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ぼくのりりっくのぼうよみ、“多様性の時代”をシビアに語る「選択肢自体はいっぱいあるけど、安直なものがデカ過ぎる」

2016年07月20日 21:01  リアルサウンド

リアルサウンド

ぼくのりりっくのぼうよみ(写真=三橋優美子)

 ぼくのりりっくのぼうよみが7月20日、EP『ディストピア』をリリースした。収録曲の「Newspeak」、「noiseful world」、「Water boarding」では、ジャズの要素を取り入れたリリカルでポップな音世界を生み出すと同時に、ジョージ・オーウェルのディストピア小説『1984』に言及しながら、ネット社会を生きる現代人の意識についてシニカルな筆致で描いている。さらには、“CDの遺影”を抱えたアートワークをはじめ、音楽業界やクリエイティブのあり方についても問題提起を行なった本作を、デビュー半年を経たぼくりりは、どんな心境で、いかなるコンセプトの元に作り上げたのか。今回のインタビューでは、初回限定盤に封入された書き下ろし短編小説についても話を聞きつつ、より多様性を求めたというトラックの制作過程などから、現在の彼の創作スタンスを探った。(編集部)


(関連:ぼくのりりっくのぼうよみが語る、ネットと音楽のリアル「僕自身すぐにコロコロ変わっちゃう」


・「今は語彙が減って、思考力が弱くなっている」


ーー新作EP『ディストピア』、楽曲としてはとてもポップに仕上がってますね。


ぼくのりりっくのぼうよみ(以下、ぼくりり):ありがとうございます。ポップにまとめるところは、けっこう意識しました。


ーー初回限定盤に封入された小説にも表れているんですが、言葉の面では閉塞感、重たく暗い部分がありながら、歌になると突き抜けている。


ぼくりり:そうですね。歌詞の世界観は思ったより鬱々とした暗いものになっちゃったんですけど、全体としてはまた別の印象があるかなと。


ーー『ディストピア』というタイトルもそうですが、ジョージ・オーウェルの小説『1984』に出てくる「Newspeak」という新言語を冠した楽曲も収録されています。この小説が作品を作るきっかけとなったのでしょうか。


ぼくりり:最初から『1984』をフィーチャーしようと意図したわけではなくて、普段、僕が暮らしているなかで思ったこと――つまり、語彙が減って、思考力が弱くなっているよね、みたいな曲を作っている途中で、「あ、これってオーウェルみたいな感じだな」と気づいたんです。その象徴として「Newspeak」という言葉を後から乗っけて。


ーー爆発的にネットワークが広がる中で、実は不自由になっている部分があると。それは本作の一貫したテーマだと思いますが、ご自身はどんな場面でそういうことを感じますか。


ぼくりり:Twitterを見ているとよく感じますね。良い悪いということではなく、文字数制限もあって、どうしても言葉を削る方向に行くじゃないですか。ある考えを伝えようとするとき、すべてを描写するのではなくて、過激な一部分だけを切り取る。インターネットって、そういうところがありますよね。ニュースサイトでも、見出ししか見ないで叩く、ということもある。「CITI」もそうですが、そのことに対して別に怒っているとか、戦うということではなく、「こうじゃないですかね」というくらいの温度ではあるんですけど。


ーー楽曲制作という意味では、どんな順序で作っていったんですか?


ぼくりり:今回はイチから、「にお」さんという人と2人でつくりました。曲の原型を作ってもらって、リリックをそこにちょっと合わせて、というやり取りを何往復かして。ほぼ同時進行なんだけど、向こうが少し先、という感じでした。右足、左足…と自転車のペダルを回すような感覚というか。


ーー美しい曲でありながら、耳を澄ますと絶望的なことを歌っている、という捉え方も出来る作品だと思います。サウンド面ではどんなことを意識しました?


ぼくりり:「この音はぼくりりらしい」「この音はそうでもない」と、自分の方向性をいろんな人に決定されてしまうのが嫌で、いろんな種類の音楽をやろうと思いました。音楽的な完成度の高いものを目指すのは当然なんですけど、同じ方向にガッと進むより、少し蛇行して、いろんな畑を耕しながら進んでいきたいなって。


ーー今回は生音、鍵盤の音も効いてますが、耕した“畑”とは?


