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ホラー映画の新たな恐怖表現が誕生 『ライト/オフ』は暗闇への怖れを逆手に取る

2016年08月24日 11:21  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)2016 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT

 明かりを付けると“それ”は消え、明かりを消すと“それ”は目の前に現れる。これまでに製作されたホラー映画群とは一線を画す、人間の深層心理に潜む“暗闇に対する恐怖”を逆手に取った、新たな恐怖表現を盛り込んだホラー映画が誕生した。


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 デビュー作『SAW』シリーズや、『インシディアス』シリーズ、そして『死霊館』シリーズを手がけ、今やホラー映画界の巨匠となりつつあるジェームズ・ワンが、インターネット上で話題になっていたホラー短編を多数手がけていたスウェーデン出身の無名の作家デヴィッド・F・サンドバーグを発掘。シンプルな上、わずか2分半という短い尺の中で、世界中の視聴者をパソコンデスクから飛び上がらせた同名(原題)のホラー短編作品『Light out』を、ワンが自らプロデュースし一本の長編作品へと発展させた。


 もとになった短編バージョンで、その正体に関しては謎のままになっていたスイッチのオン/オフの合間に潜む“何か”。本作では、それを主人公の家族に纏わる因縁の一種として具体化し、ホラー映画史に新たな足跡を残すモンスター“ダイアナ”というキャラクターを誕生させた。テリーサ・パーマー扮するヒロイン・レベッカの家族に纏わりつく忌まわしい存在として、ダイアナは容赦なく闇の中に現れては、一家を恐怖のどん底に突き落とそうとする。


 ストーリーの主軸はダイアナとレベッカの闘いになっているが、その根底にあるものは“贖罪”だ。ダイアナにとり憑かれ、精神状態の危うい母親と、その母を救おうと健気に奮闘する幼い弟、そしてそんな弟と母を見捨てて家を出たヒロイン。登場人物の誰しもが心の底に秘めている“贖罪”というテーマが、本作を単なるこけおどしのホラー映画で終わらせない。脚本を手がけたのは、これまでリメイク版『エルム街の悪夢』や、『ファイナル・デッドブリッジ』といったホラー映画畑で活躍してきたエリック・ハイセラー。ブラックライトやネオンサインの明滅を上手く利用し、闇に潜むダイアナの姿を徐々に具体的に視覚化していく表現方法は、観ている観客を不安にさせる。さらには、一家とダイアナにまつわる秘密という謎解き要素も加えた秀逸な脚本に仕上げている。


 ホラー映画で重要な要素の一つが“音響効果”だ。ジェームズ・ワン監督が関わったホラー映画は、“音”の使い方が上手い(おそらくワン作品で長年サウンドデザインを手掛けているジョー・ズーバンの手柄でもあるのだが)。たとえば『インシディアス』では冒頭からフルボリュームで音楽というよりも悲鳴に近い曲をかきならし、観客を不安にさせる。そして何が起るかわからない不安感を抱いたまま、映画に集中していると、いきなり大音響とともに暗闇からモンスターが現れる。この緊張感が、ビクビクしながら観ている観客を必要以上に驚かせる。


 また『死霊館』では、悪霊が部屋の片隅に現れる際、地震かと思うほど凄まじい重低音を場内に響かせ、70年代に短命に終わったサウンドシステム“センサラウンド”を彷彿させる迫力を醸し出すことに成功している。因みに、あまり音響効果の良くない映画館や、自宅のテレビで『インシディアス』を観ると、さほど驚かないまま映画が終わってしまう(ぜひ一度ジェームズ・ワン爆音映画祭を開催してほしい)。残念な結果を迎えないように、ホラー映画を観る際は音響効果の高い映画館を選ぶのが重要だ。


 ホラーというジャンルは、映画だけに留まらず、これまでも短編小説やテレビ番組でも多く取り上げられるジャンルの一つだ。新人作家が最も作りやすいジャンルでもあり、かのモダン・ホラー界の巨匠スティーヴン・キングも、常軌を逸した大長編を発表する傍ら、無数の短編ホラーを発表(時に別名を使ってまで)している。


 自主映画として製作され、世界的に大ヒットを記録した『死霊のはらわた』で一躍注目を浴び、今やハリウッドの重鎮となったサム・ライミ監督も、元々は約30分のホラー短編『Within the Woods』が話題になり、デビューにこぎつけた作家の一人。さらに本作同様、ネット上で話題になった短編『MAMA』をギレルモ・デル・トロに見出されたアンディ・ムスキエティ監督も、同名の長編作でハリウッド・デビューを果たした。そして本作を手がけたデヴィッド・F・サンドバーグ監督も、自身のサイトでホラー短編をいくつも発表しており、その中でも各賞を受賞している『Light out』を長編化するチャンスに恵まれた。


 本作を観る前にオリジナルの短編を観るもよし、もしくは本作を観終わってからオリジナル版を視聴するのもお勧めだ。ジェームズ・ワンが何故サンドバーグ監督の才能に着目したのかが判るはず。しかし、いずれにせよ“閲覧注意”という注釈に相応しい短編ホラーなので、深夜の視聴には要注意だ。(鶴巻忠弘)