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闇と光の“反復”はどんな恐怖をもたらすか? 『ライト/オフ』が辿り着いた、映画の根源的表現

2016年09月01日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)2016 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT

 闇のなかだけに現れる化け物に狙われた家族の恐怖を描く、ホラー映画『ライト/オフ』。本作の「闇」と「光」を使った恐怖表現は、ゾワゾワするような生理的な効果を発揮し、このワンアイディアだけで映画が成立しているほど圧倒的だ。なぜいままでこのスマートなアイディアが思いつかなかったのか。世界中のホラー映画作家が、頭を抱え地団太を踏んで悔しがる姿が目に見えるようだ。


 スイッチを押して部屋の照明を消すと、暗い場所に人のかたちの不気味な「何か」の影が立っていることに気付く。「(あれ? ここには私以外、誰もいなかったはずなのに)」と照明を点けると、さっきの人影は消えている。もう一度照明を消すと、また人影が現れる。点けると消える。消すと現れる。この行為を繰り返していると、また照明を消した瞬間、いきなり自分の目の前に人の姿が現れるのだ。これは怖い! この劇中冒頭の演出は、予告編でも見ることができるので、ぜひ体験してもらいたい。


 じつは、このシーンそのままの映像作品が存在する。それが、本作と同じデヴィッド・F・サンドバーグ監督が撮った、"Lights Out"「ライツ・アウト」である。動画サイト YouTube で、いまも無料公開されている3分にも満たない短編だが、その出来があまりにも良いために話題を呼び、すぐに動画の視聴回数は100万回を超えた(現時点では1200万を超えている)。それが、「ホラー・マスター」と呼ばれる若きホラー映画の巨匠、ジェイムズ・ワンをはじめとするハリウッドの映画人たちの目にとまり、これを長編映画化しようという流れになったのである。


 まさにシンデレラ・ボーイとなった、スウェーデン在住のデヴィッド・F・サンドバーグ監督は、いままで過激なFlashアニメを製作し、"ponysmasher"「ポニー(かわいい馬)をぶん殴る者」というユーザー名で YouTube に動画をアップし注目を集めていたが、2013年からは同じアカウントで、恐怖をテーマにした短編動画のシリーズを公開し始めた。それらは全て自分の妻を主演させて、クローゼットや屋根裏など、自宅の中で体験するおそろしい怪現象を、2、3分、もしくは10数秒の実写映像で表現したものだ。


 スウェーデンだけに、家具などの道具をIKEA(イケア)から買ってきて仕掛けを手作りし、自分で映像加工を行いながら、アパートの室内で妻と仲良くキャッキャしながらホラー短編を作り YouTube にアップするのである。本作でも、『ブレードランナー』から着想を得たという、化け物の「光る眼」を表現するために、蛍光テープを目の大きさに丸く切って、瞼に張り付けるという方法がとられているなど、楽しみながら映像表現を追求していることが伝わってくる。


 その、いじらしくも幸せな光景とは裏腹に、作品はものすごく怖い。日常の光景のなかにぽっかりと口を開けた怪異は、それが生活臭を感じるような映像だからこそ、より迫真性が宿る。このシリーズの主演女優であり、監督の妻でもあるロッタ・ロステンは、本作『ライト/オフ』の冒頭にも出演し、「気を付けてね」と出演者に忠告する。いままで自分が体験してきた恐怖を、本作の出演者たちにバトンタッチするのである。


 前述したとおり、本作の面白さはドラマよりも、とにかく照明を使って「オン」、「オフ」を繰り返し、化け物と一対一で恐怖の「だるまさんが転んだ」を遊ぶことを余儀なくされるという展開だ。何度も何度も繰り返されるオンとオフ。「オン」の状態では身の安全が保証されており、「オフ」の状態では怖いことが起きる。私の個人的な体験においても、子供の頃からいまだに、照明を点けたり消したりする瞬間に「何かがいるかもしれない」という恐怖をふと覚えるときがある。


 以前、ジェイムズ・ワン監督の『死霊館 エンフィールド事件』の評において、ホラーにおける「反復表現」は、「ごく短い間に緊張、弛緩を何度も体験させることで、観客の心理を翻弄する」と述べたが、この点だけを問題にするならば、ワン監督が様々な意匠によって達成するような反復表現の恐怖を、ここでは照明を利用することによって、より洗練され純粋化したかたちで取り出すことができているといえる。(参考:『死霊館 エンフィールド事件』はホラーの枠を超える傑作だーー天才監督ジェイムズ・ワンの演出手腕


 反復表現にかけては、デヴィッド・F・サンドバーグ監督は専門家と呼べるかもしれない。彼の短編でも、壁に掛けられた不気味な写真の中の人物が動き出す"Pictured"(ピクチャード)の、見る度に写真の状態が変化する描写や、"Closet Space"(クローゼット・スペース)での、クローゼットの扉を開け閉めする度に怪異が起こる描写など、彼の作品の多くに、この演出が用いられているのである。面白いのは、この描写は怖いと同時に、ユーモアをも感じるということだ。ホラー作家は「恐怖と笑いは地続きに繋がってる」という意味の発言をするが、サンドバーグ監督の作品を見ると、その感覚がとくによく理解できる。とにかく、この短編シリーズは必見であろう。


 もうひとつ言っておかなければならないのは、闇と光が入れ替わるという点に重大な何かを感じるのというのは、「映画」そのものが闇と光を利用した芸術であり娯楽であるからだ。この演出は、音声などの複合的な情報を排除してなお、映画本来の持つ根源的な表現に我々を立ち戻らせる力すら持っている。デヴィッド・F・サンドバーグ監督は、映像の探求のなかで、もっと早く発見されるべきだった、たいへんな鉱脈を掘り当てたと思えるのである。


 ただ、圧倒的とはいえ、それはあくまでもワンアイディアに過ぎない。サンドバーグ監督の次の作品は、『死霊館』のスピンオフ、『アナベル 死霊館の人形』の続編だ。『ライト/オフ』では、彼自身が発見した「オン」、「オフ」という最高のアイディアによって、少なくとも最低限の成功は約束されていたといえる。本作でその貯金を惜しげもなく使ってしまったことで、自ずと次の作品は、彼にとって長編映画の演出力を問われる本当の勝負作となるはずである。(小野寺系(k.onodera))