佐藤琢磨は今年でインディカー・シリーズ参戦7年目を迎えている。AJフォイト・レーシングからの出場は4年目だ。チームオーナー兼ドライバーだったAJ・フォイトを除くと、琢磨はフォイト・チームでいちばん長いキャリアを誇るドライバーとなっている。
2013年、彼らはコンビを組んだ最初のシーズンにロングビーチGPで優勝した。チームの陣頭指揮を採る二代目ラリー・フォイトの目に狂いがないと証明された。経験と知識の豊富さ、フィードバックの良さ、高いデータ解析力、そしてレースでのファイターぶり……。インディカーの世界でスーパーエンジニアに分類されるベテランのドン・ハリデイも琢磨の能力を高く買っている。
■チーム力の差が出たエアロ新時代
しかし、2015年にエアロキットが導入されると、琢磨たちは厳しい状況に追い込まれた。全チームが新たなマシンパッケージングで戦うエアロ新時代は、琢磨たちにとって大きなチャンスになることが期待されていたのだが、シボレーのエアロキットの方が、琢磨たちが使うホンダのものよりもパフォーマンスが明らかに高かった。
作戦や運の絡まない純粋なスピード勝負の予選において、シボレーはすべてのポールポジションを獲得し、14戦でトップ3以上をスウィープ。インディGPでは予選トップ10をシボレー軍団が占めたほどだった。
エクイップメントの基本性能での不利は、チームの規模が小さく、風洞プログラムなどを持たないフォイト陣営などにはより大きな痛手となる。その状況は2016年も大きく変わっていない。ホンダのエアロキットは既定の範囲を越えての改良が許可され、実力差は縮まるはずだった。
しかし、シボレー勢のアドバンテージは逆に大きくなった。ホンダ勢が新エアロキットへの対応に追われている間に、2015年のエアロキットを正常進化させたシボレーは1シーズンをかけて蓄えたデータを活かし、マシンセッティングをより洗練させたからだ。
ミド・オハイオまでの12戦でシボレーは11勝。ホンダはまだ1回しか勝てていない。それがシリーズ最大のインディ500、それも第100回の記念すべきビッグレースであった点は大きな救いとなっているが……。
琢磨のランキングは、12戦終了時点で15番手。12戦すべてに出場しているドライバーは20人しかいない中での成績だから、芳しいとは言えない。ホンダドライバーではジェイムズ・ヒンチクリフ(シュミット・ピーターソン・モータースポーツ)が7番手、カルロス・ムニョス(アンドレッティ・オートスポート)が8番手、グラハム・レイホール(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング)が9番手とトップ10に3人がつけている。
ダブルポイントのインディ500でキャリア初勝利をインディで挙げたルーキーのアレクサンダー・ロッシ(アンドレッティ・オートスポート)も11位。チーム・ペンスキーで走るファン・パブロ・モントーヤよりひとつ上の好位置にいる。そして、2012年チャンピオンのライアン・ハンター-レイ(アンドレッティ・オートスポート)が13番手。琢磨はホンダ勢で見ても6番手だ。
■ポコノでの活躍に期待
イギリスF3からF1に進んだ琢磨は、いわばロードコースのスペシャリストだが、アメリカに来てからは、むしろストリートとオーバルコースで優れた能力を見せてきている。
ストリートでの琢磨は、リスクの高さを優れたマシンコントロール能力と自らに対する自信でカバー。2016年シーズンはセント・ピーターズバーグが6位、ロングビーチが5位、デトロイトが11位と10位、トロントが5位という結果を残している。
あと一段上位に食い込んでいけないのは予選順位が悪いからだ。今シーズンはまだトップ6で戦う予選ファイナルへの進出を果たせていない。そして、もう今シーズンの残されたレースにストリートレースは含まれない。
フォイトに来て以来、琢磨はロードコースでのマシンセッティングで目指すものを得られていなかったが、今年のロードアメリカで好走を見せた。コンピュータプログラムの設定ミスで二度ピットスピード違反を犯し、結果は17位に終わったものの、一条の光明が見えたようだった。
ところが、そのフィロソフィーのセッティングはミド・オハイオには通用せず。そして、シーズン終盤にスケジュールされている2戦、ワトキンス・グレンとソノマでも大活躍を期待するのは楽観的に過ぎるだろう。
ボストンのストリート戦がキャンセルされ、代替イベントとして開催されるのがワトキンス・グレン。琢磨はインディカーへのデビューイヤーに走っており、予選5位という好成績を残しているが、コースの舗装が新しくされ新エアロパッケージで戦うなどの要素を考慮すると、出場全チームが事前テストに遠征するというのに唯一テストに参加しないことと決めたフォイト陣営が活躍できる可能性は極めて低い。
ソノマでの琢磨は過去2シーズンで4位、8位という結果を残して来ているが、それ以前からの戦いぶりを考えると、相性の良いサーキットとは言い難い。そして、このコースでの事前テストにもAJフォイト・レーシングは遠征しない。
ザ・グレンもソノマも、琢磨の1台だけでもテストに参加させれば良いのでは?と思うのだが、AJフォイト・レーシングは予算規模もマンパワーもライバルたちとまったく同一の体制を整えるには至っていないのだ。
だからと言って勝利を諦める必要はない。すべてのレースで最高の走りを見せ、上位で戦う必要はない。勝てる可能性の高いレースに持てる力を集中させ、最大限の能力を発揮すればよいのだ。琢磨とAJフォイト・レーシングにとって、それが可能なのは、ペンシルベニア州ポコノでの500マイルレースだ。
全長2.5マイルのトライアングルオーバルにおける琢磨のパフォーマンスは、過去3年間ずっといい。2013年は予選8位、2014年は予選4位、2015年は決勝6位。そして、ここでの事前のテストに琢磨たちは参加した。
オーバルはもう1戦ある。70周が終えられているテキサスだ。すでに1周のラップダウンになっている点は痛いものの、レース再開時には前回と異なるセッティングをトライできるため、“一気にスピードアップ”というケースが期待できないわけではない。そうできれば1ラップのビハインドを帳消しにすることは十分に可能だ。
ピット作業の確実性とスピードのアップ、エンジニア増員によるエンジニアリング体制の強化など、AJフォイト・レーシングはチームの総合力アップを目指して改革を進めてきている。
強豪は更に強さを増し、中・小規模のライバル・チームも著しい進歩を遂げているため、相対的パフォーマンスが思うように向上していかない。インディカー史上で最も競争が熾烈な時代である今、コンスタントに上位で戦い、勝利を掴むのは簡単ではないだろう。
残りの4レース、琢磨がどんな走りを披露するのか。唯一、アメリカンオープンホイールの最高峰に挑むサムライの勇姿に注目してほしい。