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松江哲明の『ゴーストバスターズ』評:エンタメの力で事前の評価を覆した、意義のあるリブート作

2016年08月28日 13:41  リアルサウンド

リアルサウンド

『ゴーストバスターズ』

 新しい『ゴーストバスターズ』はとても良い作品で、僕はラストシーンで不覚にも少し泣いてしまいました。完全に油断していましたね(笑)。なにが良いって、まず作り手たちのオリジナル『ゴーストバスターズ』に対する愛情が、すごく伝わってくるんですよ。この映画が製作されるまでには紆余曲折があって、もともとオリジナルを手がけたアイヴァン・ライトマンが監督して『ゴーストバスターズ3』を作ろうという話だったのが、途中でシナリオがうまくいかなくてビル・マーレイが出演を拒んだり、オリジナルメンバーのハロルド・ライミスが亡くなってしまったりして、結局作れなくなりました。それで、アイヴァン・ライトマンはプロデューサーというかたちで関わって、ポール・フェイグが監督を務めて、いま流行りの女性主人公のリブートとして新たに作られることになった。だけど、結果的にこれは正解だったと思います。


参考:松江哲明の『シン・ゴジラ』評:90年代末の“世界認識がグラグラする”映画を思い出した


 ポール・フェイグ監督らは、良い意味で前作を超えようとはしていないんです。オリジナルと違う事をやるのではなく、オリジナルの楽しさをより掘り下げた作品に仕上げていて、リスペクトに溢れている。もちろん、前作を観ていなくても面白い作品で、たぶん観てからのほうが、ずっと楽しめる作品だと思います。子供の頃にテレビで観たことがあるな、くらいのぼんやりした記憶でも、新しいマシュマロマンの姿に、楽しさが蘇ってくる感覚があるはずです。オリジナルのキャストが、良いところでチョコチョコと出てくるのも面白いところですね。なんとハロルド・ライミスまでも!  もともとゴーストバスターズのメンバーだったのに、幽霊を否定する側で出てくる人もいたり(笑)。


 言ってみれば、十数年前に放送されていた『新春かくし芸大会』の映画パロディを観る楽しさに近いものがあるかもしれません。たとえば井上順が『インディ・ジョーンズ』のパロディをやったりしていましたけれど、ああいう感じでオリジナルをちょっと茶化しながらも、ちゃんとリスペクトがあります。


 その面白さに夢中になっていると、最後の最後で素敵なクライマックスが待っていて、泣かされます。『ゴーストバスターズ』のメンバーは、大学を追い出された博士を中心に、社会の逸れ者たちが集っていて、幽霊で困ってる人を助けてニューヨークの街を救うことで、人々に感謝されるのですが、オリジナルでは拍手喝采になるけれど、いまはそういう時代ではない。活躍しても簡単に褒められないのがいまの時代で、それを象徴するように、アンディ・ガルシアが演じるブラッドリー市長は、事件の顛末を隠したままにしようとするし、彼女たちもまたそれに対して抗議の声をあげようとはしない。でも、誰からも認められなくても彼女たちは戦おうとしていて、その姿勢はとても現代的だと思います。


 最近のヒーローたちは、『ゴーストバスターズ』の彼女たちもそうだけれど、あまり人目に触れないように活躍するパターンが多いですよね。『ダークナイト』のバットマンも、いまの状況ではヒーローになれないって言って、むしろ追われる身として終わる。本当に“ヒーロー不在”の時代なんだと思います。ただ、『ゴーストバスターズ』は戦う相手が幽霊だから、正義とはなにか?みたいなテーマが描かれるわけではないので、トーンとしては比較的明るいままラストまで観ることができる。テーマソングの使い方も最高で、グッとくる映画ですよ。ケイト・マッキノンがあのテーマ曲をバックに幽霊をやっつけるシーンは、映画を観終えてからもYouTubeで繰り返し観ました。


