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桑田佳祐「ヨシ子さん」に見る音楽的先鋭性 グローバルなヒット曲との共通項を読む

2016年07月10日 15:01  リアルサウンド

リアルサウンド

桑田佳祐『ヨシ子さん』(通常盤)

【参考:2016年6月27日~2016年7月3日のCDシングル週間ランキング(2016年7月11日付・ORICON STYLE)(http://www.oricon.co.jp/rank/js/w/2016-07-11/)】


 今週のシングルランキング上位は、GENERATIONS from EXILE TRIBE『涙』、桑田佳祐『ヨシ子さん』、VIXX『花風』、放課後プリンセス『青春マーメイド』、lol『spank!!』という並びとなった。


動画はこちら


 この中でも、やはり語るべきは『ヨシ子さん』だろう。桑田佳祐の3年ぶりのニューシングルは8.1万枚のセールスを達成。前作『Yin Yang/涙をぶっとばせ!!/おいしい秘密』の初動6.9万枚を上回る結果となった。


 このセールスは楽曲自体の持つパワーが成し遂げたものと言える。素っ頓狂でユーモラスな、そして一度聴いたら耳から離れないインパクトを持った「ヨシ子さん」は、ラジオのオンエアやテレビでの初披露から大きな話題を巻き起こした。6月17日の『MUSIC STATION2時間SP』(テレビ朝日系)、6月23日の『SONGS』(NHK)、そして7月2日の『THE MUSIC DAY』(日本テレビ系)と、桑田佳祐自身も各局の音楽番組に出演してこの曲を披露。歌やサウンドだけでなく、カラフルで摩訶不思議なバックダンサーを従えたカオスな演出も目を釘付けにした。


 すでに多くの人に語られていることではあるが、今回のシングルは何より「ヨシ子さん」という曲を表題曲にしたのが英断と言っていいだろう。この曲を前面に押し出したことで、桑田佳祐独自のポップセンスと批評性がありありとフィーチャーされたのである。「EDMたぁ何だよ、親友?」「“サブスクリプション” まるで分かんねぇ」「なんやかんや言うても演歌は良いな」と、時代に取り残されたオッサンを戯画的に描きながら、実は60代を迎えた彼がどのミュージシャンよりも時流に鋭敏なことを証明する一曲になっている。


 というのも、この曲のビートは、ジャスティン・ビーバー「SORRY」や、リアーナ「WORK」や、ドレイク「ONE DANCE」など、去年から今年にかけてのグローバルなヒットソングに共通して用いられるダンスホールレゲエのビートを参照しているから。ダンスホールレゲエと言っても、湘南乃風やFIRE BALLがやっているようなアゲアゲの曲調ではない。彼らが参照しているジャマイカのショーン・ポールのようなゼロ年代のホットなダンスホールレゲエではなく、あくまで、カルヴィン・ハリスやカイゴなどEDM以降のトロピカル・ハウスのムーブメントを経由し、ディプロが牽引する2010年代のダンスホールレゲエ。テンポと音圧を抑え、リスナーを穏やかにチルさせる心地よくメロウなサウンドが特徴だ。


 言葉でいろいろ説明するより、ディプロが手掛けるメイジャー・レイザー&DJスネイクの「Lean On (feat. MO)」を聴いてもらえればそのテイストは一発で伝わるはず。


 この曲を聴いてから「ヨシ子さん」のMVを観ると、「ドンッツ・ドッツ」というダンスホールレゲエのビートだけでなく、生音のパーカッションの使い方や無国籍風の演出も含めて、かなり呼応したサウンドに仕上がっていることがわかる。


 当サイトに掲載されたインタビュー(http://realsound.jp/2016/07/post-8260.html)では桑田佳祐自身は「意識してない」と語っているが、これだけ最先端のサウンドの上で「オッサンそういうの疎いのよ 妙に」と歌うというのは、かなり確信的な言葉の選び方と言っていい。さらに「チキドン(チキドン) エロ本(エロ本)」「フンガ フンガ 上鴨そば(Hey)」という歌詞もすごい。こういうワードを歌ってヒットソングにできるのは桑田佳祐くらいだろう。


 ニューシングルには、この「ヨシ子さん」を含めて4曲の新曲が収録されている。どの曲も大型タイアップを獲得している曲だ。「ヨシ子さん」はWOWOW開局25周年CMソング。「大河の一滴」はUCC BLACK無糖のCMソング。「愛のプレリュード」はJTBのCMソング。そして「百万本の赤い薔薇」はフジテレビ系「ユアタイム~あなたの時間~」テーマソング。


 桑田佳祐クラスの大物になると、一枚のシングルに複数のタイアップ曲が収録されることも珍しくない。その時にどうするかで、アーティストやスタッフチームの意志や戦略が垣間見えることになる。こういった場合に最も多いのは、両A面、もしくはトリプルA面の表記にする例だ。たとえば桑田佳祐の前作シングル『Yin Yang/涙をぶっとばせ!!/おいしい秘密』や前々作『明日へのマーチ/Let’s try again~kuwata keisuke ver.~/ハダカ DE 音頭 ~祭りだ!! Naked~』はそういうタイプの扱いだった。


 タイアップ曲4曲を収録したシングルに楽曲名とは別のタイトルをつけ、ミニアルバム的なボリューム感を持った一枚としてリリースする例もある。たとえばGLAYの『G4』シリーズや、Mr.Childrenの『四次元 Four Dimensions』がこれにあたる。


 しかし今回、桑田佳祐はあくまで「ヨシ子さん」を表題に、「大河の一滴」「愛のプレリュード」「百万本の赤い薔薇」をカップリング扱いにした。どれもクオリティの高い曲だし、桑田佳祐に求められる歌謡性とポピュラリティを兼ね備えた曲だ。


 でも、それを差し置いて「ヨシ子さん」をフィーチャーした。その判断は正しかったと思う。同年代の中高年には共感を、そして若い世代にはキャッチーなフックを持って響くのがこの曲だ。前出のインタビューで「狙ってたらヒット曲はできない」と語っていた桑田佳祐だが、かなり周到に狙いすまして作られた一曲なのではないだろうか。(柴 那典)