2016年07月09日 09:51 弁護士ドットコム
人工衛星を利用して位置情報を割り出すことができる「GPS」(全地球測位システム)の端末をつかった捜査手法をめぐって、裁判所の判断が大きくわかれている。
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報道によると、名古屋高裁は6月下旬、裁判所の令状なしに捜査対象者の車にGPS端末をとりつけた捜査の違法性が問われた裁判で、「プライバシー侵害の危険性があり、令状が必要だった」として、捜査を違法とする判断を下した。
一方、大阪高裁は今年3月、別の窃盗事件の判決で、令状なくGPS端末を取り付けた捜査について「プライバシー侵害の程度はかならずしも大きくない」「重大な違法があったとはいえない」という判断を示した。
どうして、このように異なる判断がおこなわれたのだろうか。GPS端末をつかった捜査をどう考えればいいのだろうか。元警察官僚で警視庁刑事の経験もある澤井康生弁護士に聞いた。
「GPS捜査による位置情報の取得は、対象車両の底などにGPS端末を取り付けたうえで、捜査官が任意のときに携帯電話から発信器に接続すると、日時や地図、おおよその位置が表示されるというものです。
このほど、名古屋高裁は令状なしのGPS捜査は『違法』とする判決を出しましたが、これまでGPS捜査については、『強制処分』であることを前提に、令状なしの捜査は『違法』とする一連の下級審裁判例(大阪地裁、名古屋地裁、水戸地裁)、任意処分として『適法』とする下級審裁判例(大阪地裁)、『重大な違法とはいえない』とした大阪高裁判決などがあり、錯綜している状態です。
さらに、全国の都道府県警察を監督する立場にある警察庁の刑事局が制定した『移動追跡装置要領』もあるため、これも含めて整理をする必要があります」
「ひとくちにGPS捜査といっても、すべてが同じやり方でなく、理論的には大きく分けて2つのパターンがあると考えられます。
1つは、通常の張り込みや尾行といった『任意捜査』を補助するために使用するパターンです。
そもそも、張り込みや尾行は、いわゆる『刑事ドラマ』でやっているほど簡単でありません。私も警視庁時代に何度も経験しましたが、犯人のいる部屋を見わたせる空部屋なんて都合よくありません。
なので、路上駐車した覆面パトカーの中やビルの屋上、塀の影など、かなり劣悪の環境で長時間の張り込みをしなければなりません。しかも犯人はいつ移動するかわかりませんから、24時間気を抜くことができません。
尾行にしても、付かず離れず、微妙な距離感を保ってついていく必要があるため、一瞬の油断で見失ってしまうこともあります。
このように張り込みや尾行は難易度の高い捜査方法といえますので、車両をつかった犯人の動向を把握したり、犯人を見失った場合に備えて、補助的にGPS捜査をおこなうケースがあると思います。
この場合、もともと任意捜査である張り込みや尾行の補助的な捜査に過ぎず、プライバシー侵害の程度も低いので、GPS捜査は強制処分ではなく、令状も不要とされています。GPS捜査を『適法』とした大阪地裁判決は、これに近い事実認定にもとづいて、任意処分としています。
また、警察庁の移動追跡装置要領も本来的には、上記のような任意処分としての捜査方法を前提としたうえで、乱用されることのないようにさまざまな要件を課しています」
「もう1つは、GPS捜査を行動確認のための捜査方法として使用するパターンです。
たとえば、数カ月間にわたるなど比較的長期のスパンで、1日100回以上の位置検索をおこなって、24時間犯人の動向を監視するような捜査手法です。
『ここまでやると捜査上必要とは認めがたい』場合にも検索をおこなうことになり、プライバシー侵害の程度も高いことから、これまでの判例理論にあてはめれば、強制処分といわざるをなくなります。
そして、強制処分だとすると、GPS捜査による位置検索は、捜査官が五官の作用によって犯人の位置情報を観察する『検証』としての性質を有しており、検証令状を取得するべきという結論になります」
「GPS捜査を『違法』とした一連の下級審裁判例と今回の名古屋高裁判決は、GPS捜査を24時間犯人の行動確認をおこなうようなやり方で使用したパターンと認定したうえで、検証にあたることから、強制処分として令状が必要としたものです。
これに対して、『適法』とした大阪地裁は、任意捜査を補助するために使用したパターンに近いと事実認定したため、任意処分であり『適法』としたものです。
また、『重大な違法といえない』とした大阪高裁判決は、強制処分か任意処分かは明示していません。
ただ、GPS捜査で得られる情報は、対象車両の所在位置に限られており、使用者の行動の状況が明らかになるものではないこと、車両の位置情報をたえず取得・蓄積し過去の位置情報を網羅的に把握したものでもないことから、結論としてプライバシー侵害の程度は大きいものではないとしています。
このことから考えると、どちらかというと、任意捜査を補助するために使用したパターン、もしくは中間に近いと事実認定しているように考えられます」
「このように、GPS捜査には2つのパターンがあることから、事実認定のレベルでどちらなのか、丁寧に検討することが必要です。
ただし、一連の裁判例を読む限り、GPS捜査を24時間犯人の行動確認を行うようなやり方で使用したパターンが多いようです。
参考までに、アメリカ連邦最高裁は2012年1月、他人の自動車に令状なくGPSを取り付ける行為について違法性を認めています。
また、日本でも、携帯電話の基地局にかかる位置情報を取得する場合(犯人が所持している携帯電話の電波から犯人の居場所を検索する場合)は、検証としていわゆる『位置探索令状』を取得するという実務の運用もあります。
アメリカ連邦最高裁の判断や位置探索令状とのバランスからすれば、GPS捜査を24時間犯人の行動確認をおこなうようなやり方で使用するパターンについては、強制処分として検証許可令状を取得しておこなうべきであり、必要があれば立法措置をとるべきでしょう」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
澤井 康生(さわい・やすお)弁護士
元警察官僚、警視庁刑事を経て旧司法試験合格。弁護士でありながらMBAも取得し現在は企業法務、一般民事事件、家事事件、刑事事件などを手がける傍ら東京簡易裁判所の非常勤裁判官、東京税理士会のインハウスロイヤー(非常勤)も兼任、公認不正検査士の資格も有し企業不祥事が起きた場合の第三者委員会の経験も豊富、その他テレビ・ラジオ等の出演も多く幅広い分野で活躍。東京、大阪に拠点を有する弁護士法人海星事務所のパートナー。代表著書「捜査本部というすごい仕組み」(マイナビ新書)など。
事務所名:弁護士法人海星事務所東京事務所