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岡村靖幸×松江哲明『おこだわり』特別対談 岡村「ドキュメンタリー作家には“運”もすごく必要」

2016年08月11日 10:41  リアルサウンド

リアルサウンド

メイン写真:左、岡村靖幸。右、松江哲明

 松岡茉優と伊藤沙莉が本人役で出演したフェイクドキュメンタリードラマ『その「おこだわり」、私にもくれよ!!』(テレビ東京)のBlu-ray & DVD BOXが、8月2日にハピネットより発売された。本作は、清野とおるによるコミック『その「おこだわり」、俺にもくれよ!!』を題材に、松岡茉優と伊藤沙莉が「他人にはなかなか理解できないけれど、本人は幸せになれるこだわりをもった人=“おこだわり人(びと)”」へ突撃取材する模様を、虚実の入り混じった視点から切り取った意欲的なドラマで、最終的に松岡茉優が大ファンであるモーニング娘。'16に加入してパフォーマンスを披露したことも、大きな話題となった。リアルサウンド映画部では、本作の監督を務めたドキュメンタリー作家・松江哲明と、大のドキュメンタリー映像ファンとして知られるシンガーソングライターダンサー・岡村靖幸の対談を企画。“フェイクドキュメンタリー”という手法の奥深さや、BOXならではの特典の面白さについて、大いに語り合ってもらった。(メイン写真:左、岡村靖幸。右、松江哲明)


参考:松江哲明が語る、フェイクドキュメンタリードラマ『おこだわり』の挑戦「テレビドラマの“グレーゾーン”を突いていきたい」

■岡村「こういう企画ができるのは今、松江さんのほかにいない」


ーー岡村さんは、ドキュメンタリー映像の熱心なファンとしても知られています。『その「おこだわり」、私にもくれよ!!』は“フェイクドキュメンタリードラマ”という珍しい作風ですが、これをどのように捉えましたか。


岡村靖幸(以下、岡村):松江さんが山下敦弘監督とタッグを組んで、同じくテレビ東京にて放送していた『山田孝之の東京都北区赤羽』(2015年)の流れを汲んだ作品だと思っています。超有名な俳優さんを起用して、こういう企画ができるのは今、松江さんのほかにいないですよね。


松江哲明(以下、松江):ありがとうございます。僕にとって前回の『赤羽』は“ドキュメンタリードラマ”で、今回の『おこだわり』は“フェイクドキュメンタリードラマ”なので、流れを汲んではいるものの、アプローチは異なっているんですよ。


岡村:そうなんですよね。『赤羽』の時も僕は山田さんに取材をして、松江さんにも話を聞いたんだけど、どこまでが本当でどこからが嘘かは、ふたりとも「ノーコメントです」って言ってました。でも、今回の『おこだわり』では、全部どこまでが本当でどこからが嘘か、後から全部わかるようになっている。DVD&Blu-ray BOXには特典映像が付いていて、ビジュアルコメンタリーやオーディオコメンタリーで、どこまでが松江さんが仕掛けたことで、なにがアドリブなのかもしっかり解説されている。だから、テレビ版を観ていた人にとって、ちゃんと購入して観る意味のある作品になっているんですよ。


松江:『赤羽』は、山田孝之が本当に赤羽に住んで、あの人たちと出会った記録を編集したドキュメンタリードラマなんです。だから今回は、“これは嘘だよ”って先に言っちゃうことによって、フェイクだからこそ行ける領域に達したかった。松岡茉優さんが最終的にモーニング娘。’16に加入することが最初から決まっていて、でも絶対にそうは思えないような形で伏線を張っておいたり、第6話からは演出もガラリと変えて、伊藤沙莉さんのナレーションも急にシリアスにしたり。フェイクドキュメンタリーはここまで出来るってことに、一度挑戦してみたかったんですよ。


岡村:それはすごく感じましたし、フェイクドキュメンタリーという手法そのものについても考えさせられました。たとえばアメリカのフェイクドキュメンタリーで、『容疑者、ホアキン・フェニックス』(2010年)ってあったじゃないですか。ホアキン・フェニックスが俳優をやめて、ラッパーになって迷走するっていうストーリーなんですけど、ただただ生々しいものを見せられてる印象だったんですよね。『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』もそうだけれど、フェイクドキュメンタリーはあくまでドキュメンタリーに見せかけたフィクションであって、基本的にはシナリオからなにからすべて作り込まれているものだと思っていたんです。ところが『おこだわり』の特典映像を見ると、全然違う方法論で作られていることがわかる。シナリオの中でこういう風にするっていう決まりはあるけれど、それ以上に監督が出演者たちに色々と仕掛けて追い込むことで、生々しい場面を作り上げているんです。だから、松岡さんがモー娘。に入るために練習するシーンで、彼女が流している涙は本物だったりするわけで。言ってみれば、作られた部分と本当のドキュメンタリーが混在していて、出演者たちもギリギリのところで演技をしているんですよね。特典のコメンタリーを観ることで、その虚実の境が見えるのも、フェイクドキュメンタリーならではの面白さだと感じました。


