トップへ

ROLLY、ロックへの“異常な愛情”を語る「簡単に理解されては困るから、敷居を上げてる」

2016年08月25日 18:31  リアルサウンド

リアルサウンド

ROLLY

 70年代の日本のロックファンなら間違いなく楽しめる、ROLLYのファンは無論楽しめる、そしてそのどちらでもなくても、「なんなんだこの過剰で濃密で情報も内容もありすぎでクラシカルで時代錯誤で、なのにルーツまんまじゃなくて妙に新しいロックは!」という感じで楽しめる、ROLLYによる日本のルーツ・ロックのカバーシリーズアルバム。


 1年前にリリースされたその第一弾『ROLLY’S ROCK CIRCUS ~70年代の日本のROCKがROLLYに与えた偉大なる影響とその影と光~』(という長いサブタイトルにもその過剰さが表れています)が、主に70年代前半の名曲たちからセレクトしたものになっていたのに対し、今作『ROLLY’S ROCK THEATER~70年代の日本のROCKがROLLYに与えた偉大なる影響とその光と影』は70年代中盤から後半の曲たちが中心。ラン魔堂、ウォッカ・コリンズといったコアなバンドの曲から、RCサクセション「雨あがりの夜空に」みたいな「なんでこんな大有名曲をROLLYが!?」みたいな曲まで入った、大充実の12曲。今作をROLLYはいかにして作り上げたのか、どんな思いを込めたのかなどなど、今回もみっちりお話しくださいました。


 前作のインタビューの時は、みっちりすぎて、インタビュアーの質問全部削ってひとり語り形式に構成しましたが、今回は一問一答形式でお届けします。(兵庫慎司)


・「前回がビートルズの赤盤であったら、今回は青盤」


──1年前の前作の時にもインタビューさせていただいたんですが、その時は、「もしこのパート2の話があったら、『ROLLYさん』って言われた段階で『はい!』とOKの返事をします」っておっしゃっていたんですね(笑)。
 
ROLLY:はい。前回の『ROLLY’S ROCK CIRCUS』を出したあと、積極的にキャンペーンを行いました。普通のミュージシャンはあんまりやらなさそうな、イオンモールの広場とかでも。そこで「タイムマシンにおねがい」とか「たどりついたらいつも雨ふり」などを演奏すると、私などにはまったく興味もなさそうなお爺ちゃんとかが「これ知ってる!」って、すっごい楽しそうに観てくれた。


 前回、はっぴいえんどの「花いちもんめ」も入れたんですけど、「今まであなたの音楽をまったく聴いたことがなかったが、『花いちもんめ』が入ってるから聴いてみたら、なかなかいいギターを弾くじゃないか」という声をいただいたり。おじさんおばさんとか、今までいなかったタイプのお客さんが増えましてね。


 そして、今まで聴いたことがない人が聴いてくれるところに、無理矢理自分の曲も……(すかんちの)「恋のマジックポーション」を入れることができた。これはなかなか有意義だな、やりがいのある仕事だ、と実感していたところに、キングレコードの夏目さん(担当ディレクター)から、「第二弾いきましょう」というお話をいただいて。


 前回は70年代前半が中心で、今回は70年代中盤から後半の曲を中心にしました。前回のアルバムがビートルズの赤盤であったら、今回は青盤みたいなものを作ろうと。


 そうするとねえ……今回もセルフ・カバーを入れようと思っていたんですが……「燃えろいい女」とか「てぃーんず ぶるーす」、「ハレソラ」「雨あがりの夜空に」を演奏しているうちに……まさにこのあたり、1978年前後の曲なんですね。自分がエレキギターを始めたのが1978年で、その時代にドンズバな音楽で。だったらセルフ・カバーではなく、1978年を表したオリジナル・ソングを作ろう!というので、「1978」を作りました。
 
