2016年07月24日 10:42 弁護士ドットコム
職場で起こるトラブルの代表として、いまも問題が絶えないセクシャル・ハラスメント(セクハラ)。上司が部下と恋愛関係にあると勘違いして、セクハラ行為をする「疑似恋愛型」も少なくないそうですが、そのようなセクハラはなぜ起きるのでしょうか。もしセクハラに遭ったら、どうすればいいのでしょう。女性の労働問題に詳しい山崎新(あらた)弁護士に、じっくりと話を聞きました。(取材・構成/亀松太郎)
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●セクハラなのに「恋愛関係」と思い込む
――最近のセクハラは、どんなパターンが多いのでしょうか? 昔からの王道ですが、男性の上司が女性の部下にセクハラをするパターンがやはり多いですね。40代・50代の既婚者で、部長や社長など社内で強い立場にある男性が、20代・30代の若い女性社員にセクハラをするパターンです。 そのとき、セクハラの行為者本人は単なる「恋愛(不倫)」と思っているケースがよくあります。セクハラだと全然思っていない。 40代や50代の既婚男性が20代の女性と「恋愛」をするなんてあまりないことだと思いますが、実際に裁判になると、男性側から「恋愛関係だった。だから性的行為も合意の上だった」という主張が出てくることが多いんですね。 ――「合意の上だった」と主張する根拠は、何かあるのですか? 最近多いのは、メールやLINEの送信内容が問題になるケースです。 近ごろは上司と部下の間でメールやLINEのメッセージをやりとりすることも増えていますが、若い女の子は気軽にハートマークの絵文字やスタンプを付けたりするんですよね。また、メールやLINEで、上司と部下が頻繁にやりとりをしていると、その中にプライベートな内容が含まれることもあります。そうすると、上司の側は「恋愛関係だった」「むしろ誘われたんだ」ぐらいに思ってしまうわけです。 セクハラの裁判では、そういうメールやLINEの中身が証拠として提出されることが当たり前になってきています。 ――女性の部下の側の真意は違うのですか? たとえば、男性の上司が女性の部下を食事に誘ったとします。女性は「上司と二人で行くのは嫌だな」と思いながらも、上司に誘われたら断われないと生真面目に考えたり、何回断ってもしつこく誘われるので、断り切れずに誘いに応じることがあるんですよね。その食事の場で、上司が酔った勢いで部下の体を触ったりするセクハラが多いです。 触られた女性の部下としてはものすごく違和感があるし、傷つくんですが、それでもやっぱり上司だからと思って、社交辞令のつもりで「今日はありがとうございました」とか「今日は楽しかったです」といったメールやLINEを送ったりするんですね。本当は感謝もしていないし、楽しかったとは思っていなくても、そういうメッセージを送るべきだと思い詰めてしまうんですね。 男性上司の側は、それで舞い上がるわけです。「受け入れてもらえた。次はもっと彼女と親密になれる」と。
●セクハラする上司は「相手の気持ち」が読めない人
――セクハラと言っても、いろいろなケースがあると思いますが・・・ 多くは肩を抱いたり手を握ったりという軽いボディタッチから始まりますが、ひどい場合は、ホテルに連れ込んだり、押し倒したりといった性的行為にエスカレートしていきます。強引にレイプされたという例も少なくありません。 ただ、深刻なケースになるほど、被害者の側がすぐに「セクハラを受けた」と言い出せない場合が多くあります。本心では非常に傷ついているんだけど、羞恥心もあるし、職場に波風をたてたくないとか、敵対していると思われたくないとか、いろいろな心情で被害にあったことを言えない。さらには、男性上司の要求を断れないという心境になってしまい、要求のままに再び二人きりで食事に行ったり、性行為を繰り返してしまう場合もあります。 そうなってくると、被害女性があとから「セクハラだった」と主張しても、なかなか周囲からは理解されづらくなります。彼女にも好意があったから誘いに応じたのではないかと思われたり、何らかの落ち度があったという目で見られたりして、「合意がなかったからセクハラだ」という主張が難しくなっていくのです。 ――セクハラをめぐる裁判では、どんな主張がされるのでしょうか? 日本の裁判も変わってきています。昔はいわゆる「強姦神話」というのがありました。「嫌よ嫌よも好きのうち」というやつですね。