国民の2人に1人ががんになるとされている現代で、新しい治療薬の登場は喜ばしいことだ。しかし、そんな待望の新薬が今「国を滅ぼしかねない」と危惧されている。伝えたのは、7月13日の「クローズアップ現代+」(NHK総合)だ。
がんの新薬「オプジーボ」は、従来の抗がん剤とは違うアプローチでがんを消していく画期的な治療薬だ。「免疫チェックポイント阻害剤」と呼ばれ、手術、放射線、化学療法に次ぐ新しい治療法で、末期がんにも効果があると期待されている。2015年夏には肺がんへの保険適用が認められた。(文:みゆくらけん)
「年間1兆7500億円のコスト増」になるかも
4年前に肺と食道にがんが見つかった伊坂光男さん(74歳)は、手術や抗がん剤治療を繰り返してきたが、治る見込みがなかった。しかし保険適用になったオプジーボを2015年12月から使い始めたところ、みるみるうちに腫瘍は小さくなっていった。伊坂さんにとってはまさに、命を救ってくれた「夢の薬」だ。
しかしこの新薬、非常に高額で、1人分の1回の点滴に100万円以上のコストがかかってしまう。体重60キロの患者の場合、ひと月にかかる費用は266万円だ。しかし70歳を超える伊坂さんの場合、医療費の自己負担は1割。さらに高額療養費制度もあるため、実際に支払っているのは、毎月1万2000円だ。
「1万2000円でやってくれるという、ありがたさは身にしみとる」(伊坂さん)
保険制度がなければ、よほどの金持ちでない限り、ほとんどの人がオプジーボでの治療はできない。スタジオゲストの全国がん患者団体連合会理事長・天野慎介氏も「金の切れ目が命の切れ目になりかねない」と伝えていた。
一方で、高額なオプジーボが医療財政を破綻させると危惧する声がある。日本赤十字医療センターの國頭英夫医師によると、仮に対象となる肺がん患者の半数5万人が、1年間オプジーボを使えば、総額1兆7500億円のコスト増になるのだという。
「高齢者は助かっても、他の者が助からんなら意味がない」
年間8兆円を超す国の薬剤費に、さらに1兆7500億円……。1つの薬で考えれば、あまりに莫大なコストである。国民皆保険がダメになるというレベルを超えて「国が破綻するのではないか」と警鐘を鳴らす國頭医師は、保険適用に制限を設けることを提案する。
「75歳を過ぎたら、あとは寿命。100歳の患者を(年間)3500万円をかけて、101歳にするのかと。高額をかけて寿命を延ばすような治療は(保険の)適用から外すというようなこと以外に、私は今の段階では思いつかない」
この提案には、意見が割れている。ある肺がん患者は「国民皆保険(の理想)を崩しますよ、という話じゃないですか。僕ら死んじゃいますよね」と抗議する。伊坂さんも「それはないと思う」と悲しそうな顔をしてこう話す。
「(年齢制限は)『がんになったら死んでいけ』というのと一緒や」
74歳の伊坂さんにとって、年齢制限は非常に切実な問題だ。しかし、オプジーボだけではなく、高額な新薬は今後も続々現れる。國頭医師の意見は「手遅れになる前に策を取らなければならない」いう深刻な事態を物語っている。伊坂さんは愛孫を見つめてこうも語る。
「でも高齢者は助かっても、他の者が助からんなら意味がないやん。これからまだ、若い子いっぱいいてるやん」
間寛平は「無駄な税金を省いて」というが
自分の命が助かっても、孫の世代に負担をかけるのはよくない――。そんな伊坂さんの想いに、ゲストの間寛平は神妙な面持ちだ。
「最後のあの言葉、厳しいねぇ。ガツンと来るね」
高額医療の負担については「国が負担したらどうかなと思う」とし、無駄に使っている税金を省いて財源を確保すべきだとコメントしていた。しかし、東京大学大学院薬学系研究科医薬政策学・特任准教授の五十嵐中氏は「それだけでは立ち行かない状況になりつつある」と話す。金額があまりに莫大なのだ。
ちなみに、オプジーボが効くのは患者全体の2割から3割といわれている。莫大なコストをかけても効果がない患者が半数以上もいるのだ。しかも腫瘍がいったん大きくなってから効果が出るケースもあるため、治療を止める判断は難しい。つまり、オプジーボ治療にかかる医療費を減らすのは容易ではない。保険でどこまで患者を守るのか? 高齢化社会の大きな課題である。
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