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音楽評論家、なぜこのタイミングでレーベル設立? 岡村詩野に訊いてみた

2016年08月15日 14:21  リアルサウンド

リアルサウンド

Helga Press Presents『From Here To Another Place』

 音楽評論家の岡村詩野氏が、レーベル<Helga Press> を設立。関西を拠点に活動するミュージシャン10組によるコンピレーションアルバム『From Here To Another Place』をリリース。8月31日より全国流通盤として発売される。


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 同アルバムには、本日休演や台風クラブ、渚のベートーベンズという昨年から今年にかけてインディーシーンで注目を集め始めたバンドや、風の又サニーのドラマーであるシャラポア野口、佐藤拓朗、西 洋彦などの楽曲を収録。2016年現在の京都インディー音楽シーンの空気感を絶妙に切り取った作品に仕上がっている。


 岡村氏は京都へ移住して約3年となるこのタイミングに、なぜレーベルを設立したのか。本人に取材を試みたところ、「Helga Pressは“レーベル”というだけではなく、あくまで音楽を伝える“場所”として設立しました」と前置きし、「第一弾はコンピレーション・アルバムになりましたが、今後は、文章や記事で届ける媒体、イベント企画など、様々なスタイル、アングルで伝えていくことを考えています」とコメント。<Helga Press> を様々な形で音楽を届ける“場所”として機能させようとしているようだ。


 また、レーベル設立の理由については、「京都に移住して以降、様々な面白い音楽家…とは呼べないような未完成の若者たちに出会った」こと、「京都は音楽産業、ビジネスは皆無に等しいですが、音楽を奏でる人々、場、それを楽しむ人々は、東京と変わらないくらいに多彩」という環境が大きいという。それに加え、「京都と東京を行き来するような生活になってから、より一層ハッキリとした行動で全国に示したいと感じるようになった」こともあり、一念発起したのがこのタイミングだった。


 ただ、同氏は「現在の音楽シーンとの接点」を考慮してレーベルを設立したわけではなく、あくまで「自分が感じる時に行動を起こしたい」という前提の上だと語る。とはいえ、台風クラブは昨今、京都だけではなく東京でも話題を集めるようになり、風の又サニーも春先に新作を全国流通でリリースするなど、追い風を感じることはなくもないという。だが、岡村氏は「あまりそこを気にせず、様々なエリアで、様々な面白い音楽が鳴っている、今私の周囲にはこういう音楽がある、きっとあなたの身の回りにもそれはあるはずだ、ということを伝えたい。それだけなんです」とメッセージを寄せてくれた。


 ほかにも、先日ライターの南波一海氏がタワーレコード内にレーベル<PENGUIN DISC>を設立するなど、音楽にまつわる書き手がレーベルを立ち上げるという流れが続いている。そもそも、こうした動きは佐々木敦氏が立ち上げた<HEADZ>を筆頭に、80年代から90年代にかけてよく見られた。2016年のこのタイミングになって、再度似たような現象が起こっていることについて岡村氏に聞いたところ、「100人いれば100通りの音楽の聴き方があるべきで、そのための様々な選択肢の一つとしてレーベルがあり、音楽ライターの仕事もそのためのガイドの一つです」と、あくまで自身が文章やラジオなどで伝えている内容と同じベクトル上に、今回のレーベル設立があることを示唆した。


 また、同氏は現在の音楽シーンについて「机上のモットーや哲学ではなく、結局はある種エゴイスティックなまでに強い意志をもって伝えられる現場が求められているような気がする」と語り、「面白い、魅力的だと思えるものは、それが音楽でなくても、作り手、送り手のそんなエゴが何らかの形で表出されていることが多い」と持論を展開。SNSの普及や個人ベースのブログメディアが乱立していることなどを踏まえ「伝える側ももっと我が儘になっていいんじゃないか。結果、そうした行動がリスナーにより多くの選択肢を与えることになるのではないでしょうか」と、“船頭”となる人間の必要性を述べた。


 時代に合わせて音楽の届け方も変化しているが、そのなかでもユニークな動きのひとつといえる「音楽評論家によるレーベル設立」。これらがシーン全体にどのような作用を生み、活性化を図ることができるのか。引き続きその動向を追いたい。(中村拓海)