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「高倉健さんは、ひとつの役しかできないけれどスターだった」 『健さん』監督が語る、その偉大さ

2016年08月20日 16:21  リアルサウンド

リアルサウンド

『健さん』(c)2016 Team "KEN SAN”

 2014年11月10日に逝去した映画俳優・高倉健の美学に迫った映画『健さん』が、8月20日に公開された。本作は、降旗康男、山田洋次、梅宮辰夫、マイケル・ダグラス、マーティン・スコセッシ、ジョン・ウーら国内外20人以上の監督・俳優・ゆかりのあった人物たちの証言とともに、高倉健の知られざる素顔を追うドキュメンタリー映画だ。リアルサウンド映画部では、メガホンを取った日比遊一監督にインタビューを行なった。ニューヨークを拠点に写真家としても活躍する日比監督は、本作で“高倉健”をどのように切り取ろうとしたのかーー。撮影時のエピソードや日本映画界の現状などについてもたっぷりと語ってもらった。


参考:山下敦弘と李相日の“奇妙な一致”ーー両監督の15年から探る、日本映画の分岐点(前編)


■「恐れ多くも、絶好のチャンスだと思いました」


ーー監督はそもそも高倉健さんと交流があったのでしょうか?


日比:全くないんですよ。ただ、大ファンだったので、何度か手紙を書いたことはあります。10通くらい書きましたね。いつも元気をもらっていますとか、普段からいつも映画を拝見させていただいていますとか、次の作品も楽しみにしています、というような内容ですね。かなり一方的だったので、ファンレターに近かったです。僕は海外生活が長いのですが、最初の頃は英語が話せなかったり、友達ができなかったり、いろいろ苦労したんです。そんな時に高倉さんの映画や言葉からすごく元気をもらったので、感謝の気持ちを込めて書いていましたね。残念ながら返事をもらったことはありませんけど。


ーー高倉健さんの作品に触れることになったきっかけは?


日比:最初は任侠ものでした。みんなそうだと思うんですけど、やっぱり若い頃はカッコいいものに憧れていたんですよ。僕は俳優になるために名古屋から東京に出たのですが、当時はほとんど映画を観たことがなかったんです。そんな時に映画俳優の卵のクラスメイトにオススメされた映画の中に、任侠映画があって。当時はまだ都内にもオールナイトで映画を上映している映画館がいくつかあって、そこに通っている中で初めて高倉健さんが出演されている映画を観て、「カッコいい人がいるんだな」と思っていました。高倉健さんは俳優仲間の間では、ひとつの役しかできない、ある種大根役者だと思われていたところがあるんです。ただ、それってある意味、スターに共通していることだと思うんです。クリント・イーストウッドもブルース・リーもそうじゃないですか。でも、何回も観ているうちに、「ああ、こういうことだったのか」って思い知らされるんですよね。シーンごとに早送りして高倉健さんの姿を観たりして、元気をもらったりしていましたね。


ーー高倉健さんのドキュメンタリー映画を撮ってくださいというオファーがあった時は、どのような感想を抱きましたか?


日比:恐れ多くも、絶好のチャンスだと思いました。僕なんかよりももっと巨匠の監督さんや、高倉健さんに近い人が撮るべきだと言われるのも覚悟の上で、ファンを代表して挑もうと。他の人が撮るよりも、僕が撮ったほうが絶対にいいというぐらいの思いでしたね。高倉健さんはもう手が届かないような存在だということは散々言われていたので、じゃあどのようにすごかったのか、それを映画にしたいなと。自分自身も知りたかったし、そういう映画にするんだったら、自分がやるのが1番いいかもと思いましたね。悩むというよりも、こんなチャンス2度とないと思ったので、絶対自分にしかできない映画にするつもりで臨みました。でも自分が本当にすごいことをやっているんだなと実感したのは、実際やり始めてからでしたね。


ーー確かに錚々たる方々が出演されていますよね。誰に出てもらうかは監督が決められたのでしょうか?


日比:誰に出ていただくかはすべて僕が決めさせていただきました。真っ先に出てもらいたいと思ったのは、やはりマイケル・ダグラスです。映画に出ているのは25~26人ですが、実際は40人近い方々にインタビューをしました。実を言うと、1番最初に撮ったインタビューがマイケル・ダグラスだったんです。だから相当緊張しましたよ。アカデミー賞受賞経験のある大俳優で、偉大なプロデューサーでもありますから。なので彼の言葉は非常に重く感じましたね。本当はリドリー・スコット監督にもインタビューをしたかったのですが、スケジュール的に難しくて実現しませんでした。僕ひとりのプロジェクトだったら1年でも2年でも待ちましたけど、チームでやっている以上それはできなくて。だから残念でしたけど、そこは自分の中でも納得させてやりました。


ーー映画では高倉健さんについての知られざるエピソードの数々が出演者の方々の証言によって明らかになっていきます。


日比:初めて聞く話がすごく多かったので、1人の映画ファンとして、皆さんの言葉には本当に鳥肌が立ちました。言ってしまえば、自分自身が1番聞きたかったんだと思います。僕はそれをカメラに収めただけで。中でも、ジョン・ウーのインタビューはすごいですよね。これまで一緒に仕事をしてきた大スターたちを演出する際、彼は高倉健さんのことを考えていたという。それを聞いて、自分が日本人で本当によかったと思いました。


ーー『単騎、千里を走る。』で高倉健さんと共演したチューリンさんが軸になっているような構成も面白かったです。


日比:今の若い人たちって、“高倉健”という名前は知っていても、彼のことをそこまで知らないんですよね。当然、高倉健さんと繋がりのあった著名人の方をナビゲーターにすることはできたんですが、若い人に観てもらうために、観客の目線でストーリーを伝えなければいけないと思ったんです。チューリンさんは『単騎、千里を走る。』で高倉さんと共演していますが、俳優ではないので観客と同じ目線で入っていけるんですよ。任侠映画を観たこともないような人ですから、映画館で映画を観るシーンでは、本当に初めて映画を観る若者のような表情をしてたのが印象的でした。


■「今の日本映画界の役者には個々のストーリーが必要」


ーー今回出演された方々の中には監督もいらっしゃいますが、内容について何か聞かれたりはしなかったのでしょうか?


