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OBLIVION DUSTのK.A.Zが語る、バンドを続ける理由「音でハッピーになれる感覚がある」

2016年08月28日 13:11  リアルサウンド

リアルサウンド

OBLIVION DUST

 7月20日に4年ぶりの新音源になるミニアルバム『DIRT』をリリースし、8月上旬に5本のツアーを行ったOBLIVION DUST。そのツアーは8月11日渋谷O-EASTでファイナルを迎えたのだが、このバンドが「鳴った瞬間に違う」「そもそもが違う」「何から何まで違う」圧倒的な音を持っていること、そういうライブ・パフォーマンスをやる存在であることを、改めて見せつけるステージだった。ボーカルのKEN LLOYDは日英のハーフで英語ネイティヴだし、ギターのK.A.ZもベースのRIKIJIも、サポート・ドラマーのARIMATSUも含めて、音やプレイそのものにキャラが出るような凄腕だが、そういうことをもってして「日本人離れ」とか「洋楽レベル」とか言いたいわけでもない。洋楽と同じだったらすばらしいのかというと、そういうことでもないし。


 ラウドだが爆音なだけではない、ストレートにヘヴィだがまっすぐなだけではない、鳴った瞬間にいきなりオリジナルであることが伝わってくる、そんな音の存在感なのだ。解散と再結成を経験しているキャリアの長いバンドだし、昔からそうだったのもしれないが、曲がシンプルな方向に向かいつつある分、それがいっそう浮き彫りになっているように感じる、今のOBLIVION DUSTは。


 リアルサウンドでは『DIRT』のリリース・タイミングで、この作品がどういうものなのか、そもそもOBLIVION DUSTとはどのようなバンドなのかについてのレビューをアップしたが(こちら:OBLIVION DUST、新作『DIRT』でロック最前線へ! 兵庫慎司がバンドの歩みと現在地を読む)、ひき続きギタリストのK.A.Zのインタビューを行った。『DIRT』がシンプルな新鮮さに満ちた作品になったのか、今のこのバンドがどういう状態なのか、あるいはHYDEとのバンドVAMPSでの活動など多忙を極める中で、それでもOBLIVION DUSTでの活動をストップさせない理由はなんなのか、などについて訊いた。(兵庫慎司)


■『DIRT』をセッションで制作した理由


──『DIRT』をリリースしてツアーをやってみて、いかがでした?


K.A.Z:新曲自体、4年ぶりくらいだったので。一昨年、去年とツアーをやって、セットリストに少し飽きがきていたというか。今の感じを続けていても新鮮味がない、というような。なので、新曲を交えてやったことで、バンドも気持ち的な潤いができたというか、新鮮にやれましたね。


──去年まで音源を作れなかったのはスケジュールの問題?


K.A.Z:そうですね、僕個人のスケジュールもそうですし、3人のスケジュールがなかなかうまく合わなかったりもして。ただ、制作自体は……曲を作っている時に「あ、これはオブリにいいな」という曲は、自分のパソコン上の「オブリ用」っていうボックスに入れてあったりはしたんですけど。


ただ、結局、そうやってそれぞれが曲を持ち寄るんじゃなくて、みんなでスタジオに入って、「さん、はい」で一緒に音を出して曲を書く、という方法で作ったんですね、『DIRT』は。そうやって作ったのなんて、何年ぶりか……たぶん結成当時以来だと思うんですけど、今回やってみて。


  3人で集まって一緒にひとつのものを作るのって、労力が要るんですね。意見の違いだったりとか、「この曲の方向はこっち」っていうところでの衝突だったりとか。それはなるべく避けて通りたいので、ひとりで曲を作って、メンバーそれぞれ持ち寄っていたりしたんですけど。でも今回一緒にやってみたら、自分だけのアイディアではない、ほかの人のテイストが入ってくるのが新鮮だった、という部分もありますね。


あと、メンバーそれぞれ曲を作って持ってきましょう、っていう方法で、ストレスなくできるかというと、やっぱりストレスを持っている人もいたりとか。それで、再結成したけどまたぎこちなくなってきた、みたいになっちゃうと、楽しみにしてくれているファンに失礼なことになってしまうので。もっとOBLIVION DUSTらしいものを作るには、こうして初心に戻って一緒に作るのが正解だったかもしれないですね。


──でも解散前の頃を思い出すと、そうやってメンバー同士向き合って、意見を戦わせて作ると、このバンドの場合、すごい修羅場になりません?(笑)。


K.A.Z:そうですね。今回ももちろん、うまくいかなくて、スタジオの空気が止まったりした時もあったんですけど。でもそこに、みんなの興味を惹くような新しいアイディアとかをポンと落とすと、やっぱりみんな気分が変わって、体温が二度三度上がったような感じになって、また曲が動き出したり。そういうおもしろさがあった。やっぱりものづくりって、「みんな仲良しでやろうね」っていうわけにはいかないもんだなとは思ってるところもある。


──できあがってみていかがでした? 今回はそうやって作ってよかったと思えました?