松江:どちらかというと僕らが狙ったのは、サシャ・バロン・コーエンの『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』(2006年)や『ブルーノ』(2009年)のような作品で、ある設定を与えられた人が、素人と交わる時に出てくる生身のリアクションを撮りたかったんです。あれこそが僕の考えるフェイクドキュメンタリーで、試合の内容は書いてあるけれども、それがどう展開するかは書いてないプロレスみたいな感じなんです。


岡村:まさにプロレスですよね。ドキュメントなんだけど、枠が決まっていてちゃんとエンターテイメントしているっていう。また、あの二人がめちゃくちゃアドリブが上手いのも、すごく大きいんでしょうね。そもそも、なぜ彼女たちを主演にしたのですか?


松江:脚本家の竹村さんが、松岡茉優さんとテレビ番組で一緒にバラエティーをやった時に、彼女のアドリブがすごいって言っていたんですよね。僕自身も松岡さんと一年半くらいWOWOWの映画紹介をする番組を一緒にやっていて、彼女の面白さは知っていたから、いつか一緒になにかを作りたいとは考えていました。その後、竹村さんから「松岡さんでなにか企画できない?」ってお話をいただいて、じゃあ清野とおるさんの『その「おこだわり」、俺にもくれよ!!』をやったら面白んじゃないかって話になったんです。だから、まずは松岡さんありきで始まった企画ですね。


岡村:なるほど、松岡さんがブレイクしているから主演にしようじゃなくて、彼女のもともとの素質があって企画がスタートしているんですね。では、伊藤沙莉さんは?


松江:松岡さんに、うまく掛け合いができるリアルな友人がいるか聞いてみたら、伊藤さんの名前が挙がってきたんです。実際にやってみたら、二人のやりとりは台本よりもずっと面白くて。当初はナレーションも入る予定がなかったんですけれど、伊藤さんなら『情熱大陸』みたいな客観的な視点でナレーションをやってもらっても成立するだろうと。彼女は自分が出演しながら、仕掛け人のひとりにもなれるんですよ。結局、おたがいどういうことを言われたらイラっとするかとか、逆にグッとくるかとか、彼女たち自身が一番よく知っていますから。


岡村:なるほど。最初からふたりの関係性があったからこその企画なんですね。


松江:そうなんです。だから、番組の中でやってることはほぼノンフィクションですね。ふたりのやりとりにはお芝居がないというか。ふたりは本当にカラオケが好きだし、歌っている曲も彼女たち自身が決めています。生の感情が出る演出はどんどん現場で採用していますね。だから、やっていることは有り得ないことだけれど、そのときの感情はリアルなんですよ。もし本当のドキュメンタリーだったら、逆にここまでのリアクションを撮ることはできなかったはずです。


岡村:あの二人が出来る人だからこそ、与えられた中で最高のパフォーマンスを披露できたのでしょうけれど、でも“おこだわり後遺症”があるって言ってましたね。他の現場行っても、『おこだわり』みたいにしちゃうって。カメラが止まっても演技しちゃうし、台本を変えて喋っちゃう癖がついたって。


松江:ふたりで会ってる時に、どこかにカメラあるんじゃないかってビクビクしたりもしたみたいです(笑)。もちろん、さすがにそんなことまではしないけれど、観る人が本当だと思ってしまう映像が撮れる自信はありましたね。フェイクって宣言することで、全部芝居なんでしょって穿った見方をされても、芝居に見えないようにするというか。彼女たちの涙とか、抱き合っているシーンとか、本物ですからね。


岡村:買った人には、是非オーディオコメンタリーも特典も全部観て欲しいですね。ここにはこんな駆け引きがあったんだとか、ここは現場もピリピリしていたんだなとか、改めてドキュメンタリーとして2度3度楽しむことができる。フェイクドキュメンタリーという手法と、それを解説するのがセットでコンテンツになってる感じは、新しいですよね。


■松江「役者さんを使う作品はテレビの方が面白い」


岡村:このやり方だと、撮影時間も長くかかるんじゃないですか? 例えば通常のドキュメンタリーと違って、照明のセッティングや、女優さんたちのメイクもあるじゃないですか。長回しも多いし、かなり大変だったのでは?


