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『ゲットダウン』J・スミスが語る、ヒップホップの始まりと真髄「ワイルドだけど知性的なんだ」

2016年09月03日 16:11  リアルサウンド

リアルサウンド

ジェイデン・スミス

 Netflixで配信中のヒップホップドラマ『ゲットダウン』が、海外ドラマファンのみならず、ラッパーやDJなどヒップホップアーティストの間でも大きな話題となっている。70年代後半のニューヨーク・サウスブロンクスを舞台に、そこで生まれ育った5人の若者が音楽やダンスを通じて自分を表現しようと模索する物語で、史実を織り込みながらヒップホップの黎明期を鮮やかに描き出した作品だ。


 監督を務めたのは、『ムーラン・ルージュ』や『ロミオ+ジュリエット』などの作品で知られるバズ・ラーマン。時代考証を踏まえつつも、当時の景観や文化を華やかに切り取ることに定評のある監督は、70年代ブロンクスの荒廃した街並みとそこに生きる若者たちの姿を、電車やシャッターに描かれた力強いグラフィティやカラフルなファッション・アートとともに、活気溢れる描写で表現している。


 本作の公開を記念して、"ディジー"ことマーカス・キプキング役を務めたジェイデン・スミス(18)が来日。ウィル・スミスを父に持ち、2010年度版『ベスト・キッド』では主演を務めた新進俳優だ。彼にとっても本作への出演は、とてもエキサイティングな経験だったようだ。


「『ゲットダウン』に出ることが決まって、すごく嬉しかったし、ハッピーだった。すぐにでも取り掛かりたいという気持ちでいっぱいだったよ。バズ・ラーマンが大好きだったし、彼の作品もすごく好きだったから。バズの作品で一番好きなのは『ロミオ+ジュリエット』だね。『華麗なるギャツビー』がその次かな。『ロミオ+ジュリエット』は最も素晴らしく、最も純粋なラブストーリーだと思う。初恋の気持ちをとてもうまく映像化しているよね。シェイクスピアによる古典的な物語を、バズが現代的に表現しているところも素晴らしい。『ゲットダウン』も、まさにバズのそういう作風が反映された作品なんだ」


 ジェイデンが言うように、『ゲットダウン』はピュアなラブストーリーでもある。才能に溢れた若き詩人・エゼキエル(ジャスティス・スミス)が、幼馴染みのマイリーン(ヘリゼン・グアルディオラ)に恋い焦がれ、自らの道との間で葛藤する姿には、きっと誰しもが共感しうるだろう。本作が、ヒップホップの熱心なファン以外からも支持を集めているのは、王道的な青春物語としても秀でているからに他ならない。


 ところでサウス・ブロンクスを舞台としたヒップホップ映像作品というと、1982年に制作された『ワイルド・スタイル』が思い出される。ヒップホップカルチャーを世界中に広めるきっかけとなった作品で、ここ日本でも『ワイルド・スタイル』が与えた影響は大きかった。ラップ、DJ、ブレイクダンス、そしてグラフィティというヒップホップの4大要素は、この映画によって知られ、世界中の若者を熱狂させたのだ。一方で本作『ゲットダウン』は、4大要素がどのようなアートフォームなのかを、より映像的にわかりやすく伝えることに成功している。


 たとえば、ジェイデン演じるディジーは、ブロックパーティーの存在を知る前からグラフィティに夢中で、それがヒップホップという言葉が生まれるより先に現地では若者の間で流行していた遊びだったことを伺わせる。ディスコソングの間奏部分のドラムソロ=ブレイクを、同じレコードを2枚使って繰り返し流すことで生まれるブレイクビーツや、それに合わせて即興で観客を煽るラップ、お互いを挑発しながらアクロバティックな動きで勝負するブレイクダンスなど、それぞれの様式がかなり丁寧に描かれる。出演者たちも相当に練習したのだろう、ディジーがスプレーでグラフィティを描く姿も、自然で様になっている。当時から活躍する伝説的なグラフィティ・ライターのレディ・ピンクから、直接指導を受けたというから驚きだ。


