2016年08月30日 09:22 弁護士ドットコム
学校でのいじめ被害が、後をたちません。文部科学省によれば、平成26年度の小・中・高等学校などにおけるいじめの認知件数は約18万件。小学校高学年の時点で、ほぼ半数がいじめの被害を経験しているといいます。
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学校のいじめ問題に詳しい高島惇弁護士によれば、「今のいじめは、言葉が圧倒的に多い」と言い、暴力などの深刻なケースは少ないそうです。とは言え、言葉による被害も、子どもに与える被害は深刻です。
もしも、我が子が被害にあったら、どのような解決方法があるのでしょうか。親や子どもたちからの相談を数多く受けてきた高島弁護士に詳しく聞きました。(ライター・吉田彩乃)
● 圧倒的に多いのは悪口、誹謗中傷
ーー最近は、どのようないじめが多いのでしょうか。
圧倒的に多いのは、本人を前にした悪口や、LINEでの誹謗中傷など、言葉によるいじめです。「死ね」「クズ」「ゴキブリ」「キモい」といったものから、よく思いつくなと驚くようなものまで、百花繚乱です。
殴る蹴るの暴力や、物を隠されているなど深刻なケースは、比率としては少ないです。
ーー弁護士にいじめ被害の相談をした場合、解決まではどのような流れになるのでしょうか。
いじめ被害について相談を受けても、必ずしも弁護士が介入するわけではありません。
いじめがそこまで悪質ではなく、子どもが登校できている場合には、弁護士が介入することで、かえっていじめが悪化したり、子どもが学校内で孤立したりする可能性があります。法的措置を急がず、しばらく様子を見た方が無難な場合もあります。
ーーでは、法的措置が必要なのは、どのような場合でしょうか?
登校できていない場合には、教育を受ける権利を確保する必要がありますので、法的措置を検討した方がいいかもしれません。法的措置の具体的な内容ですが、「いじめ防止対策推進法」という法律に基づいて、弁護士から学校に対して、いじめの事実があったかどうか調査するように求めます。学校としては、担任や校長などが生徒に聞き取りをし、実態を調べます。
もしもそこでいじめの事実が確認されたら、学校は加害者生徒に対して指導を行います。さらに、被害者が安心して教育を受けられるような処置、例えば被害者生徒の別室授業や、クラス替えなどを行います。
調査請求には2段階あります。被害者本人の訴えをもとに、学校が内部で調査をするパターンと、もう1つは、そのいじめが「重大事態」にあたる場合です。前者の場合、弁護士から学校に対して、いじめの事実があったかどうか調査するように求めます。それに対して学校は、担任や校長などが生徒へ対して聞き取りを行い、実態を調べます。
いじめが重大事態にあたる場合は、学校はすみやかに第三者を含んだ調査組織を設置して、事実解明と再発防止に取り組む必要があります。重大事態とは、具体的には殴られたり蹴られたり、物を隠されたりといった「生命や身体、または財産への重大な損害が生じた場合」や、いじめを理由として、相当な期間(文部科学省の規定では1年のうち通算30日間)欠席している場合です。
調査には2~3ヵ月ほどの時間がかかる場合が多く、学校も密に調査をしなければならないので、非常に大変です。教員にとっても、普段の授業に加えていじめの調査をすることが精神的な負担になり、私が扱った事件では、負担の重さから休職してしまった先生もいました。
● 加害者を転校・退学させることは難しい
ーー調査によって、いじめの事実が認められた場合、学校や加害者生徒に対してどのような要求ができるのでしょうか。
まず学校に対しては、いじめの実態をより詳細に調査することを求められます。また、被害者生徒が安心して教育を受けられるよう、別室授業やクラス替えなども要求できます。
被害者生徒の親御さんの中には、学校に対して「加害者を転校させてほしい」と希望する方が多いのですが、法律上はできません。
そもそも公立の小学校・中学校は、児童生徒に対して退学処分を下すこと自体が法律上、禁止されています。一方、私立の場合と公立の高等学校は退学処分を下すことができます。しかし、加害者生徒にも教育を受ける権利がありますし、退学処分が違法と評価されてしまう危険もありますので、学校が退学処分をくだすか否かの判断は、学校にとっても非常に難しいです。
