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『13日の金曜日』の感覚は、いま映画の最先端に 様式化とポップ化が進んだ80年代ホラー

2016年08月10日 12:42  リアルサウンド

リアルサウンド

『私たちが愛した80年代洋画』辰巳出版

 「エンタメ大作の黄金期」である80年代洋画の魅力を多角的な視点から読み解いたムック『私たちが愛した80年代洋画』(辰巳出版)が、8月9日に発売される。リアルサウンド映画部にて編集を担当した同書には、大根仁、武田梨奈、松江哲明の撮り下ろしインタビューのほか、今祥枝、牛津厚信、宇野維正、小野寺系、久保田和馬、さやわか、藤本洋輔、松井一生、松崎健夫、麦倉正樹、森直人ら、レギュラー執筆陣による書き下ろしコラムやレビューを多数掲載し、いまだからこそ見いだせる80年代洋画の価値にスポットを当てている。


参考:『ゴーストバスターズ』『死霊のはらわた』……80年代洋画、相次ぐリブートの背景


 発売に先駆けて、リアルサウンド映画部ではコンテンツの一部を抜粋して掲載。Part.03では、映画評論家・小野寺系による、『13日の金曜日』を軸とした80年代ホラー論を紹介したい。(編集部)


■『13日の金曜日』はなぜ、若者たちの支持を集めたか?


 芸術性の高い『シャイニング』やVFXを駆使した『ポルターガイスト』など、80年代には比較的予算をかけたホラー映画があるが、ここで紹介したいのは低予算ホラー映画だ。トビー・フーパー監督やジョン・カーペンター監督など、80年代に商業的なメインストリームにいた映画作家たちが、それぞれ『悪魔のいけにえ』、『ハロウィン』という、70年代に伝説的な低予算ホラーを手がけていたように、その年代のよりハングリーなクリエイターが作るものが伝説となり、次の年代の潮流を作っていくのである。もちろん低予算映画には見るに耐えないようなものも多いが、苦しい製作状況があるからこそ、従来の方法論にはない新しい表現が生まれるのだ。


 ウェス・クレイヴン監督のスプラッター映画『鮮血の美学』(1972)を製作したショーン・S・カニンガムが、自身で「最恐」スプラッター・ホラーを監督しようと、謎の殺人鬼ブギーマンが連続殺人を繰り広げる『ハロウィン』(1978)の内容を徹底研究し、さらに殺害シーンを増やし刺激的なものとして世に送り出したのが、80年に発表された『13日の金曜日』だ。若い役者たちの演技や脚本、演出など、多くの点で荒削りで批評家に酷評されながらも、若い観客に熱狂的に支持され続編やスピンオフ作品が数多く作られた。


 13日の金曜日に、ジェイソンという少年が溺れて消息不明になったといういわくがある湖、クリスタルレイクのキャンプ地で謎の異常連続殺人事件が頻発。若者たちが次々に残酷な手口で殺されていくというのが本作の物語だが、ここには深遠なテーマなどは存在せず、ほとんど惨殺シーンによって観客にショックを与える、それだけの内容しかないといっていい。


 だが、特殊メイクを担当したトム・サヴィーニの手腕によって、ジェイソンの造形や、頭に斧が突き刺さったり矢で喉を突き刺されて血が飛び出すなど、彼の参加によって作品は飛躍的に表現力を底上げしている。一作目では若き日のケヴィン・ベーコンも、サヴィーニの仕掛けを使って壮絶な死に様を演じている。


 このようなショッキングなシーンの刺激に重きを置いたことで本作はイベント性を持ち、難しいテーマなどには興味のない若い観客を惹きつけた。登場人物たちが性行為をすると残忍な方法で殺されるという作品内のお約束もあり、殺人鬼の都市伝説、暴力、セックスなどの要素が呼び水となり、友達を誘い合ってわあわあ騒ぎながら楽しむという鑑賞スタイルを確固たるものとしたのだ。


 「PART2」、「PART3」、「完結編」、「新・13日の金曜日」、「ジェイソンは生きていた!」、「新しい恐怖」、「ジェイソンN.Y.へ」と、これだけの、基本的には同じような内容の続編が80年代、毎年のように作られ、同じように消費された。シリーズを通して人を殺しまくるジェイソンは、まさに『男はつらいよ』の寅次郎のように、定期的に帰ってくる馴染みの殺人鬼となったのだ。ちなみに、トレードマークとなるホッケーマスクは3作目から着用することになる。


