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尾野真千子、視聴者を“突き刺す”演技の凄みーー里親の苦悩と葛藤をどう表現した?

2016年08月04日 11:51  リアルサウンド

リアルサウンド

 ネグレクト(育児放棄)されていた男の子(横山歩)との共同生活がスタートした『はじめまして、愛しています。』第三話では、男の子の“お試し行動”がはじまり、苦悩する梅田美奈(尾野真千子)の姿が描かれた。


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 無事、里親認定の許可が下りて、男の子を引き取ることになった梅田家。夫の信次(江口洋介)は、施設では番号で呼ばれていた男の子に、ハジメと名付ける。引き取られたハジメは口を開こうとせず、無表情で目も伏し目がち。はじめは大人しく過ごしていたが、里親に対して必ずおこなうというお試し行動がはじまる。床に牛乳やジュースをまき散らし、食べ物は海苔とパンしか食べない。買い物に行けば同じものをたくさん買い求め、美奈の腕に噛みつく。そんな行動に四六時中付き合わされる姿は見ているだけで疲弊するものがあるが、一方で、思ったほどショッキングではないなぁと思う自分もいた。


 事前に予告されていたことがそのまま起きていることも原因だろうが、それ以上に思ったのは、お試し行動という状況以上に美奈の心境がフォーカスされていたからだろう。また、もっとも美奈の逆鱗に触れるであろうピアノを汚したり傷つけたりする行為がなかったのも若干肩すかしだったように思う。ただ、これは、はじめの行動があくまで里親の愛情を試すことが目的だからだろう。それと同時にピアノを傷つけないことで、ハジメにとってもピアノは神聖なものだということが逆にわかるようになっている。


 本作は美奈を演じる尾野真千子のナレーションで物語が進んでいくのだが、彼女の声は他の女優より低い。そのためか、か弱さよりも強さやたくましさの方が強く出る印象だ。しかし、そういった強さは、明るさよりも影の方が滲み出るため、後ろ向きの強さみたいなものが彼女の演技には常に付きまとい、妙な刺々しさとなって視聴者に突き刺さる。美人だけど親しみやすくサバサバしていてぶっきらぼうなのに、なんかギスギスしていてめんどくさいものを抱えているなぁと、彼女の演技を見ているといつも感じるのだが、それは逆に言うと、人間らしさのにじみ出た生々しい演技をしているということ。


 連続テレビ小説『カーネーション』(NHK)に出演して以降、国民的な演技派女優という評価を獲得している尾野だが、それまでは、脇で光る演技をする女優だった。初めて彼女の演技に引きつけられたのは、坂元裕二脚本の『Mother』(日本テレビ系)で演じた、生活の苦しさから娘に虐待を加えてしまうシングルマザー役。当時は尾野真千子が演じているという意識はしなかったのだが、社会に適応して一見平静を装ってはいるが、いつ爆発してもおかしくないような澱みを抱えているのが、見ているだけでわかる不穏な役だった。本作の第三話では美奈がハジメのお試し行動に根を上げて、一度は里親を辞めようとするのだが、それは、実の母親のように自分もハジメを虐待してもおかしくないと思ったからだ。


 美奈の苛立ちと不安を描くことで、虐待していた母親の問題を他人事ではないと想像させることに本作は成功しているのだが、『Mother』で虐待するシングルマザーを演じていたことを考えると、このために尾野を起用したのかもしれない。実際、見ていてやりきれないなぁと思ったのは、お試し行動よりも、美奈の父・追川真美(藤竜也)とハジメがピアノを弾いている時に、「お願いだから、余計なことしないでもらえますか!」と美奈が怒る場面で、他の登場人物の鬱陶しさが霞んでしまうくらい気まずいものがあった。


 尾野真千子の刺々しい演技を見ていると、ハジメよりも、美奈の抱えている心の問題の方が厄介なのかもしれないと思った。(成馬零一)