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中村一義の楽曲にはなぜ“突き抜け感”がある? 『ERA』再構築ライブ発表を機に楽曲分析

2016年08月29日 18:01  リアルサウンド

リアルサウンド

中村一義『金字塔完成記念日~エドガワQ 2015~ [DVD]』

 日本テレビ系アニメ『エンドライド』のエンディングテーマであるニューシングル「世界は変わる」を8月10日に配信リリースした中村一義が、2017年2月18日に東京・新小岩の江戸川区総合文化センターで、『エドガワQ2017~ERA最構築~』と題するライブを行なうことを発表した。


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 この日、42歳の誕生日を迎える中村の地元・江戸川区で行なわれる同公演は、2000年リリースのアルバム『ERA』を「再構築」した2部構成になる模様。それまでほぼ一人で作り上げてきたレコーディングスタイルから一転、細野晴臣をはじめ、後に100sを結成する池田貴文や玉田豊夢、さらに岸田繁(くるり)や真島昌利(クロマニヨンズ)ら多数のゲストを迎えて制作された『ERA』は、中村にとってターニングポイントとなった作品。それが17年の月日を経てどのようなカタチで鳴らされるのか、大いに期待が高まるところだ。そこで今回は、彼の代表曲を振り返りながらソングライティングの魅力に迫りたい。


 まずは1997年にリリースされた記念すべきファーストアルバム『金字塔』から、「犬と猫」「永遠なるもの」を聴いてみよう。どちらもシングルカットされたこの2曲は、「中村一義」という存在を日本のロック史に深く刻み込んだ代表曲である。「状況が咲いた部屋」と名付けられた自宅の一室でデモを制作し、それをもとにほぼ全ての楽器を一人で演奏し作り上げたこの時期の楽曲は、ドラムのタメやギターのピッキング、歌の息遣いに至るまで全てが有機的に絡み合い、まるで曲そのものが生き物のようにうごめいている。リッケンバッカーのギターやヘフナーのバイオリンベース、ラディックのドラムなど、ビートルズが使っていた楽器を用い、まるで彼らが乗り移ったかのようなフレーズを随所に散りばめていたのも印象的だった。


 「犬と猫」は、プリンスの「New Position」を思わせるリズムボックスがブレイクした後、<どう?>と叫ぶハイトーン・ボイスが今聞いても強烈なインパクトを放つ。サビ始まりで、コード進行は<B - F#onA# - EonG# - EmonG - B/BonD# - EonB/B - E - B - D#7onA#>と進む。半音で下降していくベースラインと、後半のつんのめるようなドラムのフィルがポイント。メロディはビートルズの弟バンドとしてデビューし人気を博したグループ、バッドフィンガーの「No matter what」を彷彿させる。続くセクションは、<G#m - E - B - EonB/B - G#m - E -F#onA# - F#sus4/F#7>。シンプルなコード進行だが、やはりベースがルートを避けることで浮遊感ある響きを作り出し、ファルセットで歌われるシンプルなメロディの美しさを際立たせている。また、この部分のギターバッキングは、90年代に活躍したスコットランド出身のホワイトアウトの「No Time」のリズム感にインスパイアされたものだろう。


 「永遠なるもの」は、スモール・フェイセスの「Afterglow (Of Your Love)」を思わせる導入部からサビへとなだれ込む。まるでモーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」のように舞い踊るメロディが印象的で、コード進行は<D/F#7 - Bm/D7 - G/A - Bm・BmMaj7/Bm7 - F#7 - Bm/E7 - G/A>という、「カノン進行」(参照:SEKAI NO OWARI楽曲分析 http://realsound.jp/2015/10/post-4922.html)の応用型。この<I - III7 - VIm - I7 - IV - V - VIIm - VIImMaj7 - VIIm7>というパターン(セカンダリードミナントコードIII7、半音下降のクリシェVIIm - VIImMaj7 - VIIm7)は、中村の楽曲の中でしばしば使われるもので、彼のトレードマークといってもいいだろう。ここはキーがDだが、Aメロで3度下のBに移調し、<B/BMaj7 - B7 - EmonG - F#sus4/F#>と展開。ベースは3小節目で入ってくるのだが、Emに対して短3度のGをあて、次のF#sus4へ半音で降りていく。Bメロで再びキーDに戻り、<GonB - DonF# - EonG# - Asus4/A>と進む。ベースはずっと3度をキープし、ドミナントコードでようやくルートに落ち着く。このふわふわ、もやもやした感じが、サビの「突き抜け感」を強調しているのだ。ちなみに展開部では、<C/G - D - C/G - D>というコード進行に対し、ミクソリディアン・スケールのダイアトニック・コードC(VII♭)が用いられている。メロディは、ルート音レに対して短3度であるファでブルージーな雰囲気を出し、他のセクションとの強烈なコントラストを付けていて、<悪者が持つ孤独が、みんな、解るかい?>という歌詞をより強く印象付けている。


