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寺嶋由芙の努力はついに結実したーー25歳生誕ライブで起きた“ちょっとした奇跡”について

2016年07月12日 17:02  リアルサウンド

リアルサウンド

『寺嶋由芙 Solo Live 2016 ~わたしになる~』の様子。

 グループ・アイドル全盛の現在のアイドル・シーンを少しでも知っている人なら、ソロ・アイドルがライブの動員を増やしていくことがどれほど困難なことか知っているだろう。正直なところ、25歳にしてソロでの動員記録を更新したアイドルの姿には驚かされたし、開演前に人で埋まった会場を眺めながら勝手に感極まってしまった。


 それは2016年7月8日、寺嶋由芙の25歳の誕生日に新宿BLAZEで開催されたワンマンライブ『寺嶋由芙 Solo Live 2016 ~わたしになる~』で起きたちょっとした奇跡だ。いや、必然だったとも言えるだろう。


 寺嶋由芙は、2016年6月1日からディアステージに移籍したばかり。そして、2016年5月27日~29日(前夜祭も含む)に開催されて、いろいろな意味で話題になったイベント『ガールズ・ポップ・フェスティバル in 淡路島』での奮闘ぶりが、BuzzFeed Japanの記事「ヒドすぎて伝説となった淡路島のフェスで、『女神』になったポジティブアイドル」で紹介され、大きな反響を呼んだ中でワンマンライブを迎えた。


 寺嶋由芙という人は、常軌を逸したゆるキャラ好きではあるが、奇をてらった活動をしているわけではない。どういう状況に陥っても、怒りや嘆きをほとんど表に出すことなく、笑顔とユーモア(それは多少の毒を含んでいることもある)とともに対応してきた人だ。そうした寺嶋由芙のスタンスが、ワンマンライブ直前にバズっていたことは、これまでの彼女の活動が評価されたようなものだった。淡路島からの追い風を生み出したのは、それまでの寺嶋由芙の姿勢そのものだったのだ。


 開場の様子を見ていて驚いたのは、女性の多さだった。そして、ゆふぃすと(寺嶋由芙のファンの総称)は謎の風船をフロア後方に大量に持ち込んで隠し、その後はシュッシュッと空気を入れる音が鳴っていた。そうしている間にフロアは満員に。新宿BLAZEは、寺嶋由芙のソロ・キャリアで最大キャパシティの会場だったのだ。


 「ゆっふぃー」という寺嶋由芙の愛称をゆふぃすとがコールし、手拍子を打つ中で会場が暗転。バナナラマの「ヴィーナス」が流れる中、白をベースにした新衣装を着た寺嶋由芙がステージに登場した。


 かつて在籍していたグループを脱退した寺嶋由芙が、ソロ・アイドルとしてステージに戻ってきたのは、2013年10月22日に渋谷duo MUSIC EXCHANGEで開催された「アイドル・フィロソフィー Vol.3」だった。そのときのオリジナル曲はわずか4曲。その1曲である「サクラノート」は、後に歌詞と曲名を変更して、ソロ・デビュー・シングルになる。それが、この日の1曲目「#ゆーふらいと」だった。<理不尽も なれっこだって / ねぇ 笑えるよ>という歌詞を書いたのは、でんぱ組.incの夢眠ねむ。それから約2年後、寺嶋由芙がでんぱ組.incと同じディアステージへ移籍することを当時の私たちは知らない。


 2曲目の「ふへへへへへへへ大作戦」は、大森靖子による歌詞が、rionosが作編曲したナイアガラ・サウンドとともに歌われる楽曲。rionosによるストリングス・アレンジが冴えまくっているサウンドでもある。rionosは、最近では花澤香菜の「あたらしいうた」でもストリング・アレンジを担当していた。


 そして、MCを挟んで「猫になりたい!」を歌い、いきなり新曲の「オブラート・オブ・ラブ」へ。初めて聴く新曲のはずなのにMIXを打つゆふぃすとに感心してしまった。この「オブラート・オブ・ラブ」は、「#ゆーふらいと」と同じく夢眠ねむが作詞。作編曲はミナミトモヤで、夢眠ねむとミナミトモヤの顔合わせには、かつてミナミトモヤがでんぱ組.incのために作曲した「電波圏外SAYONARA」の存在を思い出した。「オブラート・オブ・ラブ」は、初披露でも一気にフロアが湧きあがるような楽曲だ。


 「カンパニュラの憂鬱」とMCを挟んで、またも初披露の新曲「101回目のファーストキス」へ。真部脩一が作詞作曲した美しいミディアム・ナンバーだ。曲目は松浦亜弥の名曲「100回のKISS」をもイメージさせる。優しくも複雑なメロディーだが、ひとつひとつの音、言葉にニュアンスを込めながら繊細な歌唱をする寺嶋由芙に聴きほれた。そして、rionosの編曲による管弦楽器の音色のオーケストレーションも素晴らしい。1980年代のアイドル歌謡を彷彿とさせながらも、2016年のアイドルポップスとしての新鮮さをあわせもっている稀有な楽曲だ。


 続く「まだまだ」も初披露の新曲。ヤマモトショウが作詞作曲、rionosが編曲した楽曲で、ギター・ソロに合わせて寺嶋由芙がギターの弾きまねをする振り付けも新鮮だった。そして、続く「ねらいうち」もヤマモトショウが作詞作曲した楽曲で、アップ・ナンバーが2曲続くことに。


