります。それを小説で描くことはモラルに反することではないと思うし、むしろ分かっていても陥ってしまう人間の弱さや悲しみを書くことで、現実でその道を通らないで済むように疑似体験ができるということも、フィクションの強みです。
私自身はモラルに即した恋愛を書くときも、インモラルな恋愛を書くときも変わりません。
――男女が好き合うという形は変わりませんよね。
村山:そうですね。抑えていてもおちてしまうのが恋愛ですから。自分だけはそんな恋愛はしないと思っていても、好きになってしまったら踏み外すことはあり得ます。むしろ自分だけは大丈夫と思っている人の方が危ういかもしれません。
――村山さんにとっての転換点となった『ダブル・ファンタジー』を読んだときはこんなにドロドロした小説を書くんだ!と驚きました。賛否両論もあったと思います。
村山:『ダブル・ファンタジー』は人間の根源的な部分に迫るものを書きたいと思ってチャレンジした作品でした。だから、賛否両論が生まれることは覚悟の上でしたし、あれだけの裏切りのような転身をして「素晴らしい転身です!」と言われても、作家的に気分が良いかと言われるとそうではないですよね(笑)。
――もともとデビュー前にはそういった作風の小説を書かれていたんですよね。
村山:暗い部分のあるサスペンスっぽい小説でしたが、本当に習作でした。未熟ではありますけど、裏切りや秘密の隠匿をテーマに書いていました。
――村山さんとしては、そちらのほうがご自身に近いのですか?
村山:近い遠いはなくて、両方自分自身ですね。『天使の卵』のような世界観は嘘なのかと言われれば、そうではありません。今でもあの世界を希求する気持ちはあります。
『ダブル・ファンタジー』や『放蕩記』を出して、作風によって「黒村山」「白村山」と分けられることもありますし、私自身もそれに乗って話すことはありますが、白と黒が自分の中ではっきりと分かれているかというとそうではないんです。
どちらも自分であり、月の表側と裏側のような関係にも似ています。見えなくてもその半分があって初めて球体になる。
■村山さんが影響を受けた3冊の本とは?
――村山さんの小説を執筆するモチベーションはどこにあるのでしょうか。
村山:私にとって、続けられるものが小説を書くことだけだから、というのが一番近いかもしれません。他のことは興味を持ってはじめても続かなかったけれど、小説だけは23年間ずっと続けてくることができました。
もう一つ、子どもの頃から厳しい母が唯一認めてくれていたのが文章だったんです。そのおかげで、ふだんどんなに否定されたとしても、書くことに関してだけは、私自身も自分を認めてやれた。その想いを今も引きずっているところはありますね。その唯一を他人に奪われたくないという気持ちがありますし、文章で世に出て、この仕事を続けさせてもらって、今がある。
今は求められて小説を書ける立場にあって、それはすごく恵まれていることだと思います。だから、村山由佳の小説を期待してくれる方々の想いに応えるような作品を書かないといけないという、ある意味職人的な気持ちがありますね。
――『天使の卵』で作家デビューしてから23年、小説家として書きたいものは変わってきましたか?
村山:行き着きたい場所は変わらないと思います。ただ、同じ山を登るにしても足場の悪い、険しい道を選んだり、登頂したときに達成感がある方を選ぶようになったという変化はありますね。
根源的なテーマは「それでも人は生きていかなければならない」というところにあって、それが晴れやかな形で提示できるときもあれば、そうではないときもあります。でも行き着く場所は同じ。それが私にとって小説を書くという行為なんだろうと思います。
――では最後に、村山さんご自身が影響を受けた3冊の本をご紹介いただけないでしょうか。
村山:一冊目は『ごんぎつね』です。「ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは」と兵十が気付いた瞬間に、ごんは死んでしまう。人と人はこんなにも分かりあえないものなのかということを、最初に私に叩き込んでくれたのがこの作品でした。
だから『天使の卵』は、私にとっての『ごんぎつね』のようなところがあります。まさに原点ともいえる本ですね。
二冊目はジョン・スタインベックの『ハツカネズミと人間』です。これも悲惨な、理不尽な物語ですね。初めて読んだのは小学校5年生のときで、分からないことがたくさんあったんです。
ただ歳を重ねて、人生経験を増やすごとに理解できる幅が広がっていき、「人は自分の経験で小説を翻訳して読む」「経験値が増えると物語を深く読めるようになる」ということに気付かされました。実体験をともなわない限り、読書だけでは人は成熟しないというところですね。
三冊目は佐藤愛子さんの『戦いすんで日が暮れて』という、私が生まれて間もなくに直木賞を受賞した古い作品です。
愛子先生の体験がベースになっているのですが、別れた旦那さんの借金を本来なら背負わなくてもいいのに、「私が返します!でも今は一銭もお金がない。返してほしければ働く私の邪魔をしないで!」と言って借金取りたちを追い返す。しかも結局は借金をきっちり返してしまう。
すでに90歳を超えられていますが、2年ほど前に『晩鐘』という、『戦いすんで日が暮れて』から連なる長編小説を書かれています。愛子先生の作品は、女性が一人で物書きをして筆一本で生きていくことの壮絶さが胸に迫ってきます。私自身、励みになりましたね。
■取材後期
個人的に、女性の作家さんにお話をうかがうときは、普段とは違った緊張感を持ってのぞむのですが、村山さんはどんな質問にも丁寧に答えてくれました。ありがとうございます。さて、この『ラヴィアン・ローズ』は女性視点で進んでいくサスペンスですが、男性の視点で読み進めていくと、女性の「怖ろしさ」に震えてしまうかもしれません。そのくらい衝撃の走る小説です。インタビュー中には、また『天使の卵』のような小説も書きたいとおっしゃっていた村山さん。次回作にも期待です。(新刊JP編集部/金井元貴)
■村山由佳さんプロフィール
1964年東京都生まれ。立教大学卒業。会社勤務などを経て、1993年『天使の卵――エンジェルス・エッグ』で小説すばる新人賞を受賞。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。2009年『ダブル・ファンタジー』で柴田錬三郎賞、中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞を受賞。その他の著書に、母との葛藤に正面から向き合った自伝的小説『放蕩記』、累計200万部を超える「天使」シリーズの最終章『天使の柩』、かけがえのない存在との出会いと別れを香りとともに描く小説集『ワンダフル・ワールド』などがある。(書籍より引用)