トップへ

『アンパンマン』映画、少子化でも絶好調の理由ーー“映画館デビュー”支える仕組みと安定の作風

2016年07月12日 15:01  リアルサウンド

リアルサウンド

リアルサウンド映画部

 『それいけ!アンパンマン』は言わずと知れた国民的アニメだ。現在では『サザエさん』と『ドラえもん』に次ぐ長寿アニメ番組であり、今年で28年目を迎える。今年の春から制作局である日本テレビでの放送枠が金曜日の夕方から午前中へと変更されたことが少々話題になったが、子供たちのヒーローは放送時間が変わっても、ヒーローであることには変わりない。


参考:滝沢秀明、濃密ラブシーンで一皮剥けるか? 今夜初放送『せいせいするほど、愛してる』への期待


 総務省の出した人口統計を見ると近年、少子高齢化が顕著に進み、年々子供の数が減少していることがわかる。中でも、いわゆる“アンパンマン期”と呼ばれる未就学児の数は昨年、全人口の5%を切るようになった。しかし、それに逆行するかのように、ここ数年アンパンマン映画の興行成績は上向いているのだ。2012年に公開された『よみがえれ バナナ島』が、第2作目以来となる興収5億円突破を果たし、昨年公開された『ミージャと魔法のランプ』も最終興収は5億4000万円を記録。現在公開中の『おもちゃの星のナンダとルンダ』も、初登場の週末で興収7800万円、観客動員6万6555人という前作に次ぐ好成績を記録し、興行ランキングで5位に初登場を果たした。


 前述した“アンパンマン期”と呼ばれるように、1歳くらいの子供が突然アンパンマンを好きになり始め、成長するにつれて徐々にアンパンマンから離れていくということは、もう何十年も繰り返されてきたことで、一種の成長過程のようなものだ。映画館にはその世代の子供たちと、その保護者以外がほぼいない状態というのが、アンパンマン映画のセオリーなのだが、その子供たちの絶対数が減っている中で、何故人気が上がってきているのだろうか。


 結論から言えば、その“アンパンマン期”の子供たちが、これまで以上に多く映画館に来ているということに他ならない。上映館のほとんどがシネコンということもあって、子連れでも観に来やすい環境が整ってきていること。そして、ターゲットとなる世代の子供たちの「観たい」気持ちと、その保護者たちの「観せたい」という気持ちが常に一致するほどの、絶対的な安心感を維持し続けてきていることがその大きな要因だ。


 現在公開中の映画『それいけ!アンパンマン おもちゃの星のナンダとルンダ』は、これまでとは異なり、同時上映の短編が付いていない。27年のアンパンマン映画歴史で初めて1本だけの上映となっているのだ。しかも、メイン作品の上映時間が20年ぶりに60分を超えたわけだが、これまでは短編と合わせて70分から90分だっただけに、全体的には上映時間が短くなったのだ。このくらいの長さなら、映画館経験の少ない未就学児でも集中力が続きやすいのだろう。


 それに加えて、最近あらゆる映画で増えてきている劇場参加型の取り組みも始めた。昔からアンパンマンを応援する子供たちの歓声が飛び交うことが珍しくはなかったが、今回の作品は冒頭で「アンパンマンたいそう」をはじめ人気の楽曲のライブシーンが登場し、劇場中から一緒に歌う声が聞こえてくるのだ。


 こういったアンパンマンでの映画館デビューを応援する取り組みというのは、おとなしく映画を観ることを学ばせる躾の一環だけでなく、大勢と大画面でひとつの作品を楽しむという、映画本来の娯楽性を存分に味わう経験になるというわけだ。そしてもちろん、以前から一部の劇場で行われてきた、場内を完全に真っ暗にしないで上映する劇場も増えたことで、上映中の出入りもしやすくなっている。これは子供にとっても、映画館という空間に馴れるきっかけとなるし、保護者からしても安心である。


 アンパンマンの人気を支えているのは、そういった興行側の努力の賜物だけではない。2013年に原作者のやなせたかしが亡くなってからも、作り手はアンパンマンの持つ世界を一ミリも動かすことなく守り続けているのだ。変わらないでいてくれるから、アンパンマンを観て育ってきた世代が親となっても、子供たちに受け継いでいきたいと思うのである。おそらく、ちょうどアンパンマンを通ってきた世代の多くが、ここ数年で親になってきたことが、人気再燃の一因になっているのだろう。


 改めてアンパンマンを観てみると、「笑顔」と「勇気」というふたつのメッセージで、大人になるにつれてどんどんぼんやりとしてしまう、すごく人間らしい素直な気持ちを思い出させてくれるのである。昨年の作品と今年の作品は、もうやなせたかしの原作を基にしていないオリジナルの作品だというのに、筆者が子供の頃に観ていたアンパンマンと何も変わっていない。このまま変わらずに何世代にも愛されていく作品になってほしいと思うばかりである。(久保田和馬)