K.A.Z:思えましたね。作ってる最中はまだ……それが今回正解だったかどうか、しばらく時間が経たないとわからなかったけど、できあがって、ライブでやってみて「あ、これでよかったんだな」と思いましたね。ライブでの感触がとてもよかったので。


──とにかくシンプルな作品にしよう、というのはありました?


K.A.Z:ああ、ありましたね。最近のバンドを悪く言うわけではないんだけど、1曲の中に5曲とか6曲の要素があって……そういう曲のおもしろさも、もちろんあると思うんだけど、やっぱり自分が聴いて育ってきた音楽は、そういうものではなかったし。もっとすごいシンプルで、一個のことをずっとやってるんだけど、ちょっと洗脳的に覚えさせられるくらいの曲だったりとか。


  たとえばメタルにしてもハードロックにしても、昔のほうがシンプルで聴きやすい感じがあったりするんですよね。よけいなものを削ぎ落として、「これもいらない、これもいらないよね。これでどう?」っていう、そのシンプルさに王道みたいなものが出てるのかな、というか。聴いていて飽きさせてしまうようなものだったらダメですけど、シンプルだけど飽きないものってあるので。


──ただ、今のOBLIVION DUSTがやっているシンプルさって、ほかのシンプルな音とは違いますよね。たとえば、すべての楽器の音を決めるのに、すごい手間をかけてたりしません?


K.A.Z:ああ、かけてますね。だから、レコーディングはすごく時間かかりますね。ドラムの音ひとつでアルバム全体の音の印象が決まっちゃったりするので。ドラム録りって、ロック・バンドだったらすごいこだわるものだと思うんですけど、そこにあまり重きを置いてないアルバムを、よく耳にしたりするから。「いや、そこいちばんやんないと、ほかの音もよくならないよ?」って思う。ドラムの音って基礎の部分だから、時間がかかって当然だと思うし。


  ただ、音作りは時間がかかって当然なんだけど、いかにドラマーを疲れさせないように、いかにテイクを少なくするか、とか……そこまで行くとプロデューサーの領域かもしれないですけど。そういうことも考えながら、いかにいい音作りをするかというのは考えてますね。ドラムだけじゃなく、入っている音すべてに関して。


──だから、すごく細かく詰めた上で、すごくシンプルなことをやっているという。


K.A.Z:そうですね。そういう感じかもしれないですね。


■KEN LLOYDというボーカリスト、OBLIVION DUSTというバンドとは何か


──KEN LLOYDという存在は、K.A.Zさんからすると、どんな武器を持っているボーカリストだと捉えています?


K.A.Z:うーん……ステージに出た時の爆発力だったりとか。楽屋の時とはあきらかに違う人間になっていて、「あ、おもしろいな」と思うんですよね。だから、KENがうまくスイッチが入っていい調子になると、バンドがすごく活き活きとしてくる。彼が起爆剤というか、彼が今ひとつのりきれないとなると、すごくそれが、俺にしてもRIKIJIにしても見えちゃうというか。


──そのスイッチが入った時の爆発力が、K.A.ZさんがOBLIVION DUSTを続けている理由のひとつだったりします?


K.A.Z:そうですね。普段は案外おとなしい感じだったりするんだけど、KENがステージに立ってスイッチが入ると、ロックになりますね、ちゃんと。で、バンド全体がすごいドライブしていく。


 OBLIVION DUSTがすごく調子がいい時って、自分が演奏してるっていうよりも、自分が人の曲を聴いて思いっきりのってる感じになれるおもしろさがあるんです。ドライブ感があって、勝手にグイグイ押されてるような。「あ、これがバンドだよな、本来」みたいな。そこが……ほかであんまり感じることができないおもしろさですね、このバンドの。


──初めて聞きました、バンドってそういう感覚があるものだって。


K.A.Z:あるんですよね。演奏してるけど、演奏してるっていうよりも、音にのって暴れてる感じというか。ヘヴィな曲とか明るい曲とか関係なしに、音でハッピーになれる感じはありますね。それが不思議なんですよね。このバンドに、そういうものがあるというのは。


──たとえば、もっと外から客観的に見た時に、「今こういう音を出す、こういう曲をやるバンドがいるのっていいんじゃないの?」って思えるところはあります?