 シリーズの作品群は、全体的な内容もそうだが、見せ場が前作とほぼ同じようなものになっていることも一度や二度ではなく、冷静に鑑賞すると、「一年待ってこれなのか…」と思わされる部分があるのも確かである。だが本作をイベントとして楽しんでいる観客たちにとって、それで十分良かったのだろうし、むしろ「それが」良かったのかもしれない。


 『13日の金曜日』の、テーマの希薄さと様式的内容に代表されるように、80年代は、世界的な政治の保守化のなかで、ものごとを深く考えずに楽しんでいこうという享楽的な雰囲気が蔓延していた時代でもあった。そのなかで映画を含む大衆文化は全体的な傾向として、難解な哲学性や社会的に深刻なテーマよりも、より表面的な刺激を求めていたといえる。


 その過程でホラー映画は、単に怖がらせるだけでなく、コミカルさを獲得しつつ観客を楽しませていくようになる。『13日の金曜日』とともにスプラッター映画ブームの火付け役となったサム・ライミ監督の『死霊のはらわた』(1981)は、ホラーでありながら純粋に娯楽映画としての質が高い作品だ。高校生とヴァンパイアの戦いを描く『フライトナイト』(1985)や、ゾンビ映画を極度にポップ化させた『バタリアン』(1985)などに至っては、若者たちが殺害されたり女性出演者たちが胸をはだけたり、コメディー要素を含みながら様々な騒動が展開するが、登場する若者たちやモンスターたちがいまいち何をやりたいのか良く分からないまま物語が進んでいくことも多い。そこにあるのは極度な様式化と、表層的な物語のポップ化である。


 このような80年代の感覚が、まさにいま映画の最先端の位置にあると言ったら、意外に思うだろうか。話題を集めたニコラス・ウィンディング・レフン監督の『ドライヴ』(2011)が、ネオンカラーなど80年代風の雰囲気を洗練させ、新しい作品として蘇らせたのをはじめとして、スリラー界の新鋭アダム・ウィンガードの、様々なジャンルを横断してゆくカルト作『ザ・ゲスト』(2014)、コミカルなホラー表現から無軌道な方向へ突っ走ってゆく『ゾンビスクール!』(2015)など、80年代要素にこだわったフェティッシュな作品が、むしろ先進的な位置の作家によって作られているのだ。


 これらの作品に共通しているのは、ある種の研ぎ澄まされた美意識である。たとえば、ニコラス・ウィンディング・レフン監督が、その後『オンリー・ゴッド』(2013)、"The Neon Demon"(2016)と、80年代要素を自己の作家性に取り入れ、懐古主義を超えた映像表現に昇華させているように、80年代作品の持つ表面的な魅力や形式性が新しい映像感覚に結びつくことで、文学的なテーマを超えた、より新しい映画の創造に貢献しているといえるだろう。80年代映画を振り返るとともに、その価値観が息づくムーヴメントにも注目することで、現在の作品もより楽しめるのである。


■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。
※ほかにも読みごたえのあるコラム&レビューが盛りだくさん!


■ムック情報
『私たちが愛した80年代洋画』
辰巳出版
発売日:8月9日
価格:1,080円


<インタビュー>
☆大根仁
☆武田梨奈
☆松江哲明


<ジャンル別ガイド>
☆アクション・アドベンチャー
☆SF・ファンタジー
☆青春・ラブストーリー
☆コメディ
☆ホラー・サスペンス


<企画>
☆80年代を彩った名匠とスターたち
☆70年代を食い尽くし、本格的に再起動されはじめた80年代ハリウッド大作
☆少年たちを熱狂させた80年代洋画ファミコン
☆80年代「洋画雑誌」が伝えた文化
☆80年代の主な出来事と洋画界の流れ


<コラム>
☆香港アクション映画の輝ける名シーン
☆戦争映画が伝える普遍的なメッセージ
☆81年のMTV開局が音楽と映画を近づけた
☆親の目を盗んで観たあの頃の“お色気”映画
☆一瞬も目が離せない! クライムサスペンスの傑作