ぼくりり:ジャズテイストでポップなものをやろうと。ビッグバンド的なものも好きなので、もっとジャズっぽいものもやりたいな、と勝手に企んでいるんですけどね。聴き心地はいいのに、どこか張り詰めているものーー今作ではそれをがっちりやろうと思っていたんです。聴いている感覚と歌っている内容が実はあまりリンクしていないというか、それこそ2曲目の「noiseful world」みたいに、明るめのバラードで「感性が死んじゃう」みたいなことを歌ったり。におさんがJ-POPをがっつり通ってきている人なので、僕の歌詞、メロディーで生まれるものとのバランスがよかったと思います。


ーーあえて伺うと、「ぼくりり」の音楽活動はとても順調で、そのなかでネットというのはブースターの役割を果たしましたよね。そういう恩恵を受けつつ、同時にシビアな見方も持っているのが面白いと思うのですが、ご自身の中ではネットをどう位置づけていますか。


ぼくりり:インターネット自体はすごくいいものだと思っているんですが、それによって思考が分散することに、僕らがまだ対応できていないのかな、と思うんです。メールを打っていたら途中でLINEが来て、それに返事をしていたらフェイスブックの通知が来て、あらあらあら…って。単純に情報過多で、咀嚼する時間がないから、判断する間もなく右から左へ、という感じ。道具としては有用なもので、ただそれをうまく扱えているのか、という問題です。


ーーAIが人間より賢くなる、いわゆるシンギュラリティの到来も現実味を帯びてきました。


ぼくりり:ヒューマニズム的な観点から、そういう “無機的な進化”を悪だとする風潮もありますけど、僕はワクワクしますね。機械と人間の距離が近づいて、一体化するような未来、単純にすごい楽しみです。


ーー今はその手前の時代だと思うんですけど、この3曲で表現されているのはそれに対する戸惑いではなく、独特な距離感でしょうか。「現状報告」というか。


ぼくりり:そうですね。人間と機械が一体化していくときに、よりよくなって活躍する人と、ダメになっていく人がいると思うんです。要するに、これまでは働かなければご飯が食べられなかったけれど、「ロボットに任せて寝ていればいいや」と考えてしまう人がけっこういると思う。今回の曲では、そういう人たちのことを書いているんですよね。「Newspeak」なら、語彙がなくなって、考えられなくなって、感性を失う。「noiseful world」なら、情報を処理するのに時間と能力が追いつかなくなって、思考停止。そういう人たちが、“便利”な未来において何もしなくなる人たちなのかなと。僕はどちらかというとがんばって活躍する方の人間になりたいので、そのための意思表示でもあります。


ーー「Newspeak」的に語彙が減っていって窮屈になっていく中で、その突破口がもしあるとしたら、どんなことだと思います?


ぼくりり:単純に考える時間を増やして、思考する筋肉を鍛えればいいんじゃないかなと。何か新しい情報があるとき、それに対するアプローチは3種類くらいあると思っていて。つまり、頭ごなしに否定する、全面的に受け入れる、そして、「これはどうなの?」ってちゃんと検証する。この3番目の作業がどうしても足りていないように見えて、みんながそうしたらもっと楽しくなるのにな、と思います。『1984』と今回の小説を読んでもらって、それを素材にして検証作業をしてもらえたら楽しいですね。


・「実験の場を与えてもらっている」


ーー今回の小説は「Water boarding」という曲と連動していて、窒息感のある悪夢的な状況をこれでもかと描いています。ある意味で救いがない世界ですけど、楽曲バージョンだとやっぱり心地よくなるのが面白いですね。


ぼくりり:それが音楽の力なんでしょうね、ストリングスがいっぱい入っている曲をやりたかったんですよ。トラックをお願いしたbermei.inazawaさんはアニメ『ひぐらしのなく頃に』シリーズのテーマ曲などを手がけていて、「対象a」という曲の鬱々とした感じがメチャクチャ好きなんです。小説と連動した曲を作ろうと思ってコンセプトが出てきたときに、inazawaさんと初めて会って、「あ、こういう世界にしよう」というアイデアが急に降ってきたんですよね。ホワイトボードに「水が降ってきて死んじゃうんですよ。穴が空いてて、それでこうなって」って、一気に説明して。


ーー危機的な状況だけれど、ロマンチックですよね。少し距離をとって眺めると、映画の素敵なシーンかもしれない、と思える不思議な曲です。この3曲は、ご自身のなかで一貫した世界観の作品という感覚ですか?


