前半戦の終盤で、メルセデスはW07のフロントサスペンションに、新しいヒーブダンパーユニットを取り付けて走らせていた。ベルギーGPの週末には、この新しいユニットは取り外されていたようだが、クローズアップ写真を分析したところ、どうやらメルセデスは、2014年に禁止された「フリック」(前後を相互連結したサスペンションシステム)の効果をある程度まで再現する手法を開発しているようだ。
近年のF1マシンのヒーブユニットは、かなり複雑なコンポーネントだ。これはエンジニアたちが「ピッチ」または「ヒーブ」と呼ぶ、サスペンションの上下動をコントロールする。こうした動きは、ブレーキングやダウンフォースなどにより、フロントエンドが押し下げられることによって生じる。
ヒーブユニットは、サスペンションのパーツであると同時に、空力的なゲインを得るための車高の制御においても重要な役割を果たす。ウイングと路面のギャップが正確にコントロールされていれば、ウイングはより効率的に働くし、ギリギリまで車高を下げて、さらにウイングの効率を高めることもできるからだ。
このユニットは、左右のフロントプッシュロッドロッカーの間に吊り下げられていて、サスペンションが縮むと左右から同時に押されるような形になる。この動きをスプリングとダンパーによってコントロールするのだが、その機構はコンベンショナルな機械式スプリングとオイルダンパーとは少し違っている。
ヒーブユニットは、サイドポッド内にマウントされた遠隔スプリングも作動させている。つまり、このユニットの一部は複動式の油圧システムになっていて、一連のバルブやアキュミュレータを介して、遠隔スプリングを押し縮めるようになっているのだ。こうしたシステムを使えば、単純なスプリングとダンパーだけでは実現できない、理想的なスプリングの効果をサスペンションに持たせることができるというわけだ。
このヒーブユニットには、イナーターも組み込まれている。これは2007年のフェラーリとマクラーレンの「スパイゲート」で知られるようになったコンポーネントで、当時は「Jダンパー」と呼ばれていた。機構を簡単に説明すれば、金属製の円筒形のマスをヒーブユニットの動きに合わせて回転させ、マスの加減速に際して生じる慣性の効果を利用して、通常のダンパーではできないような制御を行うというものだ。
メルセデスは昨年から、2つに分割されたヒーブユニットを使っていた。ひとつはコンベンショナルなコイルスプリング式のもので、その下に遠隔スプリングに作用する油圧ユニットがあったのだ。しかし、過去数戦では一体型のユニットが試され、ハンガリーとドイツでは実戦でも使用されている。この新しいタイプのヒーブユニットは、外部の人間に見られないようにカーボンファイバー製のカバーの下に収められていた。
写真からはわかりづらいのだが、この新しいユニットは複雑な形状ながら単一のデバイスとなっており、油圧装置とイナーターも組み込まれているようだ。以前のバージョンとの違いは、ケーシングがより複雑になっていることで、向かって左側に調整部のロックナットがあり、右側は油圧アキュミュレータのように見える。この部分が、遠隔スプリングを油圧で適切に制御する、新しい調整機構なのかもしれない。
ケーシングの形状の複雑化に伴って、取り付けの作業プロセスも変わった。以前はロッドにねじを切った一般的なスプリングコンプレッサーでユニットを挟み、ナットを締め込んで圧縮していた。だが、新しいユニットでは、専用の特大Gクランプでユニットを押し縮めてから、プッシュロッドロッカーの間に取り付けるのだ。そして、取り付け後には油圧システムのエア抜きと加圧も必要で、ピットにはそのためのポンプを備えた専用のカート型ユニットもあった。
彼らはこのように油圧システムを巧みに利用して、FRICと同様の効果を生み出し、フロントエンドの上下のピッチングを制御している。いわばアクティブサスペンションのメリットを部分的に再現したメカニズムでもあるが、完全に合法的なパッシブシステムだ。
わからないのは、この新しいユニットのメリットは何なのか、そしてハンガリーとドイツで使われたにもかかわらず、なぜスパでは取り付けられていなかったのかだ。メルセデスは、低速から中速コーナーでのパフォーマンス改善に取り組んでいることが知られており、このユニットは主にそうした領域で効果を発揮するか、あるいは高速コーナーのスピードをわずかに犠牲にしてしまうのかもしれない。そう考えれば、比較的低速のハンガロリンクとホッケンハイムで使われ、スパでは使用しなかったのも理解できる。この解釈が正しいかどうかは、今後この新ユニットが、高速コースのモンツァと曲がりくねったシンガポールのどちらで使われるかを見れば、自ずと明らかになるだろう。
ベルギーで投入されたメルセデスのパワーユニットのアップグレードと、大量のエンジンコンポーネントの交換も大いに注目を集めた。新開発部品の導入と、ルイス・ハミルトンの「貯蓄」のためのペナルティのタイミングを合わせたのは、賢いやり方だったと言える。
メルセデスがパワーユニットの何を変えたのかは、明らかにされていない。しかし、ハミルトンが戦術的に交換したコンポーネントには、ターボとMGU-Hも含まれていたという事実から考えると、トークンはこれらの領域で使われた可能性が高い。