松江:いえ、むしろ早かったです。時には二時間くらい巻いたりもしたので、スタッフもすごく驚いていましたね。朝に集合して、夜まで撮ったことってほとんどなかったですから。大体、夕方くらいには終わっちゃう場合がほとんどでした。モー娘。さんの回だけ、練習時間が夜だったから遅かったですけれどね。照明もそんなに作り込んだりしないし、ほとんどワンテイクで終わっちゃうんです。その代わり、一度カメラを回し始めたら四十分から一時間位止めないで、基本的には2カメを使ってずっと長回しでした。


岡村:斎藤工さんの時に、映像の色合いが違うカメラもありましたが、あれは伊藤さんの持っているカメラですよね。


松江:そうですね、あれを入れると3カメで、彼女が撮った映像も結構使いました。伊藤さん、撮っているうちにどんどん上手くなっていくんですよ。あと、伊藤さんだからこそ撮れる関係性の深い画も多くて。松岡さんも伊藤さん相手だと心を許しているから、カメラマンでは近寄れないくらいの近距離でも、油断しちゃうんですよね。そういう画はどんどん使っていきました。


岡村:逆に、ツーテイク、スリーテイクと重ねることはほとんどなかった?


松江:ほとんど無いです。カメラがトラブルで止まってしまったとか、そういうときくらいで。そのぶん、緊張感もすごくありましたけどね。撮影自体は一ヶ月ちょっとだったんですけど、普通の深夜ドラマだったらきついスケジュールなんですよ。でも、僕の撮影はだいたい夕方には終わるし、2~3日撮ったら一日撮休みたいな感じだったので、スタッフも意見を出してくれるクリエイティブ現場だったと思います。僕の場合、それくらいのペースで区切りよくやっていかないと、台本がどんどん変わって収まりがつかなくなる(笑)。テレビドラマのペースを自分なりに掴めてきたかなと。


岡村:松江さん、最近ツイートで「テレビよりも映画の方が楽だ」って仰っていましたね。


松江:僕はテレビの方が大変ですね。どちらも責任は重いけれど、後々に残るのは映画だと思うので、一分一秒に気を使うのは映画なんですよ。ただ、テレビってワンクール全十二話を短期間でやるから、集中力を維持するのが大変です。


岡村:テレビ番組での監督は、制作において全体を見るわけじゃないですか。役者のことも見るし、どういう風にお金が動くかも見るし、スケジュールも見るし、物語の流れも見るし、編集も見るし、テレビに流れることも考えるし、テレビ局が喜ぶっていうことも考える。その上で、松江さんの作家性が関わってくる。もちろん、映画も考えることはたくさんあると思うのですが、より監督の作家性にフォーカスされたものだと思うんですよ。でも、テレビにはいわゆるスターの人たちも出てくるし、色んな人の思惑やスケジュールをよりシビアに調整しなければいけないから、それは大変だろうと思うんですよね。


松江:たしかに苦労は多いですが、こういう風に役者さんを使う作品はテレビの方が面白いし、ハマると考えていて、最近は企画も全部テレビに出しています。というのも、映画の場合は観客に「観に行こう」って意思があって、はじめて観られるものじゃないですか。だから、行く前に情報を集めたり、評判を聞いたりして、わざわざ電車に乗って街に出たりもする。その分、みんなある程度のリテラシーがあるんです。一方でテレビは、何気なくスイッチを入れて観ちゃうから、こういう作品はある意味でのアクシデントみたいに映ると思うんです。視聴者の前情報に差があるからこそ、ドギマギしながら観るひとも多いというか。たぶん映画でやると、もっと嘘くさくなるし、内輪ノリっぽく映っちゃうところもあると思う。でもテレビだと、本当に信じちゃう人も中にはいて、それがむしろ面白いんじゃないかなと。


岡村:これは突然観たら信じちゃいますよ。前回の山田さんも、今回の松岡さんもそうだけれど、彼らはコマーシャルにも出演するような一流のスターじゃないですか。その人たちが追い込まれている姿っていうのは、刺激的だし、こんな姿を観ちゃっていいの?っていう気持ちもあるし、みんな興奮すると思うんですよね。しかも、偶然が重なって良い画が撮れたりもしている。これを観ていて思ったのは、松江さんには強力な“運”もあるということですね。もし運がなければ、パッとしない画になっていたかもしれない。これだけ面白いパフォーマンスや演技が撮れるのは、さすがです。もちろん、人間をこういう檻に入れてこういう風にしたら、こういう反応をするっていうのがわかっているのだとも思うのですが、ドキュメンタリー作家には運もすごく必要なんだって、すごく思いました。


