2016年07月22日 12:22 弁護士ドットコム
裁判員経験者と裁判官や検察官など法曹関係者との意見交換会が7月上旬、福岡地裁で開かれた。裁判員への「声かけ」事件が起きたことを受け、裁判員経験者からは、「対策を徹底してほしい」「顔がわからないようにしてほしい」など要望が相次いだ。
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福岡地裁小倉支部で5月にあった裁判員裁判では、工藤会系の暴力団幹部の事件を審理した裁判員に対して、元組員が裁判所の外で「顔は覚えとる」などと声をかけた。裁判員の安全や、プライバシーに対する不安が広がっていた。
報道によると、意見交換会で、参加者から「食堂や喫煙所で被告の親族と目が合った人もいる。接触がないようにしてほしい」「後で声をかけられないよう、裁判員の前にマジックミラーを置くなど、傍聴席から顔が分からないようにしてほしい」などの意見が出た。
裁判員の安全・プライバシーを守るためにどんな対策が必要なのか。刑事手続に詳しい清水伸賢弁護士に聞いた。
「法律では、裁判員の氏名などの情報は外部には公開されないことになっており、当事者が公開した場合の罰則が定められています。
また、何人も事件について裁判員と接触することは禁止されており、審理に影響を及ぼすような行為をした場合の罰則もあります。
さらに、裁判員に危害が加えられることなどが予想される場合には、裁判所はその事件について裁判官だけで裁判をしなければなりません。
また、間接的ではありますが、評議の内容を秘密とすることで、『誰が・どのような判断をしたのか』といった点がわからないようにされていることも、裁判員の保護に役立つ面があります」
清水弁護士はこのように指摘する。既に裁判員を保護するための制度はあるようだが、それでも事件は起きてしまった。現在の制度は機能しているといえるのか。
「裁判員制度がはじまった2009年5月から、今まで起訴された裁判員裁判の件数は、全国で既に1万件以上であり、終結した事件も9000件を超えていますが(2016年5月末時点)、今回のように裁判員が畏怖するような声かけが問題となった事例は珍しいといえます。その意味では、さきほど述べた裁判員の保護の各制度が機能していないとまではいえないでしょう。
しかし、実際に今回のような声かけが行われている以上、制度や運用を再検討することは考えられます。
たとえば、裁判員の裁判所への往復の方法や裁判所を出入りするタイミング、休廷時間や昼休み等の過ごし方も含め、事件に関して他者との接触の機会を物理的に無くすような方法や、これまでの運用の見直しも検討されるべきでしょう。また、場合によって、さらなる罰則の検討も必要があるかもしれません。
ただ一方で、刑事裁判は、公平な裁判所により、公開法廷で行うことが憲法上の要請です。また、事実認定者が直接、法廷で口頭により訴訟の審理をすることが刑事裁判の原則とされています。
そのため、一律に裁判を非公開にしたり、被告人から裁判員が全く見えないような制度を導入したりすることは問題だと考えられます」
刑事裁判の証人や被害者なども、裁判員と同様、事件関係者から脅されたり、利益誘導されたりするおそれがあるだろう。保護はどのように図られているのか。
「証人尋問の時に被告人から証人が見えなくする遮蔽(しゃへい)措置や、ビデオリンク方式による尋問、被害者の氏名や住所などを法廷で明かさない措置などがあります。
また、証人威迫罪、証拠隠滅罪といった刑罰は、証人保護の意味を持つものです」
こうした制度を裁判員にも導入すべきではないのか。
「裁判員は、事件の審理全てに参加して心証を形成する『事実認定者』です。一方で、証人は、その言い分が法廷に出れば目的を達せられる、いわば『証拠の一つ』です。
そのため、証人と裁判員を直ちに同列に論じることは適当ではないかもしれません。
とはいえ、裁判員や証人等が安心して参加できないと刑事裁判の適正な実施も困難になるため、被告人の権利や刑事裁判のルールを守りつつも、十分な検討は必要でしょう」
清水弁護士はこのように述べていた。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
清水 伸賢(しみず・のぶかた)弁護士
企業法務から交通事故などの一般民事事件、遺産分割などの家事事件まで幅広く取り扱うとともに、裁判員裁判を中心とした刑事弁護にも精力的に取り組む。日弁連刑事弁護センター委員、大阪弁護士会刑事弁護委員会担当副委員長(裁判員部会)。
事務所名:WILL法律事務所
事務所URL:http://www.will-law.com