「レディ・ピンクと彼女のパートナーに教えてもらったのは、本当のグラフィティ・ライターというのは、靴と手を見ればわかるということだった。靴か手のどちらかにペンキが付いていれば、その人はグラフィティをやっている、どちらにも付いていなければグラフィティ・ライターではない。グラフィティ・ライターから見れば、本物かどうかはすぐにわかってしまうんだって。だから僕も、実際にたくさん描いてグラフィティ・ライターの振る舞いを身体に染みこませる必要があった。手や顔がペンキだらけになるし、においもすごいから大変だったよ(笑)。描くときはずっとスプレー缶を抑えていなければいけないから、手がすごく疲れるしね。まるでギターを弾くようだったよ」


 本作における本物志向は徹底していて、ラップやDJのパフォーマンスもかなり綿密に作りこまれている。ヒップホップ界のパイオニアである3人のDJ、グランドマスター・フラッシュ、DJクール・ハーク、アフリカ・バンバータのほか、劇中の登場人物でもあるラッパー、カーティス・ブロウもクリエイティブチームに名を連ねる。ダンスの振り付けを担当したのは、マイケル・ジャクソンやマドンナの振付師として知られるリッチ&トーン兄弟。劇中で主人公たちが結成する架空のクルー“ゲット・ダウン・ブラザーズ”のパフォーマンスには、それぞれのキャラクターに合わせたスタイルが用意された。


「ディジーのラップスタイルは、グラフィティがベースになっている。彼がグラフィティで描きたいことややりたいことが、ラップにも反映されているんだ。基本的にディジーは自分でラップを書いていなくて、すべてエゼキエルがみんなのラップを書いている設定なんだけどね。ブーブーはかわいらしく、ララはスキニーかつクールに、エゼキエルは作詞家としての威厳をもって。それぞれの好きなことや熱中していることがラップのスタイルにも反映されている。撮影現場は本当にいい雰囲気で、とにかく楽しかった。いつもみんなでいろいろバカをやったりして過ごしていた。みんなと一緒に仕事ができてとても幸せだったよ」


 ほかにも、若きキャスト陣はヒップホップをより深く理解するため、様々な教えを受けたという。劇中でも重要な登場人物のひとりとして描かれるグランドマスター・フラッシュや、各話のラップによるナレーションを書き下ろしたNasも、彼らに惜しみないアドバイスを与えていたようだ。


「とにかくたくさん研究をして、パイオニアたちからいろいろなことを吸収したよ。グランドマスター・フラッシュやDJクール・ハークたちの話を聞き、指導を受け、バズ・ラーマンやNasたちのビジョンもしっかりと捉え、彼らが作り上げたい世界観を理解した上で、自分はそれをどうすれば最高な形で表現できるかを考えながら役作りをした。Nasからは特にラップの部分でアドバイスをもらったよ。彼自身がラップパートを書いて、それをこういう感じでやってくれ、という指導をしてくれた」


 また、ジェイデン自身もヒップホップに傾倒していて、その魅力を次のように語っている。


「親の影響で、子どもの頃からヒップホップを聴いていたよ。僕はアメリカで生まれたアフリカ系アメリカ人だし、ヒップホップは僕の人生においてすごく大事なものだった。今回、バズやグランドマスター・フラッシュたちと作品を作るにあたって、指導を受ける中で、より深くいろいろなものを知ることができたと思う。僕が考えるヒップホップは、その根底に“反抗”の精神があるけれど、それと同時に人に対して優しくしたり、理解を示したりする表現でもある。ワイルドだけど知性的なんだ。この作品で描かれている76年~77年のサウスブロンクスの人たちは、2台のターンテーブルと2枚のディスコソングのレコードを使って、そこから新しい音楽を生み出した。たった2つのものを組み合わせるだけで、まったく新しい表現が生み出せることの凄さを、この作品を通して、日本に限らず、世界中の人々に感じてもらいたいね。ちなみに最近は、フランク・オーシャンの新作をずっと聴いているよ」


 『ワイルド・スタイル』が世界中を巻き込んでムーヴメントを生み出したように、『ゲットダウン』もまた、多くの人々がヒップホップの魅力を深く理解するきっかけとなる作品となりそうだ。(取材・文=松田広宣/写真=泉夏音)