日比:もちろん皆さん思っていたんでしょうけど、不思議なことに誰も聞いてこなかったんです。しかも僕みたいな青二才の無名監督に対して、皆さん声を揃えて「良い作品にしてください」と言ってくれたんです。それにはすごく感動しましたね。当然、「おまえ誰だよ」とかあると思うんですけど、誰ひとりそういったことを口にしなかった。それってどういうことなのか自分でも考えてみたんですけど、つまり“全員一流”ってことなんですよ。一流の人は、そういうくだらないことは言わない。そういうことを言うのって、一流になりきれない中途半端な人たちで。でも考えてみれば、いくら大スターでも大監督でも、そういう時代って必ずあるんですよね。だから本当に一流の方々に出演してもらうことができて、とても光栄に思っています。


ーーこれだけの方々の証言があるにも関わらず、上映時間が95分というのにも驚いたのですが、これには何か監督の意図があるのでしょうか?


日比:僕は長い映画をあまり信じていないんです。だから、どうにかして100分前後に収めたかった。今の人たちって、辛抱がないじゃないですか。みんなスマホで映画を観たりして、映画館に行かない。高倉健さんも言っていますけど、映画はエンターテインメントじゃなきゃいけないですし、長ければいいというものでもないですからね。この作品は基本的にはドキュメンタリーですけど、僕はいつもドラマを作りたいと思っている。だから、今回の作品は高倉健さんにとって、206本目の出演作に感じてもらえるものにしたかったんです。もし高倉健さんが生きていらっしゃったら、そう思っていただけることを意識しました。


ーー高倉健さんは日本の映画界にとって非常に重要な方だったと思います。海外でご活躍されている監督は、高倉健さんを失った今の日本映画界をどのように見ていますか?


日比:もちろん今の日本の映画界にも才能のある人はいると思います。ただ、みんな自分自分になってしまっているような気がします。僕たちの世代には、高倉健さんやブルース・リーのような存在がありましたけど、今の人たちには、手の届かない目標になる様な存在がないんじゃないでしょうか。悪いことではないと思いますけど、時代が変わって、ブログやSNSなどで自分自身のことを簡単に発信できるようになっていますよね。それに、渋谷や六本木を歩いていても、外見だけで言うと俳優さんよりも目立つ人がたくさんいます。だから、本当にスターみたいな存在って、今の時代、出てきにくいんだと思います。自分がなろうと思ってなれるわけでもないですから。例えば、『太陽にほえろ』の松田優作さんを観ると、演技自体は下手くそなんですよね。でも、間違いなく感じるものがあるんです。松田優作さんが自身のシーンにかける思いっていうのは、彼の人生そのものなわけで。でも今は、もう技術的な部分をみんなわかってしまっているから、器用貧乏な人が多くなっていて、言ってしまえば誰にでもできてしまうような演技が多くなってしまった。でもやっぱり、人が笑ったり泣いたりする感動って、そこにはないと僕は思うんです。今の日本映画界の役者には個々のストーリーが必要なんじゃないかなと。僕は役者がパーソナルになればなるほど作品はよくなるし、世界に発信されるインターナショナルなものになり得ると思うんです。


ーーなるほど。それは映画監督にも言えることですか?


日比:映画監督も何をやっても同じですよね。極端なことを言うと、命かけてラーメンを作ってる人がいるじゃないですか。必要なのは、ああいうことだと思うんです。今の人たちには、そこまで一生懸命になれるものがないのかなって。日本映画も昔に比べて今のほうが海外の映画祭にたくさん出たりしていますけど、外国人が評価する日本映画って、やっぱり何かちょっと違うような気がするんですよね。カンヌに出品されるような映画って、大抵日本では当たらないじゃないですか。そういう映画は世界的に評価されているとは言えないですし、だから結局、黒澤明とか小津安二郎に戻っちゃうんですよね。でも今『東京物語』を観てもみんな感動しますよね。それが“国境を越えた感動”ということになると思うんです。今回、映画のタイトルを『健さん』としましたが、これにはいろいろな思いがあるんですよ。日本を代表する俳優って、まず三船敏郎さんがいて、その次の世代に勝新太郎さんや中村錦之助さん、そして高倉健さんがいたわけですが、この世代の人たちは世界であまりにも知られていない。それは単純に、三船敏郎さんのように、いろいろな国の言葉で、いろんな人に語られていないからなんです。今はこの人たちを通り越して、渡辺謙さんになっていますよね。でも「けんさん」って言うと、僕にとっては“高倉健”以外の何者でもないんです。だから、日本を代表する「けんさん」は、高倉健さんなんだと。それをもう一度確認するという意味で、このタイトルにしました。そして、“高倉健”という偉大な映画人が日本にいたことを、海外の人たちにも知ってもらわなければいけない。それはこの映画を撮った僕の責任でもあるので、今後必ずやっていくつもりでいます。(宮川翔)