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渋谷の名物FM番組による、“日本のジョン・ピール・セッション”的音源が持つ意義

2016年08月18日 18:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『EVERYBODY KNOWS? RADIO SESSIONS 1997-2014 (DVD付)』

 素晴らしく価値のある、貴重な音源を集めたボックス・セットが誕生した。『EVERYBODY KNOWS? RADIO SESSIONS 1997-2014』だ。コミュニティFMの先駆けとして1996年から2013年まで存続したSHIBUYA-FM(渋谷FM)のラジオ番組『EVERYBODY KNOWS?』(番組はSHIBUYA-FM消滅後もインターネットラジオ番組として2014年まで続いた)で行われたゲスト音楽家たちによるスタジオ・セッションを集めたものである。


 花田裕之、シバ、Port of notes(畠山美由紀、小島大介)、甲田益也子(dip in the pool)、小山卓治、武藤昭平(勝手にしやがれ)、高野寛、原田郁子(クラムボン)、モモヨ(リザード)、直枝政広(カーネーション)、山口洋(ヒートウェイヴ)…などなど、現在も活動を続ける大物から、今はもう音楽を辞めてしまった人たちまで、計700回、総勢300組以上に及ぶ放送/ゲストの中から厳選された60曲。ジョー・ストラマー(元ザ・クラッシュ)、マーク・ガードナー(元ライド)、ジェイムズ・マクニュー(ヨ・ラ・テンゴ)、ジェイムス・チャンス、ニック・オファー(!!!)ら海外アーティストによるジングルも収められている。そのほとんどは(収録スタジオの関係で)ドラムの入らないアコースティック・セッションやスポークン・ワードだが、すべてが東京・渋谷というローカル・エリアで一回だけオンエアされたきりだった貴重な音源である。もちろんこれですべてではなく、さまざまな事情で収録できなかった音源も多いが、内外/ジャンル/有名無名を問わず、これだけ膨大な数のラジオ・セッションが、単一の番組のオリジナル音源としてまとまってリリースされるのは、日本のポップ・ミュージックのみならず、ラジオ文化史の中でも特筆すべき出来事であるはずだ。


 本作は、足かけ16年、770回という長きにわたり同番組のDJをつとめた詩人の東雄一朗の企画・監修によるもの。彼は番組スタート当初から、番組のモデルを「ジョン・ピール・セッション」に想定していたという。ジョン・ピールとは英国BBC放送の名物DJであり、1960年代から2000年代にかけて英国のロック~ポップを有名無名ベテラン若手を問わず自らの番組で紹介し続けてきた最重要人物。彼の番組で行われたセッションは「ピール・セッションズ」シリーズとして多くがCD化され、英国ロックの歴史を語るにあたって絶対に欠かせない第一級史料となっている。『EVERYBODY KNOWS? RADIO SESSIONS 1997-2014』は、いわば「日本のジョン・ピール・セッション」ともいうべき音源集なのだ。


 同番組の初スタジオ・ライブは97年5月3日のPort of notes。彼らは渋谷系の象徴的レーベルとして知られたCRUE-Lレコードからデビューしたばかりの新人だった。その時の様子は東自身による曲目解説に記されているが、その瑞々しい初期衝動に満ちた美しい演奏もしっかりと収められている。つまり本作はポスト渋谷系以降の日本のポップ・ミュージックの歴史の一断面であり、ラジオ文化の盛衰であり、コミュニティFMの本格化による地方文化の再定義の過程であり、1998年にピークを迎えたCD売り上げが坂道を転げ落ちるように落ち込んだ音楽業界のドキュメントであり、日本経済が「失われた20年」によってとことん体力を奪われ疲弊していった時期の記録であり、そうして消費万能主義、情報万能主義が破綻して人々の価値観が大きく変わった時代に於いて、常に若者たちの最先端の動きを反映し続けてきた渋谷という場所での、音楽に代表されるポップ・カルチャーの定点観測の記録である、ということができる。


 番組末期には東北東日本大震災も起きた。震災当日の2011年3月11日、ゲストに予定されていた勝手にしやがれの2人(武藤昭平、ウエノコウジ)は帰宅困難者で溢れかえる渋谷マークシティ内のスタジオに何事もなくあらわれ、ライブを敢行した(演奏は武藤のみ)。スタジオ内には甚大な被害を伝えるTV放送が映され、マークシティの館内避難放送が間断なく流れる緊迫した状況の中、行われたライブは本作にも収録されている。凄まじい気迫を感じさせる武藤の歌には、そんな生々しい時代の爪痕が刻まれている。


 SHIBUYA-FMは業績不振のため2013年1月4日に停波が決定・通知され、同6日に全番組が休止した。『EVERYBODY KNOWS?』もそれを受け、同日最後の放送を行っている。その時の録音音源をバックに、当時/現在の渋谷の情景の映像やアーカイブ映像とともに、SHIBUYA-FM及び同番組の興亡を追ったクールでスタイリッシュなセミ・ドキュメンタリーDVD『Last Day Of EVERYBODY KNOWS?』も本作には同梱される。わずか3年前とはいえ、再開発のお題目のもとに、その後も急激に変貌し続ける「永遠未完成の工事中都市」渋谷の情景は鮮烈だ。


 そしてさらに、谷川俊太郎、こだま和文、PANTA、加藤ひさし、小野瀬雅生、東良美季、杉作J太郎、友部正人、真利子哲也、畠山美由紀、佐野元春といった番組出演者や関係者たち28人によるラジオに関するコラムやエッセイ、そしてSHIBUYA-FM及び『EVERYBODY KNOWS?』の歴史を東へのインタビューを元に構成したライナーノート(文・小野島大)を収めた60ページに及ぶブックレットも充実している。


 ディストリビューションはメジャーなので全国どのCDショップでも入手できるが、企画立案から各所への交渉、製作にまつわるすべての作業、納品に至るまで、ほとんどすべてが番組DJであり監修者である東雄一朗ひとりによる、インディペンデントな作品でもある。時代がデジタルに移行し、「CDを聴く」という行為自体が旧時代のものとなりつつある今、フィジカルの商品として出せるのは今が最後のタイミング、という思いもあるようだ。


 単なるノスタルジーではなく、今もなおアクチュアルなメディアとしてのラジオの再定義と再評価。このボックス・セットにはそんなメッセージも込められている。コマーシャリズムを意識せず、ただいい音楽をかけ面白い番組を好きに作れた、という意味で、一時期のSHIBUYA-FMはラジオ番組製作者にとって「理想のラジオ」だった、と東はいう。この4月「渋谷のラジオ」(87.6MHz)という新たなコミュニティFMが誕生し、SHIBUYA-FMは完全に歴史の点景となった。だがそこにあったはずのラジオの理想を求める精神は、今もなお生き続けているはずだ。(小野島大)