レイプされた女性は大声をあげて逃げるのが当たり前で、大声をあげて逃げなかった女性は本心では合意があったんだと、割と安直に認定していました。 しかし、セクハラ裁判を闘ってきた当事者や弁護士たちの裁判の積み重ねによって、被害者の立場では簡単には逃げられないし、セクハラの後に被害者が加害者に迎合的なメールを送っていたとしても、それが直ちに合意の証拠にはならないという主張が理解されるようになってきています。 ――セクハラをする男性上司というのは、どんなタイプが多いのでしょうか? セクハラの行為者というのは、相手の気持ちを考えない人が多いといえます。空気が読めないというか、自分がしたことを相手がどう受け取ったのかを、慎重に考えない人。自分が50代の既婚者なのに、20代の独身女性と恋愛できる、好かれていると考えるのは、普通はあまりないことですよね。その時点で、もしかしたら傲慢ではないかと自問自答してほしいのですが、そういうことが頭に浮かばない人です。 セクハラ上司の側からは「そんなつもりはなかった」という言葉が良く聞かれます。「あなたはそんなつもりがなくても、相手は傷ついたのですよ」と説明しても、ピンとこない人が多いです。本人からすると親しいつもりでした言動が、相手に不快感を与えていないか、いつもきちんと自覚すべきです。 ただ、そういう人物も、職場では温厚で、周囲の受けがいい人かもしれません。いわゆるワンマンで、怒鳴り散らす上司というタイプばかりではない気がします。 というのは、まず女性の部下に「相談に乗ってあげる」と誘ってくるパターンも多かったりするので、おそらく女性から警戒感を持たれにくい人が多いのかなと予想しています。頭から女性を怒鳴りつけるような人だったら、女性の部下と二人きりになるシチュエーションまで作れないのではないでしょうか。 一見すると、普通の人。でも、相手の気持ちに対する想像力が欠如している。そして、あわよくば若い女性と性的なことをしたいと常に対象者を探してチャンスをうかがっているような人。女性の気持ちを慎重に慮ることをしないで、熱しやすく、一方的に思い込んでしまうタイプ。そういう人がセクハラ加害者になるのではないかと思います。
●「嫌なことは嫌だ」とはっきり言っていい
――セクハラに遭わないためには、どうすればいいでしょうか? まずはセクハラを許さないという社内の雰囲気づくりが第一です。セクハラは個人対個人の男女関係のもつれなどではなく、上下関係を利用した行為ですから、職場環境の問題だという意識を皆が持つ必要があります。 そのうえで、セクハラされる側から何ができるかですが、いろいろなケースを見ていて思うのは、やっぱり「嫌なことは嫌だ」と意思表示していいんだということですね。 日本人は、嫌だと思っても、はっきり言わずに、ぼやかすことが多い。職場で角を立てたくないとか、上司に目をつけられていじめられたくない、という心理状態があるし、最近は派遣や有期など不安定雇用が多いので、「クビになったら困る」と思ってしまい、上司と敵対することを過度に恐れて上司に迎合する人も多いです。 さらに言うと、セクハラの行為者はそういう「断れない人」を狙う傾向があるので、相手が拒否しないことに付け込んで余計にセクハラ行為がエスカレートする構造があるように思います。 ――そうした状況に陥らないために、注意すべきポイントはありますか? そのような「負のスパイラル」を断ち切るために、嫌だと拒否するのは誰にでも認められた権利だと勇気を持ってほしいです。嫌だと拒否することが悪いわけではありません。望まない性的行為をされてもそれを我慢しなければならない状況の方がおかしいわけです。 厳しいことを言っているように聞こえるかもしれませんが、私は、嫌だと言えずにセクハラ被害にあった人が、「どうしてあのとき自分は拒否しなかったのか」「自分で自分を守れなかったのか」と自分を責め続けて傷つく姿を多く見てきました。一度セクハラ被害を受けてしまったら、その精神的苦痛は計り知れないのです。 被害を受ける前に、何とかしてそこから逃げ出してほしい。はっきりイヤと言えないまでも、無視するとか、職場以外で接点をもたないとか、誰かに相談するとか、何かできることを見つけてほしい。 そして、部下が正当に「嫌だ」と意思表示をしているのに、上司が逆切れするようだったら、そこまでの職場だということです。本当に上司が逆ギレしてパワハラに発展したり仕事をやめさせられたりする例もあるにはありますが、そういう場合は違法なパワハラ、違法な解雇として労働問題として争うことができますので、早めに弁護士に相談してください。
