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『ONE PIECE FILM GOLD』が描く世界の複雑さと、ルフィたちのシンプルな輝き

2016年07月26日 17:41  リアルサウンド

リアルサウンド

『ONE PIECE FILM GOLD』(c)尾田栄一郎/2016「ワンピース」製作委員会

 原作者の尾田栄一郎氏自ら製作総指揮に名を連ねる劇場作品は、本作で3本目。過去2作はいずれも大ヒットを記録しているが、今作は邦画史上最多の上映館数で封切られていることもあり、土日2日間で動員82万830人、興収11億5577万1000円を記録。2016年公開作品では、『名探偵コナン 純黒の悪夢』の動員と興収を抜き、本年度No.1のオープニング記録を打ち立てた爆発的スタートとなり、またしても大ヒットは確実だろう。


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 大人にも子どもにもファンの多い本シリーズ。連載開始は1997年で、当時子どもだった人は今はすっかり大人になった。下の世代も続々と読み継ぎ、あらゆる世代にファンを持つ作品となった。それを意識してか、今回の舞台は、大人のナイトスポット「カジノ」だ。そしてその場所からイメージされる通りに、今回の物語は「金」にまつわる話である。


 絢爛豪華なカジノ船「グラン・テゾーロ」で換金不可能な自由の価値を問うのが、本作の骨格だ。ルフィたちの活躍を描くために用意された敵役は、拝金主義の権化テゾーロ。彼の「ゴルゴルの実」の能力は、黄金を操り人の自由を奪う。まさに金で人を支配する象徴のような能力になっている。金の力で権力すら動かそうとする筋金入りの金の亡者に対して、麦わらの一味が自由という金に変えられない価値を示すのが、今回の対決の構図だ。


 「映画はお祭り」と尾田氏が語る通り、普段のテレビアニメよりも物量の多い作画で迫力あるアクションの連続に、『ルパン三世』のような潜入ミッションあり、MX4D/4DXの魅力がふんだんに活かせそうなカーレースシーンありと、見せ場の連続。敵キャラもとってつけたような薄っぺらさがなく、原作の世界観と地続きになった背景を持っていたりと、ファンにも納得の内容だろう。


 ワンピースの魅力は、少年漫画の王道を行く展開のみならず、感動を誘う悲劇や複雑な世界観にもある。特に近年は、差別(魚人島編)や大量殺戮兵器(パンクハザード編)など、現実世界にもあるような暗い問題にも切り込んでいる。今作では、金による支配/被支配と階級・格差の問題が遠景になっている。


 具体的にその重たい命題を背負っているのはルフィたちではなく、敵役のテゾーロだ。テゾーロは貧困ゆえに大切な人を何度も失い、拝金主義の権化と成り果てた男だが、その詳細は作中では多くは言及されない。しかし、尾田氏はテゾーロの人生について、A4用紙7枚にびっしりと書いたという。その理由を、本作のプロデューサーである東映アニメーションの櫻田博之氏、尾田氏自身は以下のように語っている。


設定を生かしてしまうとテゾーロの映画になってしまう。尾田さんはブレない。あくまでも、ルフィたちの活躍を描きたいんです。(参考:映画「ワンピース」原作者・尾田氏のヤバ過ぎる本気度…膨大作業で異例の関わり/芸能/デイリースポーツ online)


 ルフィたちはテゾーロの悲劇を知ることなく戦いを終える。ルフィたちにとってテゾーロは、金で人々を縛り付ける、ルフィの言葉で言えば「大嫌いな奴にそっくり」な奴だ。しかし観客だけはテゾーロの事情を知っている。ワンピースの世界にも、金で苦労することがあり、金によって人生を狂わされる人がいる。それは現実世界にも多く起こるだけに、ただの悪党が倒されたという感慨以外の感情が去来するだろう。「お祭り」であるが故に、そうした暗さは全面に出すことはないが、しっかりと内包されている。


 ワンピースの世界は、現実同様、一筋縄ではいかない問題を数多く内包し、世界観を拡大させ続けている。対照的にルフィたちの行動動機は一貫してシンプルだ。ルフィの「この海で一番自由な奴が海賊王だ」(原作52巻 第507話)の台詞が示す通り、今作も原作と同じく、彼らは自由というお金で測れないもののために戦う。世界が複雑さを増せばますほど、ルフィたちのシンプルさは輝くのだ。映画を観る我々の社会も、日々複雑さを増している。何者にも絡め取られないルフィたちの生き方は、黄金以上に眩しく見える。(杉本穂高)