ギャンブラー、男気、そして策士──。フォーラムエンジニアリングADVAN GT-Rの近藤真彦監督は、荒れた決勝のなかでレース屋らしい臨機応変なアイデアと戦略をちりばめ、見事、予選9位から大逆転で今季初優勝をつかみ取った。
フォーラムエンジニアリングが逆転優勝を飾ることになった要因には、大きくふたつの決断があった。その最初の英断が、近藤監督が「ギャンブルだった」というタイヤの無交換作戦だ。
スーパーGT第4戦SUGOは、予選からアクシデントに見舞われた。ニッサンのエース車両であるMOTUL AUTECH GT-Rが予選Q1のアタックでクラッシュし、結果的にニッサン陣営の3台のGT-Rのアタックタイミングを奪ってしまい、GT-Rは全車、予選Q1落ちとなってしまった。近藤監督も事前には「ここは予選9位から勝てるサーキットじゃない。9位からだったら表彰台がいいところ」と、普通の展開なら優勝のチャンスは少ないとみていた。だからこそ、無策のままでは勝利はつかめない。
想定よりもかなり低い気温となった決勝、タイヤのウォームアップは厳しくなり、アウトラップのペースは遅くなる。タイヤ無交換作戦が大きな効力を発揮する状況は整っていた。それにSUGOはコース幅が狭く、追い抜きが難しいサーキット。グリッドポジションを優先して前に残っていれば、抑えられる可能性も高い。
レースは序盤からトップのWAKO'S 4CR RC FがGT300と接触してスピン、続いてトップになったKEIHIN NSX CONCEPT-GTも2番手のZENT CERUMO RC Fと接触して順位を下げるなど、目まぐるしく順位が変わる波乱の展開に。フォーラムエンジニアリングのスタートを託された柳田真孝は着々と順位を上げて6番手に。そして、26周目にGT300が最終コーナーで飛び出してセーフティカーが入った瞬間、近藤監督が動いた。
ここがふたつめの英断となった。
「タイヤ無交換は事前に決めていましたが、前後のピットがクリアでできることが前提でした。セーフティカー(SC)が入って、前の5台はSC開けにピットに入ると思っていたから、前の動きを見て、前がピットに入ったらコースに残ってトップに残る。そしてピットが空いたところでタイヤ無交換でドライバー交代して、トップに戻れると思っていた。その反対にSC中に前がコースに残ったら、ピットに入る、両方の戦略を考えていたんです」
■「すごく悩んだ」近藤監督のレース戦略
近藤監督とチームが考えていたのは、タイヤ無交換の戦略を最大限に活かすために、他車の影響を受けずにできるだけ自分たちのペースでレースを進めることだった。そのため、まずはピットストップで左右のチームと異なるタイミングを狙っていた。左右のチームとタイミングが重なってしまうと、ストップ位置をずらしたり、クルマを斜めに止めるなどでタイムを大きくロスしてしまう。
「コース上の前のクルマの動きを見ながら、後ろ側のピット、そして前側のGT300チームのピットもクルマが入らないことを確認していた。それで斜め止めする必要がなくなったので、ウチはスムーズにピットに入って、スムーズにコースに出れると思っていたんです」
GT500のトップ5チームはピット作業の準備をしていたものの、実際にはピットに入らなかった。そこで、近藤監督はピットインを指示した。
「タイミングは賭けではなかったけど、すごく悩んだ。要するにSCがコースから去ったと同時にピットの指示を出して間に合うとか、間に合わないとかジャッジが難しい。ギリギリにジャッジしてもピットロード前の白線のペナルティのリスクもあるので、最終的にはみんな不安になっちゃって(笑)、最後は半周くらい前にピットに入れるって決めました」
その近藤監督の思惑どおり、ピットインもピット作業も、そしてアウトラップもスムーズに進み、上位陣がピットに入って出てきたときにはフォーラムエンジニアリングはトップに立っていた。
「アウトラップも前が空いていたし、ウチはアウトラップはタイヤは温まっているので、他のチームはアウトラップで10秒近く損するのは分かっていた。そこはまず、俺たちがおいしいところを頂こうと。そして実際にクリーンエアの中で走れて、前とのギャップをどんどん縮めることができたんです」
しかしレース終盤、大きな誤算が起きた。サーキットに晴れ間が見え、気温と路温が徐々に上がってきたのだ。タイヤ無交換で厳しいフォーラムエンジニアリングの直後で、2番手DENSO KOBELCO SARD RC F、3番手ZENT CERUMO RC Fが3秒以内に入り、差がなくなった。
「終盤、晴れてきて、きつかったよ(苦笑)。だけどブリヂストン勢もピックアップがあるだろうと思っていた。それでも気温と路温が上がってきたから、キターっと思って。ヤバかったよ(笑)」
とは言いつつも、レースも終盤になれば監督ができることは少ない。あとは自分たちを信じるのみ。そこには近藤監督の男気が見える。
「もう、本当にヒヤヒヤしましたけど、最後はじたばたしても仕方ない。そこは本当にヨコハマタイヤを信じていたし、今、ノリにノっているドライバーなので、(佐々木)大樹に任せるしかなかった」
レースは残り6周でGT300が最終コーナーを飛び出してクラッシュして、赤旗中断。そのままレースは終了した。タラレバで、レースが再開していたらどうなっていたか──
■思わず漏らした、今回の激戦を象徴する本音
「1回リセットして、再スタートで残り5周だったら、もしかしたら逃げ切れたかもしれない。でも、あのままGT300の中で走っていたら、わからない。クリアなところを取れていれば、抜きどころも少ないし、そんなにタイムは落ちていなかったからね」
これでKONDO RACINGは昨年の第4戦富士以来となる優勝。これまでの2戦ではGT-Rの強さが目立ち、他の3台が優勝争いを見せている中、フォーラムエンジニアリングはトップ争いに絡めない不本意な展開が続いていた。その中での優勝だけに、近藤監督の喜びもひとしおのようだ。
スタートからチェッカーまで、とにかく展開が目まぐるしく変わり、最後まで緊張感が高いままだったGT500。近藤監督も、今回のGT500のレースを象徴するように、ちらっと本音とも冗談ともつかぬ言葉を漏らした。
「心の中では今年の仕事の半分は終えることができたかな(笑)。でも僕ら、次の富士もあきらめていないし、タイもヨコハマ、GT-Rが得意とするサーキット。だから欲を言えば今シーズン、あと1回、勝ちたい。次もがんばります。でも、その前にちょっと休みます(笑)」
ギャンブル的にタイヤ無交換を狙い、そして前後の動きを読んで戦略を練り、いくつもの決断を行った近藤監督。プレッシャーも心労も、そして喜びも、さぞ、大きいかったことだろう。