ぼくりり:そうですね。「Newspeak」と「noiseful world」では“失う原因、理由”を書いていて、「Water boarding」では“失われていく過程”を描写しています。考える能力を失う、というモチーフは変わらないんですけど、角度が違うというか。盤全体としてはコンセプチュアルな感じになっているのかなと。繰り返すように、別にそういう未来を悲観的に捉えているわけじゃなくて、失っている人もたくさんいると思うけれど、失わない人もけっこういると思うんですよ。


ーーさて、メジャーデビュー後、特に去年の暮れあたりからライブを重ね、取り巻く状況も変わってきていると思うのですが、ご自身ではどうですか。


ぼくりり:実験の場を与えてもらっている、という感覚が強いですね。僕が「これをしたいです」と言ったら、みんながそれをするために動いてくれる。こんな機会ないじゃないですか。無難に売れよう、みたいなことより、やりたいことをどれだけ試せるか。より大規模な実験ができるようになってきているので、このままいろいろやってみたいなと思っています。


ーープロフェッショナルなミュージシャンやディレクターと仕事をする機会も増えたと思います。


ぼくりり:実際にセッションするとすごい楽しいですね。僕の音楽は打ち込みの音が多かったりして、無機質な感じをけっこう受けると思うんですけど、そういうものに対して、スタジオに入ってみんなでその場でやる、というのが楽しい。僕の曲なんですけど、有機物的というか、生き物感が出てくるというか。予定調和じゃない、どうなるかわからないのがいいですよね。


ーー自宅で作業しているだけではわからないもの?


ぼくりり:そうですね。特にライブでは生の経験をしていると思います。実はこの前、1回ライブで歌詞が飛んだんですよ。それがライブでの初めての大きな失敗だったんですけど、もちろん反省しつつ、「ああ、こういうこともあるのか」と思いました。


ーーどうやってその場をしのいだんですか?


ぼくりり:普通に「歌詞が出ません」と言って、次の曲に行きました(笑)。生きている意味というと大袈裟ですけど、僕が生でその場にいる意味というのがあるのが、ライブなんだなと。CDは僕が死んじゃっても聴けるけど、ライブは僕がいないといけない。そんな当たり前のことに「スゴいな」と思ったり。


ーーステージを観させてもらって、とてもライブ向きだと思いました。一方、今作のアートワークではCDの遺影を持って…という、象徴的なこともしていて。


ぼくりり:CDは単純にデバイスとしてもう時代遅れかな、と。評判がよかったバージョンのOSみたいなもので、売れすぎちゃったから、愛着もあってなかなか更新ができなかったんだと思うんです。単純に「更新しましょう」みたいなことを言っている人がいなかったから、ちょっとやろうかなくらいの感じで。


ーー記録メディアが変わっていくと、作品のあり方も変わってくると思います?


ぼくりり:僕は「作る」段階と「売る」段階が分かれていると考えていて、作るときはあまりそういうことは意識しないんですよね。つまり、やりたいことをやる。アルバムとしてバランスがどうかな、とは考えますが、それも曲を作る段階では考えていない。構想、制作、販売という3段階あると思っていて。最初と最後、構想と販売のときにはその内容を考えますけど、制作のときはもう純粋に、自分がやりたいことをやるだけ。だから、自分への影響はあまりないと思うんですけど、単純にCDを売ってみんなが買う、という文化が根付いてきたなかで、それがなくなろうとしている状況は、観察対象として面白いですね。ひとつの時代の終焉が来るときに、そのど真ん中、末席を汚す位置に座っているのは、とても貴重な体験だなって。


ーーさきほどAIのお話もしましたが、音楽の未来はどうなると考えますか?


