フェラーリがキミ・ライコネンとの契約を1年延長したのは、実は、完全に予想どおりだったと言ってもいい。彼らは昔からドライバーの選択については「超コンサバ」で、経験とラインアップの安定性を重要視しているからだ。
現役ドライバーのうち、出走回数でライコネンを上回るのはフェルナンド・アロンソとジェンソン・バトンだけであることを考えると、若手の元気の良さよりも経験を重視するならば、選択肢は限られてくる。また、レッドブルのダニエル・リカルドなど、他の候補者の契約状況の変化もあって、フェラーリはドライバー市場でライコネンの後任を見つけることができなかった。
とはいえ、2014年にロータスからフェラーリに復帰して以来、ライコネンのパフォーマンスはひどく不安定で、もはや契約の更新はないと見られるのも無理はなかった。とくに乗りづらいマシンに苦労した2014年シーズンは、チームメイトのアロンソにまったく対抗できずに終わっている。ただし、この年に関してはライコネンがスクーデリアを「留守」にしている間に、チームがアロンソを中心とする体制に変わっていた点を考慮する必要があるだろう。そしてライコネンは、自らマラネロに働きかけて、そうした状況を変えようとするタイプのドライバーでもなかった。
チームメイトがセバスチャン・ベッテルに変わってからは、僚友と比較しての成績も上向いている。ただ、今季開幕から9戦を終えた時点で両者が同ポイントで並んでいるのは、ベッテルがたびたびトラブルに見舞われるといった状況に左右された結果であることは否定できない。
したがってパフォーマンスという点だけから言えば、ライコネンの残留によって大きなメリットがあるかどうかは疑わしい。しかし、チーム全体の成績を考えると、今年の様子から判断すれば「天秤」は多少なりともライコネンに有利なほうへと傾く。
「ライコネンはベッテルのナンバー2として文句なしだ」と言ったアラン・プロストに同意するか否かはさておき、フェラーリにとって、2007年のワールドチャンピオンをキープすることで得られるメリットがあるのは明らかだ。
ライコネンは実直で、自分の誤りは素直に認める人物として知られる。今年の初めベッテルが言ったように、彼らの間に「変な駆け引きは一切なく」うまく協力しながら仕事ができるのだ。そして、それが不思議なほどの効果をもたらして、マラネロ全体に調和した良い雰囲気が生まれている。
もっと「尖った感じ」の未知の若手を迎え入れれば、この雰囲気が壊れてしまう可能性は十分にある。おそらくフェラーリは、ベッテルをライコネンよりもハードに、あるいは一貫してプッシュできるドライバーを雇うことよりも、このムードを保つことのほうが重要と考えたのだ。
また、来年はテクニカルレギュレーションが大幅に変わる。技術チームにとって不確実なことが多い時期に、ライコネンがもたらす安定性は心強いものかもしれない。彼はタイヤの状態を把握する感覚が抜群に鋭く、クルマの挙動に関するフィードバックの正確さでも定評があり、他のドライバーには感知できない問題点も指摘する能力を持っている。彼と一緒に仕事をしたことがあるエンジニアたちは、その点において彼は間違いなくトップクラスだと、口をそろえて言うほどだ。
ピレリタイヤのサイズと仕様が変わり、空力パッケージもドラスティックに変化する来年、ライコネンはテクニカルチームにとって、ぜひとも手元に置きたいドライバーだろう。近年テストが厳しく制限されていることを考えれば、経験の価値は一段と高まる。それは開発ペースの加速にも役立つし、貴重な時間を新加入ドライバーの「慣らし」に費やすことも避けられる。
レギュレーション変更の結果として、来季のF1マシンがライコネンのドライビングスタイルに合ったものになる可能性もある。実際、見た目に派手なドライビングよりも、ミニマリスト的なスタイルを要求しそうな新規定の空力パッケージは歓迎すべきものに違いない。ライコネンは、自分がマシンを振り回すよりも「クルマに仕事をさせる」ことを好み、基本的なコーナリング能力の高いクルマのほうが本領を発揮できるからだ。
ライコネンは全般的に硬めの現在のピレリタイヤ、特にフロントタイヤの特性になじめず、長い間苦労してきた。彼のきわめてスムーズなドライビングスタイルではタイヤをうまく機能させられないことが多いのだ。しかし、来年はタイヤの構造も全面的に見直されるため、この面でも「いったんリセット」されるかもしれない。
ライコネン残留の発表は、彼が引退するのを待っているハングリーな若手の野心を挫くものだった。さらに言えば、現在のライコネンは、2000年代最初の数年間に多くの人をうならせたマクラーレン時代の彼とは、もはや別人と考えている人々にとっても残念な知らせかもしれない。
だが、ライコネン自身は「これまでと変わらない良いドライビングができる」と考えており、フェラーリも彼が十分に優れたドライビングをしていると判断したのは間違いない。結局のところ、ドライバーがチームに残れるかどうかを左右するのは、そこしかないのだから。