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長澤知之が作り上げた“心地良い緊張”の夜 AL楽曲も歌ったワンマンライブレポート

2016年07月26日 17:31  リアルサウンド

リアルサウンド

長澤知之(写真=杉田 真)

 7月16日、長澤知之の弾き語りワンマン・ライブ『Nagasawa Tomoyuki Acoustic Live 2016』が行なわれた。会場となったのは、青山にあるライブハウス、月見ル君想フ。同会場は、自主企画ライブ“IN MY ROOM”でもお馴染みの会場だ。長澤の自宅に遊びに来てもらう感覚で、部屋=彼の脳内を表わした小宇宙や、その空間から生まれる音楽をライブとして楽しんでもらうのが“IN MY ROOM”だが、今回の弾き語りライブはよりダイレクトに音楽、歌を楽しんでもらうライブ。ステージ上も、椅子とマイクと、譜面台が置いてある程度のごくシンプルなものだ。


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 長澤はそのステージにふらっと現われると、大きく咳ばらいをしながらギターを手に取って爪弾きはじめた。1曲目は「けやき並木道」。曲がはじまると、登場した時のユルいムードから一変、力強い歌声やシャウト、しなやかなビブラートまでを響かせて、会場の空気をぐっと引き締める。エモーショナルな声ひとつで、瞬時に、周りの空気にびりびりとした心地よい緊張感を行きわたらせてしまうのが、この人のすごいところだ。観客は、その歌に吸い寄せられるように、前のめりになっている。


 「久しぶりにワンマンのライブをやっています」と長澤は語り、はじまる前はド緊張すること、そしてステージに出ている今がいちばんリラックスしていることを告げ、曲を進めていく。「GOODBYE,HELLO」、「どうせ陽炎」、そして「人生は芸術だという曲」と紹介し新曲「アーティスト」を歌い上げた。自分のタイム感で、気持ちよさそうにアコースティック・ギターを奏でながら歌う姿は、リラックスしていようにも見えるけれど、描かれた景色や感情がまるまるのったタフな歌声は鬼気迫る、凄みすらも感じる。


 序盤のハイライトは、流麗なギターアルペジオでジェントルなヴォーカルを聴かせる「バニラ」から「黄金の在処」へといううつくしい流れ。会場もエモーショナルな濃度がグッと濃くなったように感じるほどで、曲の終わりには熱い拍手が沸き上がる。そして、歓声の余韻が漂うなか、ALの曲「あのウミネコ」も披露された。


 大雨に降られて鞄に入れていた携帯電話が壊れてしまい、誰とも連絡ができず寂しいという話をしたり、観客から、目の前に譜面台があって(長澤の)顔が見えないと言われ「絶世のハンサムでもないし……」と別の場所に置き換えたら、今度はその前の観客から「見えない」との声が出たり。「僕は今日は飲まないと決めたんですけど、みなさんは飲んでも構いませんよ」と語り掛けながら、中盤の曲は進んでいった。「あんまり素敵じゃない世界」などドライブ感のあるバンド・サウンドによるパワフルな曲が、弾き語りで生々しい叫びの歌へと変わっていくのも、グッと胸に迫るものがあった。


 後半には、地元九州に帰った時に、九州の大学病院で見たカール・ミレスの「神の手」という彫刻にインスパイアされた新曲「無題」を披露した。こうして音楽以外のものから刺激を受けて新たな音楽が生まれるのは楽しいと、長澤は語る。続けて、未発表曲「風鈴の音色」を披露し、観客は静かにその歌、言葉に耳と心を傾けた。ラストは「狼青年」、そしてポッと心にあたたかい光を灯すように「ねえ、アリス」を歌って幕を閉じた。


 止むことのない拍手喝采に、アンコールに登場した長澤は、床に置いた曲の束を無造作に掴んで吟味する。結局はそこからの曲でなく、「じゃあ、カヴァーを」とTHE BEATLESの「Blackbird」を選んだ。「ポール(・マッカートニー)によると、黒人女性の解放について書いた素敵な歌詞の曲」と歌い、続いて自身の曲「カスミソウ」を歌う前にも「これは自分の曲ですが、素敵な歌詞です」と紹介して歌う。曲のテーマとなっているものは異なるものの、その歌の真ん中にある生き方や、人として生きることの本質的なところでは相通じる歌でもあると思う。前者では観客に訴えかけるように、後者は寄り添うように歌いあげ、会場を感動の拍手で埋め尽くした。(吉羽さおり)