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綾野剛、演技の凄みは“顔芸”にありーー『日本で一番悪い奴ら』で見せた“興奮表現”コントロール術

2016年07月10日 06:11  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)2016「日本で一番悪い奴ら」製作委員会

 『日本で一番悪い奴ら』が好評だ。最新興収ランキングでは、ベスト10入りした作品中、177ともっとも公開館数が少ないにも関わらず第8位にランクイン。この快挙を成し遂げることができたのは、主人公を演じた綾野剛の、これまでのキャリアの集大成ともいえる芝居にあることは間違いない。


参考:綾野剛のラブシーンはなぜ“刺激的”なのか? 30代のリアルな色気に迫る


 綾野が演じる役は、柔道の腕を買われて北海道警察に採用された諸星要一。道警柔道部を全国優勝させるというミッションを達成したものの、刑事としては持ち前の実直さや正義感を発揮できず、くすぶった日々を送っている。ある日、先輩刑事の村井(ピエール瀧)から「刑事は点数。点数を稼ぐには裏社会に飛び込み、S(スパイ)を作れ」とアドバイスされたことをきっかけに裏社会とのパイプを作り、覚せい剤や銃器の摘発で点数を稼ぎ、警察内でエースとして頭角を現し始める。しかし、情報入手に必要な資金稼ぎのために、覚せい剤や銃器の密売に手を染めたことから歯車が狂いだす。


 綾野は諸星が道警に入った26歳から、52歳で覚せい剤取締法違反の容疑で逮捕されるまでの26年間を演じている。始まりは、柔道場での柔道シーン。知性も野心もなく、ただただ先輩や先生の言うことにしたがって、無心で柔道に取り組んできた、体育会系の青年を体現する。オープニングタイトルを挟み、先輩刑事の栗林(青木崇高)を隣に乗せて、覆面パトカーを運転するシーンでは、栗林に煽られてもスピードを出せず、急いでいるのに習慣でシートベルトをしてしまう様子から、バカ真面目な性格がにじみ出る。そんな諸星が、村井スタイルの捜査方法を実行し始めたところ、持ち前の一本気な資質により、昭和のVシネマでよくみかけた「暴力団員よりも強面な刑事」へと急変する。


 本作における綾野の芝居は、「1ヶ月間の撮影で体重を10kg増減した」「1人の男の26年間を演じた」「柔道を会得した」「激しい濡れ場」「覚醒剤を打つ芝居に挑戦」など、キャッチーな切り口でいくらでも賞賛可能だ。ただ、それ以上に注目すべきは、“興奮表現”のコントロール術ではないだろうか。諸星のように常に興奮状態で生きているキャラクターの落とし穴は、一本調子になってしまい観客に「もういいよ」と飽きられてしまうこと。しかし、綾野が高いテンションを保ちながらも微妙な緩急をつけていることで、キャラクターに深みが増し、人間ドラマとしての側面が強まったといえる。


 それを具現化しているのは、誤解を恐れずに言えば、綾野の顔芸だ。眉を段違いにしてニヤリと笑いながらピストルを構えるときの表情。もはや舎弟となったSたちに向ける慈愛に満ちた表情。追いつめられて余裕がなくなったときの鼻の穴が広がった表情。4人の女性との濡れ場も、撮り方の工夫はもちろんあるが、そのときの諸星が何に飢えているのかをきちんと表情と声、肉体で演じ分けている。酸いも甘いも噛み分けたクラブのホステスをバックで攻めつつリズミカルに喘ぎながら「おれの、女に、なってくださいぃ!」と懇願するときの表情には爆笑してしまった。


 豊富なバリエーションの顔芸で、振りきれた芝居をする綾野。俳優としてはまだまだ経験が浅い、お笑い芸人の植野行雄(デニス)とミュージシャンのYOUNG DAIS(『TOKYO TRIBE』)の好演は、綾野のこの熱量のある、セリフに頼らない、メリハリのある芝居によって引き出されたものだと想像がつく。主役に目の前でこんな芝居をされたら、誰だって刺激を受けて、食らいつかねば! と必死になるしかないだろう。


 綾野は、ほぼ出ずっぱりでテンションの高い芝居をしたことで、主役として作品を見事に牽引した。もちろん、このアプローチ方法は、作品が『日本で一番悪い奴ら』だったから取られたもの。2014年の主演映画『そこのみにて光輝く』は内へ内へと入り込む芝居をし、「コウノドリ」では漫画原作の連ドラの主人公らしく、視覚的にわかりやすいキャラクターづくりをおこなっていた。作品によって最適のアプローチ方法を採択する綾野剛の変貌が楽しみだ。(須永貴子)