ぼくりり:楽しいものになると思いますよ。いろんな人が言っていますけど、中世くらいに戻るだけなのかな、と思うんです。好きな人が好きなだけ払って、というか。


ーーパトロン的なものの復活ということですね。


ぼくりり:そうです。昔は愛の程度にかかわらず「一律2000円で買ってください」とするしかなかったけれど、時代の進化で、払いたい人はいくらでも払えるような環境を作ることが可能になりましたよね。クラウドファンディングもそうだし、CDに握手券をつけるのもそう。誰でも望むだけ、クリエイティブに支援することができるような環境になるというのは、すごく楽しいことだなと思います。


ーー日本の場合は、同じものは一律の値段で、という美徳が今なお強いですね。


ぼくりり:そういうのも変えてやりたいんですよね。ワンマンライブを始めたら、チケットの値段についてもいろいろ考えてみたいなと思います。音楽のクリエイティブだけじゃなく、そういうメタ的な活動にも興味があるんです。


・「窓口になれたら面白い」


ーーデビュー以来、半年ぐらい取材を受けたりライブに出たりするなかで、「音楽業界、ちょっと古いな」と思うところもあったのでしょうか。


ぼくりり:正直、「みんなあまり先のことは考えていないんだな」というところは少しありますね。というのも、目の前に課題が山積しすぎていて、「何ヵ月後にリリースだ、とにかくやらなきゃ」って、手が回っていない。


ーーそういう状況を変えていきたいと。


ぼくりり:そうですね。あまり長期的なことは考えていませんが、例えば「メジャーに行ってタイアップをバンバンやって」という王道と、「アングラで1000人に向けて、好きなことを細々とやる」みたいなところと二極化しているようなイメージがありますが、けっこう大きな規模でもめちゃくちゃなことができるんだ、と思ってほしいというか。メジャーでCDを売っているのにCDの遺影を持って「葬式を開きます」とか言っている、訳の分からない人がいるのか、と(笑)。豊かさって、選択肢の多さだと思うので。


ーー選択肢、多様性というのは、「Newspeak」にかかわるテーマですね。音楽業界において、選択肢は増えていると思いますか?


ぼくりり:選択肢自体はいっぱいあるんですけど、安直なものがデカ過ぎて、そこにしか目が向かなくなっちゃっているような気がします。やっぱり、ネットで手軽に、触れる前と触れた後で何も変わらないような文章や制作物に触れている時間が長すぎるのかな、という感じはしますね。


ーーそこに「ぼくりり」として介入して、新しい選択肢を提示すると。


ぼくりり:そうなるといいですね。いろいろ面白いことはあるのに、そこにどうしても届かないというか、目が行かないということは多いので、「こんなものもありまーす!」みたいな窓口になれたら面白いなと思っています。


ーーさて、今回は『ディストピア』という作品にまとまりましたが、次回作はまた違う視点になりそうでしょうか。


ぼくりり:アルバムも制作中ですが、それがこの『ディストピア』を回収するものになると思います。


ーー本作の世界が、2ndアルバムにつながっていくということですね。


ぼくりり:そうですね。今回の小説の最後で、そういう予告もしています。“次は期待を持てるかな”って。あまり沈み過ぎると悲しいかなと思うんですよね(笑)。


ーーちなみに、大学生活は慣れましたか?


ぼくりり:行ったり行かなかったりで、これから面白くなればいいな、という感じですね。高校生のときと比べると、「締め切りスイッチ」が入るようになりましたね。「1週間後が締め切りだ、作ろ」みたいな(笑)。僕にとっての曲作りは人に頼んでやってもらう、というプロセスがあり、自分の内側にどれだけ潜れるか…みたいなことではなく、コミュニケーションが基本なんです。だから、締め切りみたいな分かりやすい枠を意識したほうが、進めやすい気がしています。


ーーそういう意味では、今回は内面描写にも見えるような曲がそろっていて、ご自身のある一面を純化したところがあるのでは?


ぼくりり:そうですね。僕のそういう面だったり、ほかの人のそういう面だったり。


ーー今後それがどう変わっていくのか、楽しみです。


ぼくりり:いちおう、2ndアルバムではちょっと救われ気味にしようかなと考えているんですけどね。たまには救われるぞ、みたいな(笑)。どれくらいの救いになるかは、まだわからないんですけど。


ーー作ってみたら違う結論だった、というのも面白いかもしれません。


ぼくりり:そうですね。方舟も沈没する、行けると思ったら途中で壊れちゃうみたいな。“蜘蛛の糸”みたいに、途中に切られちゃうかも。小説もまさにそんな感じですしね。お楽しみに!


(神谷弘一)