松江:現場で絶対に雨が降っちゃいけない時に降っちゃうタイプの人とかは、ドキュメンタリーは無理だと思います(笑)。ただ、カメラが回っている時に何かを起こす力は必要だけど、それはある程度作ることもできるんですよ。それこそプロレスのレフェリーみたいなもので、この人とこの人が対戦したら、お互いの癖が分かってるから、こういう事が起こるだろうっていう予測が出来るし、だったら観客にこういう声援を投げかけさせようとか、こういうエキストラを用意しようとか、いろいろやってリングを作っていける。でも、やり過ぎると嘘くさくなるから、自然に波風を起こしていかなければならないんですけれど、それはカンパニー松尾さんのAVの現場で教わった気がしますね。そのバランスは、ドキュメンタリーの監督にとって大切だと思います。


岡村:この付録の漫画を読むと、大橋裕之さんは松江さんに追い込まれたからこそ、あの強烈なキスシーンをしたことがわかりますよね。


松江:僕も大橋さんがあんなキスをするとは思ってなかったです(笑)。ただ、僕はいつもモニターを見ないで、カメラの横で手を叩いて笑ってたり、床を叩いてたりするから、役者さんがそれを見て、「なにか面白いことをしないと」って、気配で感じてくれているとは思います。大体の監督はみんな別室で、モニターずっと見ながらインカムで指示出したりするんですけれど、僕は現場の空気を一番感じていたいタイプなんですよね。


岡村:演者の人たちは、松江さんの目をすごく感じてるんでしょうね。漫画ではどんな風に松江さんが人を追い込んでいくかもしっかり描かれているので、これもぜひ読んでほしいところです。


■岡村「芸能っぽさと生々しいドキュメントのバランスが新鮮」


ーー本作は、まさに松江さん自身の“おこだわり”も詰まった作品だと感じました。


松江:僕自身、“おこだわり”を持った人たちが好きなんですよ。最近はみんなが同じ物に熱狂する時代だと感じていて、たとえばポケモンが流行するとみんなで一気にやりますよね。でも、清野さんの漫画に登場する人たちって、誰に何を言われても「俺はこれが好きだから、何が悪い」って、自分だけの楽しみを追求している。それって、いまの社会に足りないと思っていて。今回の『おこだわり』で僕が密かに掲げていたテーマとして、金曜日の放送の翌日に、登場人物たちの変な趣味を視聴者の方に真似させたい、というのがありました。


岡村:僕も「さけるチーズ」のヤツは真似してやりましたね。すごく細かくさいていくヤツ。オーディオコメンタリーを観たら、チーズは結構やった人いたみたいで。でも、ポテトと梅はさすがにやらなかったです(笑)。


松江:放送後に一番、リアクションが大きかったのはチーズでしたね。チーズはツイッターでもすごく盛り上がっていて。


岡村:前半の三話目くらいまでは、おこだわり人という名の奇人にスポットが当てられている感じでしたよね。その人たちに二人が突っ込みを入れる感じで。でも途中から斎藤工さんや八嶋智人さんみたいな有名人がおこだわり人として登場したりして、最後はモー娘。まで出てくる。前回の『赤羽』の時は、大根仁さんが出てきたりはしていたけれど、ほとんどが山田さんと奇人たち、という感じだった。芸能っぽさと生々しいドキュメントのバランスが、今回はより新鮮で、観たことのない作品でしたね。


松江:そのあたりは僕にとっても挑戦でした。『赤羽』を見てくださった方々が、ぜひやりたいと言ってくれたからこそ、今回はいろんな方にご協力いただけたのかなと。最近のドキュメンタリーでは、役者さんがカメラを止めたりするのもよくある演出で、ほとんど素顔が窺い知れないから、逆にもっとさらけ出してみたい、という役者さんは増えているのかも。たぶん、もともと人に見られたいという願望を持っている人々だから、生身の感情を出すフェイクドキュメンタリーは興味をそそられるのではないでしょうか。


岡村:松江さんには今後も、スターを使った新鮮な作品を生み出してほしいですね。この仕事は、松江さんしか出来ていないことですし、観ている側からしても痛快ですよ。『あんにょんキムチ』を撮っていた人が、いまや大スターを使ってものすごい面白い作品を撮っている。それも有りがちなドラマじゃなくて、これまで観たことのない様な不思議な作品を撮っているなんて。しかも、ちゃんとエンターテイメントとして成立していて、大スターも喜んで出演している。毎年いろんな人を起用して、僕らを驚かせ続けてほしいです。(取材・文=松田広宣)