「フライング・スコット」天駆けるスコットランド人と言われたジム・クラーク。1962・63・64・65年とイギリスGPで4連勝、67年を制して最多5勝。誰もが認める最速レーサーであった。
50回目の開催を迎えたシルバーストンで最大の注目点は、2014年から連勝中のルイス・ハミルトンが3連勝できるかどうか。クラークのあと、誰もできずに半世紀が過ぎた。「やっちゃえ、ルイス」──そんな個人的な思い入れがあった。
金曜の生中継を担当、5年ぶりに組む西岡アナウンサーと伝統あるサーキットの物語について打ち合わせ中に雑談を。勉強家の彼は、伝統のイベントの重みや格調の高さを、よくわかっている。ハミルトンは初日から、いつも以上にきめ細やかに過半数が高速となる18のコーナーを丁寧に攻めた。普段あちこちでロックアップするのに節度があり、ブレーキングポイントがずれない。メートル単位、コンマ秒単位でしっかりつかめていた。フリー走行1回目から昨年のポールポジションタイムを更新する完璧なリズム。
1960年代にクラークは、あらゆるコーナーを定規で測ったような、きれいな4輪ドリフトで駆け抜けた。豪快というよりも華麗で、ファンのみならずレース関係者さえ魅了された。1985年生まれのハミルトンがクラークなど知らないのは当たり前、アイルトン・セナが彼のアイドルなのだから。だが、いまのルイスはクラークに迫る存在になれるかもと思える週末だった。
今年、客席には高齢ファンの姿が目立った。ウインブルドン・テニス決勝もあるのにスタンドは超満員。勝手な想像だが、クラークやグラハム・ヒル、ジョン・サーティースら英国の全盛期を懐かしみ、それをハミルトンにだぶらせる思いがあったからではないか。1965年にはイギリス人ドライバーがトップ5を独占。4連勝クラークに、ヒル、サーティース、マイク・スペンス、ジャッキー・スチュワートが続いた。しかし今季はハミルトンだけ、バトンには期待できずパーマーは無理。ベテランたちはハミルトンひとりに思いを寄せ、賭けた。
スタート25分前、北から雨雲が来た。旧ピットストレートのあたりは土砂降り、南側ハンガー・ストレートはそうでもない。濡れ乾きハーフ&ハーフの路面コンディションを、観戦に来ているチーム従業員がスポッターとして報告する。ドップラー・レーダーよりも貴重な情報だ。セーフティカー(SC)先導スタート、全車ウエットタイヤ装着が決定。ポールシッターにとっては望ましくない。SCペースに従わねばならず、2位以降は間隔を調整しながらウォームアップできるからだ。
1周目は3分オーバー、2周目は2分54秒、2分52秒、2分49秒と懸命にSCドライバーはペースアップ。それでもリヤブレーキとタイヤが冷えるとハミルトンは悲鳴を上げながら、テンションを上げていく。
5周目にSCが退去すると、先頭ハミルトンはブレーキングポイントを懸命に探り、突っ込みミスを避けつつ水煙をニコ・ロズベルグに浴びせた。前を行くアドバンテージと水たまり路面に最初に突っ込むリスクは、イーブン。そこをしのぎ路面状態を見きわめ、7周目にインターミディエイトヘ。意識的にアクセルオンを強めて、リヤの発熱を促す走り。やりすぎるとスピンする“水上の綱渡り”で、2位を争うロズベルグとマックス・フェルスタッペンを引き離す。
17周目にミディアムタイヤへ交換。トップを行くハミルトンは、すでに6秒以上リードしていたが28周目の1コーナーでオーバーラン。大ピンチの瞬間、2番手フェルスタッペンもふくらんだ。中盤ここでコースオフが相次いだ原因はシンプルだ。まだバンプに水たまりがあり、ラインが乱れる。スピンしたマシンが水を周囲にまき散らす。乾きかけていたはずのラインが濡れて、後続車もスピン。この連鎖が、しばらく続いた。
難攻不落のシルバーストンを制するには、マシンもパワーユニットもタイヤも戦略も最高レベルでなければならない。それに加えて濡れ乾きの路面では、とくにドライバー力が求められた。勝ってはしゃぎ、これ見よがしにファンサービスに興じたハミルトン。あえて言うなら、これをロズベルグはしっかり見届け、3位降格にも気落ちすることなく立ち向かうべきだ。7月の前半戦は1点差で折り返し、夏のチャンピオンシップに火がついた──。