実演販売などしていないのに、酒屋の店内に香ばしい焼き鳥のにおいが漂う。誘われたお客が、冷凍焼き鳥をどんどん買って行く。実はコレ、本物から出たものではなく、様々な香料を混ぜ合わせて人工的に作った香りだという。
冷凍食品のガラスケースの外側には、なんと「においが出る装置」が設置されていた。7月19日放送の「ガイアの夜明け」(テレビ東京)では、においを作り出すプロである「調香師」を紹介していた。(ライター:okei)
焼き鳥の香りも「調香室」で作り出す
東京・文京区にあるプロモツールは、あらゆるにおいを作り出す会社だ。2002年に設立し、社員は10名。焼き鳥のにおいは、社内の研究室のような「調香室」で調香師として働く匹田愛さん(29歳)が作り出した。
「嗅いだときのインスピレーションで、使う材料を決めます。先入観を持たずに香りを嗅ぐのが大事ですね」
こう語る匹田さんのもとには、3000種類もの香料がずらっと並ぶ。同じカレーでも「カレールー」「お店のカレー」「家庭のカレー」など細分化され、ありとあらゆる香料のサンプルが作られていた。
作るにおいは「いい香り」だけではない。体感型の4D映画館では「貞子VS伽椰子」で、ほこりっぽい古い民家のにおいも再現した。観客からは「映画の中に入り込んだみたい」と好評だ。
今年5月、滋賀県立琵琶湖博物館から大規模リニューアルにあわせて「におい展示」を目玉にしたいと依頼があった。琵琶湖の生態系をまるごと体験できるよう、再現したいにおいは3つ。琵琶湖周辺に自生する植物「ヨシ」、琵琶湖近くに8000羽生息する「カワウの森のにおい」、滋賀県の郷土料理で独特の発酵臭で有名な「フナ寿司」だ。
博物館の依頼で「生臭い鳥のフン」を再現
カワウの生息する竹林は、フンだらけ。琵琶湖の魚をエサにしており、強烈に生臭い。匹田さんはジャケットに白いフンがべっとり着くのも気にせず、真剣な表情で葉や竹のにおいを嗅ぐ。フナ寿司にしても、食べ慣れない匹田さんには相当の悪臭だろうが、イヤな顔ひとつせずにおいの分析に集中しており、相当なプロ根性を感じた。
フナ寿司のにおいを再現するために、酸のにおいを強烈に放つ「酪酸」を取り出した時には、取材スタッフに「覚悟して下さい。めっちゃ臭いですよ。髪の毛とかについちゃう」と注意した。しかし自分は、長い髪を覆うなどしていない。
最初に博物館に出したサンプルは、ヨシとカワウのフンのにおいは一発オッケー。学芸員には「ナマグサ系のにおい。インパクトは、ザ・フンのにおい」と高評価だった。カワウのエサが川魚だと実感できるにおいにすることは、生態に興味を持って貰うための必須条件だったため大成功だ。
フナ寿司は、臭くてもインパクトがあればお土産として興味を持って貰えるという狙いがあった。一度はダメ出しがあったものの、リニューアル開館後には「フナ寿司大好き」という奥さんが「フナ寿司のにおい!」と太鼓判を押していた。ヨシの展示やカワウの剥製の前には、筒状の入れ物のフタを開けると、においが嗅げるようになっていた。これらは全て、本物からではなく人工的に作り出したにおいなのだ。
繊細さを兼ね備えた「骨太女子」の姿に感心
匹田さんの、においを瞬時に分析、形容する能力がすごい。
「フルーツみたいなニオイがします。キュウリとか…スイカの白い部分」(ヨシ)
「生臭い…刺身が並んでいる冷蔵庫から漂ってくるみたいな」(カワウの森)
「すっぱい、しょっぱい。チーズのような」(鮒ずし)
ニオイ消しにやっきになっている現代で、悪臭すらウリにするビジネスがあることに驚いた。その最前線で戦う匹田さんは、繊細な嗅覚とタフなプロ根性を兼ね備えた「骨太女子」という感じが頼もしかった。(ライター:okei)
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