 男女の描き方を逆転させているのも、やはりこの映画の大きなポイントです。クリス・ヘムズワースが無能な白人男性を演じているんですが、本当に馬鹿丸出しですごく楽しそうに演じている。それで、彼はまったく役立たずなんだけど、彼女たちは「可愛いからマスコットにしたい」みたいな感じで置いておく。キュンキュンしてる感じが男の僕にも伝わりました。本作は男女の描き方を逆転させているけれど、かといってバランスよく平等に描こうとはしていなくて、そこがミソですね。よく考えてみればこれまで、男性キャストの中で女性がぞんざいな扱い受けている映画ってたくさんありましたよね。だけど、そこが問題視されることは少なかったわけで。今回の『ゴーストバスターズ』は、これまで男性中心で描いていたハリウッド映画は、こんな描写だったんだということを逆に知らしめていているんじゃないでしょうか。けど、僕自身はまったく不快ではありませんでした。優れたコメディ作品は、表現で誰かを傷つける可能性はあるけれど、それを笑い飛ばせる力もあるんです。『ゴーストバスターズ』のクリス・ヘムズワースの描き方を見て、大袈裟かもしれませんが「いつかこのキャラクターが映画史の転機になるかもしれない」と思いました。世界中で公開されるハリウッド大作で、こういうキャラクターが描かれることは新しいことです。彼を見て不快に感じる人はたしかにいるかもしれない。けど、バランスを無視して、徹底的に踏み込んでいるからこそ、キャラクターが際立っている。踏み込まなければ、新しい表現は生まれないんです。何より彼自身が楽しんで演じていることがスクリーンから伝わってきます。それが見ていて実に気持ち良いんです!


 最近は、女性が主人公のコメディが増えていて、僕はすごく良いことだと思っています。結構きわどい笑いもあるんですが、そういう場面って見る側のリテラシーを試しますよね。たぶん、『ゴーストバスターズ』に怒っていた人って、映画の中で彼女たちにいちゃもんを付けていた登場人物に近いんじゃないかな。現実とリンクしたことで、この映画は批判にも晒されたけれど、製作陣やキャスト陣は公開前、批判があってもずっと作品への自信を語っていました。そして実際に評価をひっくり返したと思います。エンターテイメントの力を信じているんでしょうね。僕は基本的に騒動は無視して作品単体で見た方がいいと思っているんですが、『ゴーストバスターズ』に関しては、知ってから見た方がより感動できると思います。彼女たちが戦っているものは、幽霊だけではない。


 しかし最近、70~80年代のリブートばかりが当たっているのは、気にかかっています。というのも、こうした作品が増えているのは、オリジナル作品のアイディアが無くなっているということでもあると思うんです。リブートって、安易に続編を作って大失敗するより、ずっとリスクが少ないですから。『アメイジング・スパーダーマン』も3ではなく、さらにリセットする方向にしましたよね。最近だと『インデペンデンス・デイ: リサージェンス』が前作の続編として作られましたが、あれは失敗だったと思います。前作の設定やストーリーを引き継ぐことで、流れが悪くなった典型です。そうしたことを考えると、一から作り直したほうがうまくいく可能性が高い。ハリウッド映画の規模が大きくなって、製作費も膨らんだことで、確実にヒットする保証がある企画が求められていて、それに適しているのがリブートなのでしょう。映画の未来にとって必ずしも良い状況とは言えないですよね。ただ、80年代の作品をリブートし尽くして、今度は90年代作品をリブートしようとしたとしても、その頃にはCG技術が一気に発展するから、いま作り直してもさほど新しいものにはなりにくいと思います。80年代は、まだSFXが未成熟だったからこそ、リブートも作りやすいんでしょう。当時のアナログな技術との落差を出しやすいですから。


 『ゴーストバスターズ』の場合は、単に映像的にオリジナルを刷新しただけではなく、中年女性たちを主人公にしたことで「はぐれ者たちの部活感」がより強まったと思います。オリジナルには若干残っていた恋愛要素を、今回はまったく無しにしたのが素晴らしいと思いました。彼女たちはとくに明確な目標とかを持っていなくて、言ってみれば『グーニーズ』や『スタンド・バイ・ミー』で男の子同士がワイワイやっている感じに近い。いつ作ってるんだ、ってくらいに新兵器が登場するんですが、作る過程よりも、その効果を試す方に描写が凝ってるんです。「この武器、やばくね」みたいなノリで、きゃっきゃ遊んでて。それが女子会みたいな感じなんですよ。僕は参加したことないので、妄想で言ってるんですが(笑)。それと女性が主人公の映画って、恋愛物語になりがちだけど、色恋沙汰ばかりが人生じゃないんですよ。『はじまりのうた』もそうでしたが、最近、恋愛がクライマックスにない映画が増えてきたことは嬉しいです。もし『ゴーストバスターズ』でクリス・ヘムズワースとクリステン・ウィグが恋愛に発展したら、僕はがっかりしていたと思います。「観客層を広げにいきたがったな」って。そうすることで本作の魅力の何割かは確実に減っていたと思います。


 今回のリブートは時代と向き合った意義のあるものだったと思います。ここまで社会問題になると、作品が負けてしまう場合が多いのですが、本作はそこを突き抜けた力強い、けれど問答無用で笑える作品なのでぜひ観てほしいです。アメリカのコメディの凄味を感じました。(松江哲明)