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藍井エイルの「翼」なぜ大反響? ポップシーンの“新たな担い手”を読み解く

2016年07月27日 07:31  リアルサウンド

リアルサウンド

藍井エイル

 各所で大きな反響を呼んだNHKの音楽番組『SONGS』6月9日放映の『アニソンSP』。トップバッターを飾ったシンガー・藍井エイルを番組は「アニソン界のニューヒロイン」と称した。


(参考:「世界にアニソンはどう受け入れられた? 藍井エイルら出演『SONGS』から感じたこと」)


 決してその言葉は大仰ではなかった。かかる期待以上に、藍井エイルは目覚ましい活躍ぶりで、大舞台へと歩みを進め続けている。


 昨年だけを振り返っても、5月のミュージックステーション出演、自身初となる世界ツアー『ROCK THE WORLD!』は10カ所でのべ5万人の動員、11月には初の日本武道館単独公演『WORLD OF BLUE』を成功させ、年末には『COUNTDOWN JAPAN 15/16』という国内最大級のロックフェスにも出演と、まさに充実の日々。


 今年に入ってからはさらなる熱を増す。今春にかけて行われた全国ツアー『D'AZUR-EST』は軒並み完売、追加公演となったNHKホール単独公演も大成功を収めた。5月にはニューヨークでの単独公演も実施、「エイ・エイ・ルー!!」と現地のファンが声を張り上げる姿は今月13日出演した日テレ系『スッキリ!!』にて放送された。間髪入れずに16日には TBS『音楽の日×CDTV』にも出演。さらにはつい先日のMステ生出演。Twitter上は“すごい歌声!”という賛辞の言葉であふれかえる。改めて彼女の力強い歌声は、多くの人の心に届く訴求力を持っていることを証明する一夜となった。


 世間での注目度も高まる中、その勢いを象徴するかのように放たれた待望の新作「翼」は、iTunes総合を始めとした各配信チャートで、西野カナ「Have a nice day」やE-Girls「E.G.summer RIDER」ら並みいる強豪を抑え19冠に輝く快挙を成し遂げる。iTunesチャートでは今稿執筆の段階(7月25日)も不動の1位。藍井は期待の新星から次代のアニメソング界、ひいてはポップミュージックシーンを担うべき存在へ成長したのだ。


 なぜここまで「翼」は大きな反響を呼んでいるのか? それは彼女の歌声はもとより、多くの人へと歌を届けることを意識したメッセージソングだからだ。


 まず、キービジュアルからして何かが違うと感じさせる。彼女の持つクールさ、繊細さといったイメージをパッケージしてきたジャケット。しかし「翼」での藍井の表情は逞しさをたたえている。キッと前を見据えた目には力強さが宿る。強い覚悟や意思を感じさせる作品である、ということを視覚からまず訴えてくる。
 
そして藍井の歌唱も、今までにない新たな側面を見せることに。彼女の最大にして最高の武器としてあげられる、天を突き抜けるような伸びやかな高音。しかし「翼」ではその武器はなりを潜め、情感あふれる声で物語の到来を告げるAメロ、繊細で美しく響く低音から、徐々に高まる情感がクライマックスへと走り出すBメロ。そしてエモーショナルながら決して張り上げず、一言一句に重みを感じさせるサビでの歌声……と、今まで以上に“言葉が持つ想いを届ける”ことに注力したかのような声を響かせている。


 「翼」の歌詞はオープニングとして起用されたアニメ『アルスラーン戦記~風塵乱舞~』のメインキャラ・アルスラーンが傷つきながらも、人との出会いで得た希望を胸に迷いを振り切り前進し続ける決意を描いている。このテーマは藍井本人とも重なる。彼女は自身のツイキャスにてこう語る。


「夢や目標へと進んで行けるのは周りの人がいるから。一人ならどれだけ前へ進もうと思っても、心が折れそうになったり、迷いはじめたり、諦めたりすると思うんです。でも恵まれていることに、私の周りには背中を押してくれる、素晴らしい人ばかり。だからこそ前を向ける」


 一人ではない。バンドメンバーやスタッフ、日本そして今や海の向こうで彼女の声に拳を掲げるファンという“大切な人達”の支えと、その想いを一身に受け、彼女は力強く歩みを進めている。まさに今の藍井にとっての決意の歌であり、感謝の歌でもあるのだ。


 この先に待つだろう、多くの人からの支えを感じることで「翼」は進化を果たしていくはず。これからの藍井にとって大きな意味を成す楽曲になっていきそうだ。


 音についても触れておきたい。疾走感と共に印象付けるのは、ガットギターの滑らかな音色が運ぶ異国情緒あふれるサウンド。手掛けたのは、「ラピスラズリ」で藍井の新たな側面を切り開いた加藤裕介。ウワモノの派手さを極力抑え、藍井の声と楽曲のメッセージ性を最大限に活かしたアレンジは見事の一言。


 カップリングの2曲もまたどれも素晴らしい。藍井が作詞を手がけたユースフルなポップナンバー「CARRY OUT」。爽快な高音が楽しめる。


 3曲目は、彼女がかねてから敬愛するシンガーと公言する伴都美子擁するDo As Infiniti「深い森」のカバー。盟友・黒須克彦氏の手による音は、原曲の寂寥感溢れる展開を活かしながら、藍井の声を引き立たせるような力強い作りに。藍井はまるで伴をその身に宿したかのように、深く沈んでいく声をAメロから響かせる。唯一の違いはサビでの歌唱。絶唱とでもいうべき声を轟かす。


 果たして「翼」は藍井エイルの歌声を、多くの人に届くべくして誕生した名作となった。今年10月19日に活動5年目という節目を迎える藍井は、同日、自身初となるベストアルバムを2枚同時にリリースする。そして今秋11月4、5日に初の武道館単独2daysというさらなる挑戦が待っている。心強い「翼」を得た今、さらなる世界へと藍井は羽ばたいていくはずだ。(文=田口俊輔)