──中学生ですよね。
 
ROLLY:中2かな。エレキギターを買ったのは中2の時なんですね。1978年、高槻市民会館でBOW WOWがクリスマスコンサートをやるというので、友達の中田くんと「行こう!」ってチケットを買って。「どんなやろな?」「どんなやろな?」って言いながら、自転車で田んぼの中を走りながら高槻市民会館まで行くと、中学生の坊主頭の僕らは見たこともない、長髪のかっこいいロック兄ちゃんが、スリムジーンズの前を切ってロンドンブーツを履いていて。ジェラルミンのケースにステッカーをいっぱい貼った、グルーピー風の女性とかがたくさんいて。「うわー……」ってもうドキドキして。


 そして、市民会館だから緞帳があるんですけど、緞帳が上がるとバーッてBOW WOWの演奏が始まって、「はぁーっ!」ていきなりしびれて。帰り道で「すごかったな、中田あ!」って言ってた少年が、それから30何年経って、その時ステージに立っていた山本恭司さんと……年に1-2回ぐらい、一緒にやることがあるんですよ。


 52になって、一緒にステージに立ってる。そして、子供の頃に僕を観ていた少年少女が、またミュージシャンになって……田渕ひさ子さんや、マキシマムザ亮君みたいな人が。そしてまた、田渕ひさ子さんや亮君を観ている子供が……みたいな、壮大なロックのバトンを渡していくような、そして初心に戻ったような新曲を入れたんです。


 ゆえに……前作はわりとアート・ロック的な、ダークな感じだったんですけど、今回はカラッとした感じにして。まさにこれは自分が大好きなグラムっぽいハード・ロックンロール、しかも今は絶対にない、大変に時代錯誤なものを作りました。78年頃に「燃えろいい女」とかを聴いていた50代、60代の人に、ぜひ聴いてほしいですね。


・「全盛期だったフュージョンにもジャパメタにも、ひっかからなかった」


──その他に、選曲の際に考えたことを教えていただけますか。
 
ROLLY:まず、「外道、はっぴいえんど、四人囃子、サディスティック・ミカ・バンドはまた入れよう」っていう。普通、前作と同じバンドは入れないんですけど……たとえばサディスティック・ミカ・バンドの「黒船(嘉永六年六月四日)」を選んだのは、キングレコードの夏目さんが、「ROLLYさんのギタリストとしての野性の証明で、ぜひギター・インスト曲を1曲お願いします」と。日本でギター・インスト曲で有名なものというと、クリエイションの「スピニング・トゥ・ホールド」や「暗闇のレオ」とか……でもその中でいちばん自分がグッとくるのはこの曲なので、アルバムの最後に入れようと。
 
──ROLLYさんがギターを弾き始めた当時って、フュージョンとかも人気ありましたけど、そっちにはひっかからなかったんですね。
 
ROLLY:ああ、ひっかからなかったですね。フュージョンは、僕にとってはメロウすぎるんですよ。もっとバカ丸出し! みたいなのが好きなんですよね。
 
──あと、ジャパメタ全盛期に大阪にいたのに、そっちにもひっかかってないし。
 
ROLLY:うんうん。もうまわりみんなジャパメタでしたね。
 
──そこに混じらなかったのはなぜでしょう。
 
ROLLY:混じらなかったのは……僕、金色のクルマに乗ってるんですけど……自分がやっている音楽は、自分は最高にイカしてるって思うのに、なぜ意外と一般的な評価が低いのだろう?と。それを自分なりに考えると……とにかく、普通のものがイヤなのね。よくあるものは絶対にイヤで、「ん? ちょっと変わってるな」って違和感を感じるものにしか興味がなくて。


 その時の主流に対して、自分がどういう立ち位置であるか?というのが、自分の真髄なんですよね。だから、全員が僕みたいな音楽をやったら、たぶん違う音楽をやると思う。


 たとえばクルマも、故障の少ない国産車で、シルバーとか黒とかにしときゃいいのに、わざわざ外車市場でももっとも人気のない車種で、その中でもいちばん人気のない金色のやつを買って、鏡に写った自分を見て「かっこいい! 誰も乗ってないだろう、こんなクルマ」と。誰も乗ってないのはなぜかというと、人気がないから(笑)。


