「男性学」という学問をご存じだろうか。男性が男性であるがゆえに直面する悩みに着目する学問のことで、仕事でのプレッシャーが増加し、働き過ぎの男性が増える昨今、改めて注目されている分野だ。
内閣府が発表した2015年の自殺者統計によると、男性の自殺者は女性に比べて約2倍。年齢別に見ると40代、50代の働き盛りの男性の割合が増加している。
このような状況の中、男性が生きやすくするにはどうしたらいいのか。男性学を専門としている、武蔵大学社会学部助教の田中俊之さん(40)に、男性が働き過ぎてしまう背景と、これからの男性の生き方について聞いた。
「男は仕事、女は家庭」という過去のモデルが機能しなくなった
――そもそも「男性学」を研究しようと思ったきっかけは何でしょうか
大学時代の就職活動です。学内には真面目な人、バンド活動ばかりで大学に来ない人などいろんな男子がいたのに、就活の時期になるとみんな一斉に髪を染め直し、リクルートスーツを着て、同じ行動を始める様子を見て不思議に思いました。
就職すれば、基本的に40年間フルタイムで働くことになります。現在の年金支給年齢は65歳ですが、将来的に年齢が引き上げられれば、その分だけ余計に働くことになる。これって重大なことで、簡単に決断できることではない。しかし多くの学生が、その事実を葛藤なく受け入れている。同時に、みんなに同じ行動をさせる社会の仕組みに関心を抱いたことがきっかけですね。
――確かにみんなが一斉に就活する様子は不思議ですね。最近は長時間労働を見直そうとする動きも出てきていますが、なぜ男性は働き過ぎてしまうのでしょうか
男性の価値が仕事に集中してしまっていることが大きな要因になっていると思います。高度成長期に、男性が雇われて働き、女性は専業主婦になるというのが主流になりました。このときに「男性稼ぎ手モデル」が完成し、男性が家族の中で果たす役割はお金を持ってくることになった。「男が仕事、女が家庭」というモデルの社会では、男性の評価は必然的に仕事になるわけです。
しかしバブル崩壊後の90年代半ばからは、「男性稼ぎ手モデル」の維持が難しくなりました。かつては男性が頑張って仕事をすれば家族全員が食べられましたから、男性は仕事に一生懸命励めば、価値を認められたんです。でも、経済が不安定な現在は、たとえ正社員であっても20、30代の若い人は、高額な給料はもらえません。
過去に比べて待遇が悪くなっているのに、一家の稼ぎ手は未だに男性であるだけでなく、仕事以外に男性の価値を証明する新しい軸が発見されていないから、男性はたくさん働いて、稼ごうとする。まさに負のループに陥っているのです。
「仕事しかやってこなかった自分の人生は一体何だったのだろうか」と悩む中高年男性
――やはり、男性が生きにくさを感じる背景には、「稼がないとダメ」というプレッシャーがあるのでしょうか
生き方の選択肢が限られているということも挙げられます。大学卒業、結婚、定年という、ワンパターンしかないので、苦しいわけです。しかも、社会が不安定になればなるほど、男らしさとか女らしさとか生まれつき持っているもので自分の価値をはかり、単純な答えを求めようとします。でも「男だから」「女だから」というのは、決めつけに過ぎません。
「自分が抱えている問題は、自分の性別にある」ことを理解すべきです。収入が少ない苦痛や結婚できないのではないかという不安の源は、「男性が一家の大黒柱にあるべき」という考え方が源です。
お金がないことが苦しい、お金がないことに問題があると思いがちだけど、どうしてお金がないと困るのか? 何がそう思わせているのか? を考えていくと、「自分は男性だから」と、自分の性に原因を求めてしまっている。それが問題だと気が付くべきです。
――こうした状況を改善するには、過去モデルを引き継いでいる中高年の男性が変わらないといけない気がします
中高年の男性はこれまでお話した問題について薄々気が付いていると思います。彼らは「仕事しかやってこなかった自分の人生は一体何だったのだろうか」という虚しさを抱えている人もいます。
意識を変えるべきなのは中高年の男性ですが、40代、50代ともなると住宅ローンや子供の教育費があり、お金の問題が絡むので仕事から距離を置くことができず、容易に解決とはいきません。だから気がつかないフリをしている方が楽というわけです。
賃金の格差とか意識の差について、「上の世代」「下の世代」と世代間で分断する傾向がありますが、双方の立場を理解し合う必要があると感じています。上の世代に不満を抱く若い人の気持ちはわかります。でも、感情的に批判すれば一時的には満足するかもしれませんが、それだけでは何も変わりません。長期的な視野でもって臨むべきでしょう。
「自分はたくさん働かなくてもいい」と意識を変えることが重要
――そうした中で男性自身が生きやすくなるにはどうしたらいいのでしょうか
常識がどうとかではなく、「自分がどうしたいか」を考えることです。男性はもっと自分を大切にした方がいい。長時間労働が典型的な例ですが、毎日12時間働く生活を送っていたら健康を害するのは当然です。
会社が悪い、国が悪いなど言われますが、最終的に自分を守れるのは自分だけです。「疲れたな」と感じたら、「会社が」「お金が」と思うよりも前に、「俺が俺を大事にするんだ」と思ってみることが大切です。
―家庭を持つ男性は、家庭と仕事のバランスをどのように取ったらいいのでしょうか
男性稼ぎ手モデルが機能しないわけですから、奥さんが旦那さんに「出世しなくていいよ」というスタンスをとると、男性としてはかなり楽になります。私の調査でも、奥さんから出世しなくていいと言われている男性は、仕事に深くコミットしなくなります。もちろん出世できない、閑職に追いやられることはあっても、会社はそう簡単にクビにすることはできない。
こう言うと、意識を変えるべきは女性のように思われるかもしれませんが、まず男性が「自分は出世しなくてもいい。たくさん働かなくていい」と意識を変えることが重要です。要は、「男性だから」と思わないようにするわけです。
――最後に現代社会を生きる男性に対してメッセージをお願いします
繰り返しになりますが、自分で自分を大切にする心を持ちましょう。社会は急には変われませんから、先ずは自分が変わるようにすることです。男性は「自分が何をしたいか」をもっと真剣に考えていい。社会人としてとか、正社員でなければダメとか思いがちですが、今はどんなに会社にコミットしても、かつてほどのリターンはないわけですから。
もちろん、バリバリ仕事をしたいという人はバリバリ仕事をすればいいし、そうした人を否定するつもりはありません。中には超人のような男性もいますが、大半の男性は超人ではなくフツメン(普通のメンズ)で、そんなに頑張れません。フツメンはフツメンでいい。等身大の自分に気が付くと、生きやすくなりますよね。
【田中俊之さんプロフィール】
1975年、東京都生まれ。武蔵大学社会学部助教。博士(社会学)。社会学・男性学・キャリア教育論を主な研究分野とする。 著書 『男性学の新展開』青弓社、『男がつらいよ―絶望の時代の希望の男性学』KADOKAWA、『〈40男〉はなぜ嫌われるか』イースト新書、『男が働かない、いいじゃないか!』講談社プラスα新書、小島慶子×田中俊之『不自由な男たち――その生きづらさは、どこから来るのか』。日本では“男”であることと“働く”ということとの結びつきがあまりにも強すぎる」と警鐘を鳴らしている男性学の第一人者
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