 続いて『ERA』から「ハレルヤ」。キンクスの「Lola」やジョン・レノンの「Give Peace A Chance」、ブラーの「Tender」などのエッセンスを凝縮させた楽曲だが、コード進行は至ってシンプル。Aメロは<F/C - F/C - F/C - B♭/C>、Bメロは<B♭ -  C - F - F7>を3回繰り返し、<B♭/C - B♭/C - B♭ - C>でブレイク。サビは<F - B♭/B♭7onA♭ - F - B♭/B♭7onA♭>と、ベースが分数コードB♭7onA♭で響きを変えている以外、ここまでほぼ3コードで成り立っている。しかし後半のBメロは、<B♭ - C - F - F7 - B♭ - Bdim - C - A7>と展開し、ディミニッシュやセカンダリードミナントコード(A7)で聴き手をハッとさせる。とはいえ、基本的にはゆったりとした非常にループ感の強い楽曲。ゲストを多数迎え、一人多重録音ならではの「密室感」が薄まっているのも、『金字塔』やセカンドアルバム『太陽』にはなかった傾向だ。以降は自身のバンド、100sを率いてレコーディングをおこなうようになり、中村の楽曲はさらにシンプルで開放的なものが増えていく。


 100s名義での『世界のフラワーロード』から3年ぶりとなる2012年、再び中村はソロ名義のアルバムをリリースする。「中村一義×ベートーヴェン」というコンセプトのもと、自らの楽曲にベートーヴェンの交響曲を組み込んだ『対音楽』は、『太陽』以来およそ14年の一人多重録音アルバム。そのため、あの「密室感」がどの楽曲にも漂っている。先行シングルにもなった「ウソを暴け!」は、ヴァースがジョン・レノンの「Isolation」を彷彿させ、ディレイのかかったピアノとオーギュメントの響きが印象的。コード進行は<AonE - AaugonF - F#m - A7onG/G - DonA/EonB - C#7/F#m - D - Esus4/E>。前半のベースラインはオーギュメントコードをうまく利用し半音上昇を強調したものだ。Bメロを挟まずサビへと進み、コード進行は<A/EonG# - F#m/AonG・C#7 - D/A - G/E>と展開。「永遠なるもの」を彷彿させる「カノン進行」の応用型だ。セカンダリードミナントコードC#7をアクセントというか、経過音的に使っているのがユニーク。抑揚のついた弾むようなメロディも、一度聞いたら忘れられない。ちなみにこの曲は、ベートーヴェンの「交響曲第1番」が組み込まれており、オーケストラパートはシンセやメロトロンで演奏している。


 そして、今年3月にリリースされた最新アルバム『海賊盤』は、Hermann H.&The Pacemakersのメンバーや、元BEAT CRUSADERS のマシータ、100sのギタリストで朋友・町田昌弘らと再びバンド編成で制作されている。そのため楽曲も、シンプルで開放的な方向へとシフト。冒頭曲「スカイライン」は、コールドプレイの「Viva La Vida」やアーケイド・ファイアの「Wake Up」のような、“オーオー”というシンガロングや掛け合いコーラスをフィーチャーしたアンセミックなナンバー。さらにバンジョーやスライドギターも導入したカントリー風味のアレンジは、中村にとって新境地と言えるものだ。サビのコード進行は、「永遠なるもの」「ウソを暴け!」と同じく「カノン進行」の応用型で、下降するベースが特徴の<A - EonG# - F#m - G/Esus4・E>を2回繰り返した後、ほぼ同じメロディを乗せて<F#m - E - E/G6 - F#7>へと展開していく。後半はファルセット・ボイスになり、コードは<D・E/F#m - D/C#7>。基本はダイアトニック・コードだが、G6やF#7、C#7がアクセントになっている。


 一人多重録音やバンド編成など、作品ごとにスタイルを変え、そのつどソングライティングも変化/進化を繰り返してきた中村一義だが、聞き手に高揚感をもたらす抑揚のあるメロディや、ビートルズをはじめとする過去の音楽への飽くなき憧憬、そこから生み出される華やかでバラエティに富んだアレンジは、常に変わらない。そして、きっとこれからも数々の名曲を生み出し続けてくれるだろう。


(黒田隆憲)