 だから、「なぜ自分は理解されないんだ?」といっつも思ってるけど、よくよく考えてみたら、そう簡単に理解されては困るから、敷居を上げてんのよね(笑)。「なんでみんなわからんのかな?」って思ってたんですけど、自分がわざとそうしてたってことに気がついた。50すぎて気付くなって話なんですけどね(笑)。


今回のこのジャケットにしても、UFOみたいなロゴにしてんのになぜわからない? 「雨あがりの夜空に」とUFOの「Only You Can Rock Me」のイントロのリフ、僕は個人的に似ていると思う。だからこのアルバムに入れたのに! っていう。僕の一生っていうのはもうずっとそれで、最後まで「なぜだ?」って自問自答しながら死んでいくんだなと。だけど、ある人に言われたんです、「だからといって全員が『いい』と言ったらイヤでしょ?」って(笑)。
 
──ディープ・パープルやレッド・ツェッペリンじゃなくて、UFOじゃなきゃいかんと。
 
ROLLY:そう。


・「実は、今までの人生でもっとも充実してる」


──だから、そこですよね(笑)。(※UFO:主に70年代に活躍した英国のハードロック・バンド。マイケル・シェンカーが一時期在籍し「ROCK BOTTOM」や「DOCTOR DOCTOR」等の名曲を残した)
 
ROLLY:みんなが「いい」と言ったらイヤ、わかる人だけがニヤッとするものが好きっていう、根っからのひねくれ者。でも、ひねくれ者も……今年でデビュー26年なんですけど、いかがわしいものでも長くやれば、そこにひとつの美が生まれてくるんじゃないかと。アホなことをやり続けたことを、とうとうわかってくれる人も、少しいる、っていう。


 ここまで文句ばかり言うてますけど、自分は今すごく幸せなんです。こんなものをやらせていただいて……あの、僕はミュージシャンをやりながら、お芝居だとか、ありとあらゆることをやってきました。音楽畑じゃない、演劇畑の人たちからも、すごく吸収できることがあって。そして、デビューして26年も経ちますが、自分は今がもっともかっちょいいと自分では思っている。俺はまさに、『ロッキー・ホラー・ショー』とデヴィッド・ボウイとアルヴィン・スターダストを全部合わせたような奴だと。


 52歳の今が、人生でもっともよく働いてますね。去年、140回ぐらいステージに立ちました。Orquesta Libreというビッグ・バンドとも一緒にやってるし、THE 卍というバンドもやってるし、ROLLY & Glimrockersというバンドもやっているし、お芝居とかも全部合わせるとそれくらいの数で。だから実は、今までの人生でもっとも充実してる。そのゴキゲン感が、このアルバムにも出てると僕は思うんです。
 
──でも、さっきの話の続きですけど、そんな自分は音楽を職業にしている人たちの中でもどうやら異端らしい、自分の音楽との向き合い方はヘンらしい、ということは──。
 
ROLLY:そんな気がしてならない。ずっと自分ではそう思ってなかったんですけど、今は……たとえば地方にキャンペーンに行って、夜スタッフとロック・バーに行った。誰かがカラオケを歌い出した、そばにギターがある、そういう時プロの人は「俺、いいよぉ」って弾かないらしいんですけど、僕は店に入った瞬間にギター持つもんね。イスに座る前に。


 この間も舞台の打ち上げでロック・バーに行って、飲み物を注文する前にギターを持って、みんな帰って誰もいなくなるまで、一回も放さなかったらしいです(笑)。演歌だろうが知らん曲だろうが、必ず弾くね。カラオケで歌ってる横で、ギターでオブリを入れてあげたりすると喜ばれるんですよ。「ROLLYに弾いてもらった」って。僕にとってはそれが普段からのトレーニングというかね、自分のタイプじゃない音楽でも、瞬時に「あ、自分だったらこういう感じに弾くな」っていう。
 
──病気ですね。
 
ROLLY:(笑)そうだと思います。だから、このアルバムのコピーに書いてあるじゃないですか? 「錯乱のギタークレイジー“ROLLY”」って。


・「自分と同じようなロックンロール・バカがここにいた!」


──たとえば、友達でも先輩でも後輩でもいいですが、そんな自分と同じようなクレイジーさを感じることができた他者っています?
 
