2016年07月11日 10:32 弁護士ドットコム
近年、都市部で待機児童問題が大きな話題になっている。今年2月には「保育園落ちた日本死ね!!!」と冠された、子育て中の母親が書いたブログが大きな話題となり、国会でも大きく取り上げられた。
【関連記事:保育園建設に近隣住民が「家屋の資産価値が下がる」と反対、どう考えるべき?】
この問題を取材する中、保活(保育園探し活動)をしている母親たちから切実な声を聞いた。
「子どもを預ける保育所が見つからないと職を辞めないといけないんです」
「不安で夜が眠れなくて。全員入れるよう場所を確保して欲しい」
ほかにも、「見学申込みするだけで人気歌手のチケット争奪戦のようになる」という話や「問い合わせだけで3、40か所電話した」という話も聞いた。子どもが保育園に入れるかどうかが、彼女たちのキャリアを左右する事態となっている。この問題をおさらいするとともに、法的な観点からも考えてみたい。(取材・構成/西牟田靖)
2008年のリーマンショック以後、働く母親の割合が大幅に増え、待機児童問題が急激に深刻化した。日本全国の県庁所在地レベルの都市では、共働きが根付いている北陸以外で、今やこの問題はどこでも存在する問題となっている。厚労省が発表した昨年4月時点のデータによると、その数は全国で2万3167人、潜在的な数を含めれば、その数倍といわれている。(以上のデータは『サンデー毎日』2016年5月22日号の拙記事より)
この問題を解決するために、各自治体は受け入れ可能人数を大幅に増やすべく、認可保育所やその他の保育施設の建設・設置を急いでいる。例えば、東京都の杉並区では「すぎなみ保育緊急事態宣言」を発表、2017年4月に「待機児童ゼロ」を達成するべく、公園、学校、高齢者施設、区職員福利厚生施設といった区立施設や用地の転用を図るなど、取り得る方策は全て講じるとしている。
(杉並区ホームページ:http://www.city.suginami.tokyo.jp/hoikukinkyu/1024114.html)
ところが、各自治体の待機児童問題解消の取り組みによって、軋轢が生まれている。千葉県市川市では、4月に開園予定だった市立保育園が近隣住民の反対運動によって建設が中止となった。
(弁護士ドットコムニュース『「子どもの声が聞こえない街はよくない」住民反対で保育園建設断念、市川市が経緯語る』https://www.bengo4.com/internet/n_4530/)
4月12日に開かれた会見で、こども施設計画課の小西啓仁課長は、「去年(開園が)決まった保育園の中でいちばん大きなものだったので、極めて残念」と語った。昨年8月に開園を伝えたところ住民の反対運動が始まった。秋には募集を開始したものの、住民の理解が得られないために、3月に開園を断念した。反対意見として多かったのは、道の狭さによる安全面への危惧、子どもの声などによる騒音、説明不足などだったという。
5月に大きく報じられた杉並区久我山東原公園のケースは、敷地の3分の1を保育園建設のために利用しようという区の計画に対し、2750筆もの反対署名が瞬く間に集まった。建設が頓挫したり反対運動が起こったり、といった事案が各地で相次いでいる。
廃棄物処理施設(ゴミ焼却施設)や火葬場、霊園、刑務所といった施設は、地域に建設されることで住民が迷惑と感じてしまうことから、「迷惑施設」と呼ばれている。そうであれば、建設に反対する報道が相次ぐ保育園も迷惑施設なのだろうか。数々の行政訴訟に関わってきた弁護士は語る。
「保育園をうるさくて迷惑だと感じる住民がいるという点で、廃棄物処理施設や霊園、刑務所などといった迷惑施設と共通しています。廃棄物処理施設は住民の生命、身体に直接的な被害を及ぼしかねません。
火葬場や霊園は一般的に、縁起が悪いと考えられていますし、刑務所も近くにあれば、脱走したらどうするのかという問題があります。こうしたイメージの悪い施設は住民への心理的被害が考えられます。しかし、保育園はそうした被害が考えられないという点において、事情が異なります」
迷惑施設は法的にどう取り扱われるのだろうか。
「迷惑施設は法的に定められたものではありません。ただ、廃棄物処理施設のように、直接的に健康被害などが考えられる施設であるならば、環境アセスメントという制度があったり、地域住民の意見聴取をする手続きが法的に定められたりしています。保育所については、自治体主催の説明会が自主的に開かれてはいますが、そうした手続きが法的には全く定められていないというのが現状です」
廃棄物処理場などと同様に、建設差し止めの裁判を起こすことは難しいのか。
「地域住民が人格権に基づき、差し止め請求訴訟を起こすこと自体は簡単です。ここでいう人格権とは、生命や健康、名誉、プライバシーといった利益を有する権利のことです。
しかし、勝訴するかという話であれば、まず無理でしょう。基本的には子どもの声がうるさいというレベルですよね。それだけでしたら受忍限度、つまり普通の社会生活を営むに当たっては、我慢しなければならないレベルと判断されます」(同上)
では先ほど紹介した千葉県市川市のケースはどうなのだろうか。
「提訴にはなっていませんが、保育園側が建設を断念しました。反対運動が起こってしまえば、たとえ法的には何の問題がなかったとしても運営はかなり難しい。だからこうした場合、たいていは断念してしまいます」(同上)
裁判で建設差し止めが認められる可能性が低いにせよ、結局は反対運動が起きてしまうと、建設は容易ではなく、できたとしても時間がかかってしまうのが現状だ。ただ、待機児童問題は切羽詰まっているために、時間をかけるわけにはいかない。現状はそんなジレンマに直面しているといえるだろう。
(弁護士ドットコムニュース)