K.A.Z:ああ、どうなんだろう? ……わかんないですけど、もしかしたら、たとえば日本という国において、ロックって……テレビをつけても、やってる音楽ってだいたいもう決まったものであって。そういうものだけではなく、こういう音楽がポンと出てきたら、興味を持つ人ってすごくいると思うんですよ。だからみんなに聴いてみてもらいたい、っていうのはあるし。


  もしかしたら、アメリカやイギリスで活動してたらもっと違ったのかな、って思うこともあるし。日本で普通に歩いててロックを聴くことがあるかっていうと、なかったりとか。それは歯がゆいところはすごくあって。だけど、ロックすぎるロックじゃないほうが受け入れられる世の中であったりとか。「え、これ、歌謡でしょ?」みたいな。


──それが、10年前20年に比べるとよくなっている、というふうにはK.A.Zさんは感じられないということですね。


K.A.Z:はい。昔のほうが、ロックを聴いてる人が多かった、昔のほうがロック・バンドが多かったなと思ってますね。当時のほうが、洋楽も含め……たとえば「行儀悪くてもいいじゃん、かっこいいから」みたいなものが多かったりとか。あと、カリスマ的なものだったりとか、ちょっと毒づいたものは、当時のほうが多かった気がする。そういう意味での物足りなさを、自分は感じているのかなとは思っていて。でもまあ、演奏力は、今のバンドのほうがすごいとも思うんですけど。


■もっとも衝撃を受けた「プロとしての音楽体験」


──K.A.Zさんが今みたいな考え方だったり、今みたいな音の作り方になった、大きな分岐点ってあったりしました?


K.A.Z:ええと……あったとしたら……たとえば、キリング・ジョークを初めて聴いた時、ギターの音がすごく気になって。「なんなんだろう? この音」と思ったんだけど、その時は深くそれを追求することはしなかったんですね。だけど、その後……一時、X JAPANのhideちゃんのレコーディングに参加した時、zilchのスタジオにも遊びに行ったりとかしていて、そこにキリング・ジョークのメンバーが来て。ボーカルのジャズとギターのジョーディが1曲演奏していったのを聴いて、それがもう「なんだこれ!?」っていうぐらい衝撃を受けて。


最初、ボーカリストが部屋をまっ暗にして、ピアノを弾いていて。クラシックとエジプトの音楽が混ざったようなピアノで。で、急に歌うって言い出して、歌い始めたんだけど、スピーカーから出てくる声があまりにも衝撃的すぎて。ボーカルを聴いて初めて「ギターやめようかな」って思うくらいの衝撃を受けて。ギターを聴いてそう思うんならまだわかるんだけど、ボーカルを聴いて「こんな人、いるんだ? 自分はやっていけるのかな」って思うくらいだったんですね(笑)。


  で、そのあとにジョーディがギターを弾いて、それもめちゃくちゃかっこよくて。コンソール・ルームで弾きながら倒れこんで、自分でスピーカーのボリュームをガーンて上げて、ギターを爆音で弾き始めた時……「これはヤバい、本物だ」みたいな。あれは今まで経験したレコーディングの中で、いちばん衝撃的でしたね。あの時から意識が変わったような気はします。それまで自分がやってたことって、まだアマチュアレベルだなと思うくらいの衝撃を受けたんで。自分は変わらないとダメだと思って、やっぱりそのあとからいろいろ……曲作りにしても、変わってきたかもしれないですね。


──今年もう一度ツアーあるんですよね。


K.A.Z:そうですね、12月から年明けにかけて。夏のツアーは、「さあ、みんなエンジンかかってきたぞ」っていうところで終わっちゃったんで。あと、来年でちょうど20年なんで……まあその間いろんなこともありましたけど、一応20年という感じで(笑)。だから、来年また新しい作品も必要になってくると思うし、次はこういうものにしたいというアイディアもあるし。アルバムにつなげたいですね。