ハンガリーGP通算5勝は今シーズン5勝目、ここでチャンピオンシップのリーダーとなったルイス・ハミルトン。その勝ち方は彼の憧れるアイルトン・セナではなく、アラン・プロストを思わせるような心憎いペース駆け引きによるものだった。
速さで押すレースではなく、むしろ速さを必要十分な程度に抑え、2位ニコ・ロズベルグをぶっちぎろうとはしなかった。『1周引き離そうが1秒差だろうが、前でゴールすれば、勝ちは勝ち』。これは昔、国内レース取材を始めたころに日産ワークスチームの長谷見昌弘さんから聞いたお言葉。奥深い意味を、駆け出し新米記者の自分は理解するまでに時間がかかった。余談を言うなら星野一義さんはセナで長谷見さんはプロストなのかもしれない。F1取材に移行してから、おふたりを、そう思ったりした。
ハミルトンに戻ろう。濡れたフリー走行1回目からインターミディエイト・タイヤでスタート練習に余念がなかった。序盤戦に露呈したスタートダッシュ力の不備を、チームはクラッチ機構からすべて見直し、本社モータースポーツ部門以外でも研究開発を重ねた。夏までに成果を出すのが命題。何度もピット出口で繰り返し、弱点をつぶそうと努力を惜しまないメルセデス・ワークスの底力。あのハミルトンが最近は必ず、優勝コメントでファクトリーのサポートを称えるようになった。お世辞みたいな言い方ではなく、実感している言葉だ。
2番手のグリッドポジションでも、今年コース全域が新舗装され、毎日雨に洗われたグリッドは奇数列も偶数列も路面グリップに、これまでのような差異はない。ハミルトンがダッシュ、2列目レッドブル勢もそつなく、3列目フェラーリのベッテルもクリーンに決めた。今年トップ集団すべてが、これほどのスタート加速を見せたのは印象として初めてだ。
だから広い1コーナーで“スリーワイド”のような飛び込みが見られた。たまらないシーン。ハミルトンは抜け出し、ロズベルグは位置取りがうまくいかず、それでも2コーナーへのアウトサイド・ラインを見抜いた。一瞬レッドブル勢にやられかかったピンチをしのぎ、メルセデス勢がワンツーを確保。ハンガロリンクでは1~2コーナーをめぐる攻防、位置取りとスペースによってトラクションも変化するから、最初で最後の最大のオーバーテイク・チャンスが、ここになる。
「獲ったぞ1コーナー」。だが、ハミルトンには逃げを打つ気配がない。5周目1.405秒、10周目2.033秒、15周目2.557秒、16周目にピットへ。ここまでスーパーソフトをいたわり、ソフトタイヤに切り替えても2秒前後のリードを保ち続け、41周目に2度目のピットイン。
2位のロズベルグ目線だと、敵を視界内に捕らえている。52周目、周回遅れのエステバン・グティエレスにひっかかったハミルトンは「早くどけ」と抗議、ロズベルグとの差は0.619秒差に急接近。すると53周目1.208秒、55周目2.688秒、またたく間に視界の外へ逃げていった。
これほど速さがありながら、またハミルトンはペースを自重する。必要以上に飛ばさない理由はパワーユニットの各コンポーネンツが5基と限界数に達しているので、そのマネージメントを心がけたから。62周目に0.687秒差に迫られ、2度目のピンチ。12コーナーをオーバーランして1.5秒もロスした。けれども、またすぐに1.137秒差、1.350秒差とリードを広げる……。
これは追う者にとってショックだ。スパートできるのにそうせず、相手はレースを完全にコントロールしている。ロズベルグは最後の抵抗心をしぼり、67周目0.927秒差と肉薄。それも無駄な抵抗で、1.272秒、2.067秒、最後は1.977秒差で70周のレースは終わった。
もてあそばれた敗北感を、前半戦をリードしてきたロズベルグは噛みしめたのではないか──。ぶっちぎらずにライバルを押さえつけたハミルトンの48勝目。プロストが13年間で到達した51勝まで、あと少し。F1デビューから9年半で、ここまできた心憎い勝ち方。ハミルトンが逆転の夏を熱くする。