 そして、MCで寺嶋由芙が「みんながまだまだ好きがはじまってくれるようにね!」と言うと、背後の幕が開いてバンドが登場した。2015年2月8日に渋谷WWWで開催されたファースト・ワンマンライブ『Yufu Terashima 1st Solo Live 「#Yufu Flight」』以来となるバンド「I wanna be your cat」の登場だ。ギターは岡愛子(BimBamBoom、くらしたち)、ベースはなかむらしょーこ、ドラムはU(U sus U、サンナナニ)、キーボードはrionosという女性のみによる編成。最初に演奏されたミナミトモヤ作詞作曲編曲の「好きがはじまる」は、2013年10月22日のステージで歌われた1曲でもあり、彼女の復活に合わせて書かれた<今度は どこにも 行かないから>という歌詞を、ゆふぃすとも一緒に歌うアンセムである。


 MCで寺嶋由芙がI wanna be your catのメンバーを紹介すると、rionosで推しジャンが発生し、「私のときは推しジャンとかしないくせにさ!」と寺嶋由芙がふてくされてみせる一幕も。続く「初恋のシルエット」「恋人だったの」では、寺嶋由芙のかつてより丁寧な歌唱が印象的だった。


 そして、MCではファースト・アルバムのリリースが9月21日に決定したことが発表された。寺嶋由芙は、自身の環境がこれまで変化してきたことに触れつつ、前に進んで行きたいと述べて、深く頭を下げた。


 それに続いて歌われたアルバム収録予定曲にしてリード・ナンバーの「わたしになる」は、そうした過去のすべてを踏まえたかのような楽曲だ。作詞は、寺嶋由芙が敬愛する歌人にして作家の加藤千恵。作編曲は、フィロソフィーのダンスにソウル色の強い楽曲群を提供している宮野弦士だ。彼は、寺嶋由芙のディレクターである加茂啓太郎に発掘された、若干22歳の俊英である。そして、加藤千恵による<目に見える 手で触れてるものを 強く信じていたい / 甘いままでいい 私になるこのまま>という歌詞は、新たなアンセムになる予感に満ちている。この日の「わたしになる」にも、私は心ひそかに喝采を送っていた。最高だ、と。


 本編ラストは、ミナミトモヤ作詞作曲編曲の「好きがこぼれる」。バンドで演奏されるのにふさわしいロック・ナンバーだ。終盤、寺嶋由芙がゆふぃすとの手に触れていき、「嬉しかった!」と言った声が耳に残った。


 アンコールの前に、まずステージ上で映像がスタート。寺嶋由芙の出身地である千葉県のチーバくんを筆頭に、全国のゆるキャラから誕生日を祝うメッセージが紹介された。


 そして、ゆふぃすとがピンクのサイリウムを振り、巨大な「だいふく」(寺嶋由芙の描いたキャラクターである)のフラッグをフロアで広げる中、寺嶋由芙はディアステージの制服で登場。そして、「寺嶋由芙 with ゆるっふぃ~ず」から、7体のゆるキャラをステージに呼び込んだ。この日駆けつけたのは、ちょうせい豆乳くん、みっけちゃん、ササダンゴン、有明ガタゴロウ、ペッカリー、カパル、オカザえもんだ。


 そして、アンコールで最初に歌われたのは、アルバム収録予定曲の「ゆるキャラ舞踏会」。作詞を担当しているのは、なんと寺嶋由芙と「みうらじゅん&安齋肇のゆるキャラに負けない!」で共演しているみうらじゅんだ。rionosが作編曲を担当した「ゆるキャラ舞踏会」はディズニー・ソングをも連想させ、加茂啓太郎が本気で制作したノベルティ・ソングだとも感じる。


 なお、「ゆるキャラ舞踏会」では、ちょうせい豆乳くんが自分の顔面を外して最前列のゆふぃすとに渡すシーンも。すると、いつの間にか一番後方の関係者ゾーンに顔面があり、そこからステージまでゆふぃすとによって手渡されていった。まるでフロアを顔面だけがダイヴしているかのような光景だった。


 続けて「いやはや ふぃ~りんぐ」「ぼくらの日曜日」を歌った後、マイクを振られた有明ガタゴロウが「もう1曲やるでしょ?」とダブルアコールをバラす展開も。


 そして、ダブルアンコールの「ぜんぜん」では、寺嶋由芙はTシャツ姿で登場。I wanna be your catとゆるっふぃ~ずが一度に登場し、「5人と7体」という寺嶋由芙のライブならではの光景となった。そして、落ちサビ前には、ゆふぃすとが500個も用意した「だいふく」が描かれた風船がフロアに投げ込まれ、ライブの最後の最後に華を添えた。幸福な混沌だ。


 この日のライブは、寺嶋由芙にとって屈指の名曲である「80デニールの恋」など、歌われていない楽曲も多かったが、それでも約2時間のステージを構成できるほど楽曲が増えたことを実感した。思い出してほしい、2013年10月22日のライブでのオリジナル曲はわずか4曲だったのだ。


 初めて寺嶋由芙をステージで見てから早5年、彼女をめぐる環境はさまざまに変化してきた。アイドルという仕事は、必ずしも努力に比例して報われる仕事ではないと感じることもある。しかし、「自分から動かなければ何も変わらない」ということを寺嶋由芙は体現してきた。そのひとつが淡路島でのエピソードだったわけだ。


 そうした寺嶋由芙の歩みが積み重なり、結実したのが『寺嶋由芙 Solo Live 2016 ~わたしになる~』だった。過去から離陸していく寺嶋由芙の姿に、多くの人が夢と勇気を与えられたのではないだろうか。なにより、私がそのひとりだったのだから。(宗像明将)