ただ、加害者生徒の退学処分を要請したのに、学校が拒否したためにいじめが続いてしまい、被害者生徒が精神的、肉体的にさらなる損害を被ったということになれば、学校の安全配慮義務違反を追求する余地があります。「あの時、退学処分を下していれば、さらなる被害は生じなかったのではないか」という理屈で、損害賠償請求を検討することになります。
いじめ案件では、最終的に被害者生徒の方が転校してしまう場合は少なくありません。学校に調査請求をして、いじめに関する報告書が出ることで被害者側としては区切りがついて、「この学校にはいたくないから転校します」と。ただ個人的には、それはいじめ問題の解決として正しいあり方ではないだろう、と考えています。将来的には、加害者生徒へ退学処分を下すよう学校に対して義務付ける形での請求権を、法律上認めてほしいという思いがあります。
ーー加害者生徒とその親に対して、法的な責任を問いたいと考える被害者もいます。どのような方法があるのでしょうか。
加害者生徒に対しては、刑事告訴と損害賠償請求が考えられます。以前は警察も、子どものいじめについての捜査には積極的ではなかったのですが、最近はいじめによる自殺などが報道されるようになったことで、暴力や物を隠されたりといったいじめの場合は、警察も動いてくれることが多くなってきました。
損害賠償額ですが、被害者生徒が自殺してしまったなど深刻な事態に至っていない場合は、残念ながらそこまで高額ではないかもしれません。被害者生徒としては金額よりも、自分のなかで区切りをつけたり、加害者生徒が何の責任も取らずに大人になるのは許せないから請求したい、という気持ちの方が大きいのかもしれません。
● 転校は、慎重に判断した方がよい
ーーこれまで高島弁護士のところへ相談に来た方は、相談後、どのように過ごしているのでしょうか。
被害者生徒さんが転校される場合もあれば、元の学校で元気に過ごしていることもあり、ケースバイケースです。転校さえすれば問題が解決するとは限りません。むしろ、転校して順調に学校生活を送って自信を回復してくると、「今ならうまくやれる」「友達に会いたい」と、慣れ親しんだ元の学校に戻りたがる生徒さんもいます。緊急を要する場合は別ですが、転校するかどうかは、慎重に判断した方がよいかもしれません。
また「元気にやっています」と嬉しい報告が届いたり、「先生のような弁護士になりたい」と言っていただいたりすることも、私のやりがいになっていますね。
弁護士には、ただ法律を使っていじめ問題を解決するだけではなく、カウンセラーの役割もあると思っています。思春期の多感な時期の子どもたちは、いじめ被害にあうと、社会全体から自分の人格や存在そのものを否定されたように感じがちです。人生の大半を学校という小さい世界の中で過ごしているのですから、無理もありません。
弁護士に話を聞いてもらうことで、子どもは「味方になってくれる人がいる」と思うことができます。今あなたをいじめているのはほんの一部の人間でしかなくて、あなたがもっと自由に居心地よく生きられる環境が世の中には沢山あるということや、あなたの味方になる大人がいるのだということを、気づかせたいですね。
ーーいじめを苦にして、自殺をはかる子どももいます。
私が言いたいのは、とにかく自殺だけはしないでほしいということです。人生は長いです。そして世界は広いです。学校でのいじめは、その時期を乗り越えれば、「あの時あんなこともあったな」「悪いのはいじめていた奴で、俺は悪くなかった」と振り返れるようになります。
子どもには未来があります。自殺さえしなければ、この先いくらでも生きていける。そんなことを私も伝えたいし、その子の周りにいる大人たちにも伝えていってほしいと思います。
人間が複数いれば摩擦は起こるものなので、いじめを防ぐことは難しいかもしれません。しかし、エスカレートする前に手を打つことができれば、自殺など取り返しのつかない事態が生じてしまうことは避けられるはずです。「子どもの未来のために」という気持ちを持って、今後も活動を続けていきたいですね。
【取材協力弁護士】
高島 惇(たかしま・あつし)弁護士
退学処分、学校事故、いじめ、体罰など、学校内におけるトラブルを精力的に取り扱っており、「週刊ダイヤモンド」にて特集された「プロ推奨の辣腕弁護士たち」欄にて学校紛争問題が得意な弁護士として紹介されている。
事務所名:法律事務所アルシエン
事務所URL:http://www.alcien.jp