トップへ

大森靖子が『ピンクメトセラ/勹″ッと<るSUMMER』で開花させた“女の子”プロデュース力

2016年08月24日 14:11  リアルサウンド

リアルサウンド

大森靖子『ピンクメトセラ/勹″ッと<るSUMMER』

 大森靖子が3カ月連続でシングルリリースというインフォメーションを受け取った時、平たく言えばさらに広大なフィールドに打って出る意志を感じた。しかも第一弾シングル『ピンクメトセラ/勹″ッと<るSUMMER』のリリースと時を同じくして、大森憧れの存在、小室哲哉の楽曲で高田賢三の新ブランド「SEPT PREMIERS」CMイメージソング(曲名は「rever(レーヴ)」)を歌うというニュースも飛び込んできた。ここ数年、”KENZO”はセレクトショップ「OPENING CEREMONY」での展開によって、ともすれば過去の重鎮デザイナーから、一気に青文字系モデルら若い世代に再認識されたという意味では、大森にとってもキッシュでポップに”華やかな女性“としてのイメージも付与されたのではないだろうか。


(関連:クラムボン・ミト×大森靖子が考える、ポップミュージックの届け方「面白い人の球に当たりたい」


 今回のシングルが耳目を集める点は大きく二つある。「ピンクメトセラ」がt.o.LのWEBアニメ『逃猫ジュレ』のテーマソングであると同時に彼女自身がジュレ役で声優にチャレンジすることが一つ。そして歌詞はこのアニメありきで書かれたもので、現実逃避しがちなジュレの心情、ある日目覚めると見知らぬ森(リンシノモリ)にいて、愛用の木馬”ピンクメトセラ”はタイトルにもなっているこの曲のキーワードだ。お題ありきで作詞していながらも、今を生きる少女たちのある種の息苦しさが前面に浮かび上がる構造は大森らしい。


 そして、めくるめく展開を見せるこの曲のプロデュースを手掛けたのは、彼女の最新アルバム『TOKYO BLACK HOLE』収録曲「SHINPIN」で参加しているサクライケンタ。あのアルバムの中では幾何学的なリフとタイトなリズム、映像喚起力抜群のピアノを挟み、大森の楽曲の中では体温低めなモノローグをユニークなアレンジで着地させていた。今回はキャッチーなガールポップだが、そこはさすがにブクガことMaison book girlでの変拍子と映像的な世界観、プログレやニューウェーブも真っ青な音楽による狂気性をアイドル楽曲の世界に持ち込んだサクライ節が炸裂する。大森とは吉川友の「歯を食いしばれっ!」で作家としてアイドル楽曲も手掛けている両者のタッグ。そのことはこの連続シングル・リリースの大きな柱であり、ある取材「My Sound」内インタビューでも大森本人が「これまで出会ってきたクリエイターとともに、アイドルソングの大幅なブラッシュアップと、作詞作曲者である大森とアレンジ・プロデューサーのブランディングを図りたい」という趣旨のことを口にしていた。そういう側面を打ち出していることが、このシングルの二つ目のテーマだ。歌い手としてのスキルの高い大森が自身のオリジナル楽曲でそのことをプレゼンしているというわけだ。


 そして一方の「勹″ッと<るSUMMER」には「さっちゃんのセクシーカレー」や「きゅるきゅる」のアレンジ、サウンドプロデュースでおなじみの出羽良彰が参加。このやさぐれJKな歌謡ロックをドールライクな甘い声と抜群のスキルのセリフ・ボーカルで破壊力を加えているのがゆるめるモ!のあのだ。あのは通常盤のジャケットでも大森と2ショットで登場している。これまでもナンバタウンやアップアップガールズ(仮)への作詞提供や、ずんね from JC-WCのプロデュースなど、アイドルというか突き抜けた存在の少女たちの作品に関わってきた大森。今回のシングルはさらにダイレクトに彼女たちをフックアップし、女性アーティスト作品の“今日的”な作家としての堂々たる宣言を含んでいるのだ。


 加えてカップリングには80年代のSugarのヒット曲「ウエディング・ベル」の過剰なまでにスウィートなボーカルがむしろこの曲の狂気を加速させるカバーも収録。元カノを結婚式に招待するシチュエーションなんてありえないと言うより、こりゃ立派な妄想ソングである。でも思い込みも何もかも愛おしい。この曲での大森の演者としてのパフォーマンスの高さは熟練の女優のようだ。


 『TOKYO BLACK HOLE』の完全生産限定盤に付属した妊娠から出産までの日常を綴ったエッセイ、そして最果タヒが大森の言葉を基に編んだ『かけがえのないマグマ 大森靖子激白』でパーソナルかつ情念よりは物事の見方を開け広げた彼女。もちろん、それは歌うことの副産物でしかなかったのかもしれない。そして様々なクリエイターを迎えて素材として、また作詞作曲者として全方位に音楽的なブラッシュアップを図った彼女の次の一手は、女の子のためのプロデュース・チームの提案を自らのシングルでプレゼンすることだった。


 彼女自身のステージアップはもとより、大森ブランドのアイドル楽曲がアイドルシーンで存在感を放つことにも大いに期待したい。(石角友香)