●会社には「セクハラ相談窓口」の設置義務がある
――もしセクハラをされたら、どこに相談すればいいですか? まず、考えられるのは、会社のセクハラ相談窓口です。現在は、男女雇用機会均等法によって、すべての会社がセクハラ相談窓口を設けなければいけないことになっています。 そして、均等法を受けて、事業者が取るべき指針がガイドラインとして公表されています。ガイドラインでは、事業者がセクハラを未然に防止するため、セクハラについて厳正に対処する方針やそれを周知する義務があるとされています。また、セクハラ相談窓口を設置する義務もあります。セクハラの相談を受けたら、正確な調査をし、行為者に適正な措置を取ることや、相談者のプライバシーに配慮し、相談したことで職場内で不利益な取扱いをしてはならないという義務もあります。 セクハラ相談窓口の設置は2007年に配慮義務でなく「措置義務」になったのですが、そのことを知らない会社もまだまだたくさんあるようです。大企業はちゃんと対処しているところが多いですが、中小企業だと、セクハラの相談をしたのに何もしてくれなかったというケースも少なくありません。 もし会社のセクハラ相談窓口が信用できない場合は、労働組合やユニオン、NPOのセクハラ相談窓口か、各都道府県の労働局の雇用均等室に相談するのがいいでしょうね。 ――なぜ中小企業は対応してくれないことが多いのでしょう? セクハラ相談窓口の措置義務について知らないというのもありますが、もう一つは、会社が少人数のために、対処する方法が限られてしまうという場合もあります。たとえば、セクハラの行為者が中小企業のワンマンな社長で、セクハラの相談窓口が人事部長だったりすると、相談を受けても社長に対して注意できる立場の人がいないなど、どうにも対応できなかったりするわけです。 ただ、会社の業務と関連する中で起きたセクハラなのに、会社が何も対応しなかった場合は、会社にも責任が生じます。私も裁判では、セクハラの行為者だけでなく、会社も合わせて訴えて、損害賠償を請求するというケースがよくあります。
●「酔っていて記憶にない」という主張は認められない
――現実には、会社の飲み会の二次会や三次会などで、酒に酔った勢いで、上司が部下の体を触ったりするケースがあると思います。そのとき、セクハラをした本人が「全く記憶にない」と主張した場合、免責されるのでしょうか? それは、ダメですね。単に「記憶にない」というだけでは、免責されません。完全に意識がなくなって寝ていたから何もしていないという状態ならばともかく、記憶はなくても行為はしているわけで、その時点では意識があったわけですから、セクハラ行為があったことが立証されれば、責任がないということはありません。 ――「セクハラ」という言葉が社会に浸透してだいぶ経ちますが、セクハラは減っていないのでしょうか? セクハラに対する意識は高まっているかもしれませんが、かつては泣き寝入りしていたようなケースが顕在化している部分もあると思います。以前よりもセクハラが大きく減ったという印象はありませんね。 最近は、メールやLINEなどインターネットのツールの普及により、さきほど紹介したような「疑似恋愛的なセクハラ」が増えているような気がします。 特におじさんたちは、若い女性とメールやLINEでプライベートな内容のやりとりをしたり、女性がハートマークを送ると好意があるんだと勘違いする傾向があります。そのあたりは世代間や性別によるカルチャーギャップがありますね。 若い女性たちに「なんでこういうのを送ったの?」と聞くと、「そのくらい誰にでも送りますよ」と答えたりして、私でも驚くことがあります。だから、いつでも相手との間にそういうギャップがあることを前提にしないといけないと思います。真摯な気持ちを忘れてしまうと「いける」と誤解して、結果的にセクハラに走ってしまう。そういうケースが増えていると思います。
【取材協力弁護士】
山崎 新(やまざき・あらた)弁護士
2009年弁護士登録。東京弁護士会・両性の平等に関する委員会委員長。日本労働弁護団・女性労働プロジェクトチーム。離婚、相続、労働、その他一般民事を扱うが、DV、セクハラ、性暴力被害など女性の権利に関するものや、性的マイノリティー(LGBT)の人権に関する法律問題に特に力を入れている。
事務所名:クラマエ法律事務所
事務所URL:http://www.kuramae-law.com