ROLLY:ああ。少々お待ちくださいね……(考えている)……あ! あのねえ、「自分とおんなじようなバカはどっかにいないかな」って、いっつもさみしかったんですけど。8年ぐらい前に、THE 卍で、北九州の「高塔山ジャム」ってフェスに呼ばれたんです。


 山の上の音楽堂で、北九州のバンドが集まるフェスで、トリはいつもシーナ&ロケッツで。行ってみたら……出てくるバンド出てくるバンド、メイクしてるんですけど、ヴィジュアル系とかじゃないんですよ。ロックンロール・バンドがメイクしてるんですよ。サイケとかグラム、つまりサンハウスの菊さん(柴山俊之)の感じですよね。


 で、そこに、KOJI NIMAMI AND CONSTRICTORSというバンドが出て来たんです。南浩二、知ってます?
 
──はい。ルースターズの前身バンド、人間クラブのボーカルだった方で、1990年にソロでメジャーデビューされてますよね。何年か前に亡くなって(2010年逝去)。
 
ROLLY:そうなんです。僕はその時、南浩二を知らなかったんです。で、後ろの方でビールを飲みながら観てたら、「かああっちょいいい!!!!」って。あまりにもかっこよかったから、ビール持ったまま最前列まで行って、完全に中学生になって観てたんですよ。そしたらマイクで「おまえは誰だ!」って言われたから、うれしくなっちゃって。


 演奏が終わった瞬間にバックステージに行って、「おたくのバンドは最高にかっこよかったから、バンドに入れてくれ」って(笑)。それで入って、次の年のそのフェスでライブをやったんです。


 で、北九州の……南さんは、普段はそんな店行かないんだろうなと思うけど、イタリアンレストランを予約してくれて。ふたりで「グラムとは何か」っていう話とか、子供の頃に弘田三枝子をキャバレーで観た話とか、「シャンソンってグラムっぽいよね」っていう話とか、戦前のジャズのビッグ・バンドの話とかして。それで盛り上がって、すごく仲よくなった数ヵ月後に、亡くなってしまった。


 それでお墓参りに行ったんですよね。その時に、CONSTRICTORSのギタリストのHURRICANEという人物がいるんですけど、彼が僕に告白してくれて。「ROLLYは南さんに興味があったけど、本当は自分の方がおまえと仲よくなりたかったんだ」と。僕と同い歳で、誕生日も1日違いで、好きなものが一緒で。「ついに見つけた! 自分と同じようなバカがここにいた!」と。このHARRICANEが、自分とおなじようなドアホウですね。もっとも自分に近いロックンロール・バカ。


 彼は今北九州で、CONSTRICTORSのメンバーと一緒にNeo Fantasticっていうバンドをやってるんですけど、そこに僕が入って、ROLLY& Neo Fantasticで、9月にツアーをやるんです。それもすごく楽しみにしてます。
 
──このカバー・シリーズは、さらに続きがありそうな気はしてます?
 
ROLLY:まだ話は来てないですけどね、これ、やらしてくれるんだったら永遠にやります(笑)。前回、これを作るために家に機材を全部揃えたんで、心おきなくレコーディングしまくれるし。 


 ロックといえども、この当時の音楽って、歌がしっかりきこえてて、バックの演奏はあんまり分厚すぎないのが特徴じゃないですか。だから前回と同様、まず歌とコーラスを先に録って、それにどれぐらいギターが必要か、ドラムが必要か、っていうふうに作っていったんで。だから、現代にあるまじきスッキリ感のアルバムになってると思います。


 今って特にアイドルソングとかは、リードボーカルが入る前にオケができてるじゃないですか。不安だから、音がものすごいギュウギュウに詰まった上にアイドルの歌が乗る。そうではなく、歌があるところに演奏がついてる、みたいな。だから、今のほかの音楽と、ちょっと手触りが違うと思うんですよね。(取材・文=兵庫慎司)