トップへ

桐谷美玲は“月9ブランド”を取り戻せるか? 『好きな人がいること』に見るフジテレビの本気

2016年07月25日 06:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『好きな人がいること』公式サイト

 フジテレビ系月曜夜9時から放送されている『好きな人がいること』(フジテレビ系)は、パティシエの櫻井美咲(桐谷美玲)がイケメン三兄弟の家に居候しながら海の家でひと夏を過ごすコメディタッチの胸キュンラブストーリー。第二話まで見て一番に感じたのは、本気で月9を立て直そうとしている作り手の気概だ。


参考:月9ドラマは電気羊の夢を見るか? 『好きな人がいること』の楽しみ方を指南


 近年の月9は視聴率面で苦戦している。本作の前に放送された『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(以下、『いつ恋』)は全話の平均視聴率が9.7%(関東地区)、その次の『ラヴソング』の平均視聴率は8.5%(同)と、最低視聴率が続いている。


 もちろん視聴率と作品の面白さは別の問題だ。坂元裕二が脚本を書いた『いつ恋』は後半こそ若干完成度が落ちたものの、テレビドラマ史に残る傑作だったと言える。『ラヴソング』も難点は色々あるが、女優経験のない藤原さくらを主演に抜擢して吃音の女性を主人公にした意欲作だったことは間違いない。しかし、その面白さや冒険している部分が、月9に求められていることとズレていたことは間違いないだろう。対して『好きな人がいること』は逆にピントがしっかりと合っている。


 例えば、ヒロインが同居することになる三兄弟の設定。櫻井を湘南のレストランに誘った長男の柴崎千秋(三浦翔平)は櫻井の初恋の人で優しく頼りがいがある先輩。次男の夏向(山崎賢人)は無愛想で嫌味ばかり言うが、思っていることを言い合える同級生のような存在。そして三男の冬真(野村周平)は人なつっこい甘えん坊だがどこか影があるという、イケメンドラマの鏡とでもいうような完璧な配置だ。


 出てくるアイテムも、スマホのSiriに話しかけたり、インスタグラムの写真を小道具として使用することで、今の風俗を必死で取り入れようとしている。また、「夏といえば海!」というリゾート感覚の取り込み方は『SUMMER NUDE』や『恋仲』でもおこなわれた定番の設定だが、もっとさかのぼれば、トレンディドラマの元祖とも言える『抱きしめたい!』のオープニングを思わせる。当時のトレンディドラマは不自然なくらい最先端のアイテムが次々と登場して、華のある俳優がオシャレな恰好をして登場するというファッション雑誌のような作りとなっていたが、そういったカタログ性は本作にも引き継がれている。


 何より桐谷美玲がいい。かつてのW浅野(浅野温子、浅野ゆう子)や鈴木保奈美のような、オシャレでカッコいいコメディエンヌ的なセンスが彼女にはある。役柄自体は昨年ヒットした映画『ヒロイン失格』の影響が強いのだが、見た目はギャルっぽくて遊んでいるように見えるが実は純情で優しいという新時代のヒロインを演じられるのは桐谷美玲と西内まりやが双璧だろう。言うなれば、女性から見て好感度が高くて見ているだけど元気がもらえるような女優ということだ。例えば石原さとみだと、どうしても男性視聴者の願望が全面に出たお姫様感が強くなりすぎてしまうのだが、桐谷にはどんなにオシャレでカッコよくても、親しみやすいズッコケた明るさがある。


 他の若手女優のキャスティングもいい。プロデューサーの藤野良太作品では常連となりつつある佐野ひなこや大原櫻子はもちろんのこと、悪女役で頭角を現している菜々緒も、うまくハマっている。必ずしも演技が達者というわけではないが、瑞々しい演技をする若手を取り揃えている。


 例えば坂元裕二のドラマを見ていると、作品のクオリティは高いものの、俳優に関しては、すでに映画等で評価が定まっている人ばかりを起用することにどこか息苦しさを感じることがある。そのことで、作品の完成度は高まっているのだが、もっと役者と作品がいっしょに育っていく方が月9の作り方には合っているのではないかと思う。


 カタログ的な作りに徹しているため、作品としては軽く見られてしまう面はあるだろう。だが、今後の月9のことを考えたとき、『いつ恋』の完成度の高さよりも、『好きな人がいること』のポップなカタログ性の方に可能性があるのではないかと思う。 この水準の恋愛ドラマを作り続けることができれば、若い視聴者は増えていくだろう。


 テレビドラマにおいて重要なのは、個々のドラマの面白さだけでなく、その枠が持つ明確なブランドイメージだ。朝ドラや日曜劇場の視聴率が安定しているのは、その枠のイメージが視聴者にとって明確だからであり、かつての月9もそうだった。だが、そういった過去のブランドイメージが枷となっていたのも事実である。特に近年の作品は月9らしさというイメージを意識しすぎて、過去に月9で活躍した人気俳優を連れてくることばかりに躍起になっていた。しかし、本来、月9を筆頭とするフジテレビのドラマは、伝統など無視して、冷酷なまでに流行を追い求める俗っぽい軽薄さにあったはずだ。つまり、若手俳優を積極的に起用する『好きな人がいること』こそが本来の意味での原点回帰なのだ。(成馬零一)