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「私は生きるために歌いに来ました」 さユりが『ミカヅキの航海』で辿り着いた場所

2016年07月05日 16:01  リアルサウンド

リアルサウンド

さユり

 「私は生きるために歌いに来ました」ーーさユりが、6月24日に東京キネマ倶楽部で行ったワンマンライブ『ミカヅキの航海』での一言だ。


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 「酸欠少女さユり」としてメジャーデビューした後の初ワンマンライブ『ミカヅキの航海』は、4月23日の渋谷WWWを皮切りにスタートし、大阪 americamura FANJ twice、追加公演の東京キネマ倶楽部を経て、8月26日さユりの故郷でもある福岡 DRUM Be-1にてラストを迎える。今回、筆者は渋谷WWW、東京キネマ倶楽部の2公演のライブを観た。先述したさユりの言葉やパフォーマンスから2カ月間でのさユりの心境の変化を垣間見たような気がした。当記事では、東京キネマ倶楽部のライブを軸に、渋谷WWWのライブも振り返りながらレポートしていく。


 渋谷WWWのチケットが即日ソールドアウトしたことを受け行った追加公演、東京キネマ倶楽部は2階の関係者席を含め超満員となった。開演時間を少し過ぎた頃、ファンの期待に満ちた熱気が充満するフロアにトレードマークのポンチョを着たさユりがゆっくりと現れた。2公演のセットリストはほぼ変わりなく、「来世で会おう」で幕を開ける。さユりのライブステージは透過スクリーンに映像が投影される。さユりの歌声、バンドとのギターパフォーマンスと同時に、アニメーション映像やリリック映像によっても楽曲の世界観を楽しむことができるのが彼女のライブの特徴だ。


 さユりの楽曲の根元は過去への思い、”後悔”で成り立っていると言っても過言でない。それは透過スクリーンに投影される2次元のキャラクターにも反映されている。制服を着た14歳の「さゆり」は永遠の後悔の中をループする存在。ピンクの服を着た「サユリ」はその都度の精神状態で姿形が変わる、未来へ向かう存在。ライブタイトルも船出という意味の“航海”と“後悔”をかけたものだ。大海原へと出発するオープニングから「来世で会おう」に展開していく中で、透過スクリーンに投影される映像によって「さユり」が鏡に映るのを「さゆり」と「サユリ」が覗き込む描写が特に印象深い。


 「ミカヅキの航海へようこそ。さユりです」、曲が終わるや否や眼光鋭い顔つきで挨拶するさユり。続けて「あなたはどんな人ですか? どんなことが嬉しくて、どんなことが悲しいって感じる人ですか? どこに向かいたくて、今日ここに私の歌を聴きに来ましたか? 私は生きるために歌いに来ました」とファンに問いかける。渋谷WWWの際にさユりは同じタイミングのMCで、「何にもできないけどそれでも自分のこと、世界のこと、好きになりたくて歌いに来ました」とファンに語りかけていた。


 ギターをかき鳴らし声を張り上げるさユりに、土砂降りの雨と交差点の信号の明かりが投影される2曲目「蜂と見世物(サーカス)」以降は、ストリート時代から披露している「knot」など未だ音源化されていない楽曲もセットリストに並んだ。中でも特筆しておきたいのは「甘えて夢を見すぎて現実に帰れなくなった人の歌」と一言前置き演奏に入る「ネバーランド」だ。ドラムとキーボード、さユりのアコースティックギターが一定のリズムを刻む楽曲で目を見張るのは、声を震わせ、鬼気迫る表情で歌うさユり。会場にいる誰もが息を飲む空気感さえ漂うほどだ。


 ライブ中盤で披露したのは、アニメ『僕だけがいない街』のエンディングテーマ「それは小さな光のような」。この曲はアニメの劇中音楽も手掛けた梶浦由記が作詞、作曲を担当している。「リバイバル(再上映)」と呼ばれる能力を持った主人公が大切な人、そして自分自身を救いに過去と現在を行き来するアニメの物語を描いた歌詞は、さユりが歌うことで深い親和性が生まれる。また、1番から2番、間奏、大サビと曲が展開していくにつれて激しくなっていくエレキギターとドラムサウンド、随所に顔を覗かす電子ノイズが楽曲の絶妙なアクセントとなっている。その後、「魚がお花に恋をした、叶わない恋の歌」と紹介したのは、弾むようなキーボードと海中を潜るようなVJが投影された「スーサイドさかな」。さユりが描く歌詞は「後悔」、そして「叶わぬ恋」がテーマの楽曲も多い。ライブ当日に配信限定EPとしてリリースした表題曲「るーららるーらーるららるーらー」も、<世界が変わる音がした 叶わぬ恋を夢見てた>と綴られる。さユりの楽曲の中でも1番の盛り上がりを見せるポップチューン「ちよこれいと」では、一緒にいることのできなかった意中の相手との未来を彼が食べられないチョコレートにかけ<アナタが食べられない物語を 私は描いてる>と曲を締めている。


 「私は後悔が多い人間です。もう二度と帰って来ないものや、自分で捨ててしまったものに思いを馳せたりしながら生きてきました。私の曲は悲しい気持ちから生まれた曲が多いです。だから、もしその後悔がなかったら私は今ある曲を作ってなくて、あなたも私を知らないままの全然違う未来だったかもしれない。私の歌を必要としてくれたあなたのおかげで私は私の過去に意味を持たせることができたって思います。ありがとう」、さユりらしい言葉でファンへの感謝の気持ちを述べ深々とお辞儀をすると、透過スクリーンに投影されたさユりの頭上にキラキラと輝く満月から血が流れ出し、次第にミカヅキへと変貌していく。続けてさユりは「私たちは欠けたところから始まります。欠けたものから何かを生み出せる力があると思います。大丈夫。あなたはあなたの“それでも”の先に進んでください。私も“それでも”の先に進みます」と話し、メジャーデビュー曲「ミカヅキ」を披露した。「ミカヅキ」は全てのサビ頭が<それでも>のフレーズから始まる。<それでも 誰かに見つけて欲しくて><それでも あなたとおんなじ景色が また見たいから>。さユりは、過去に後悔し、藻掻きながらも、“それでも”と自問自答し前に進んできたのだろう。「ミカヅキ」を披露したあと、さユりの頭上には投影された綺麗な満月が輝いていた。


 アンコールでは、メジャーデビュー前に着ていたポンチョに着替えたさユりが、トランクとギターケースを持って登場。路上ライブ時代の弾き語りスタイルを披露しようとすると、6月7日に20歳の誕生日を迎えたさユりに向け、ファンから祝福の言葉を送られて涙を流す一幕も。「最近作った曲をやろうと思います」、そう言って披露したのは新曲の「birthday song」。20歳を迎えた自身も歌詞で描きながら歌う。最後に「いつか、どうでもいい。もう死にたいって思った時に、それでも、もうちょっとだけ生きてもいいかなって思える朝が来たらいいなって思います。あなたが温かい朝を迎えられますように」、そう言い切り路上ライブから披露し続けている「夜明けの詩」を熱唱した。筆者は、一度だけさユりがSHIBUYA TSUTAYAの前で路上ライブをしているのを観たことがある。メジャーデビューシングル『ミカヅキ』の店着日、2015年8月25日。すでにその頃には、人が集まり過ぎて「ミカヅキ」1曲を披露して中止というブレイク前夜であったのを鮮烈に覚えている。さユりの一番の魅力は、ぶれることなく真っ直ぐに突き抜けるような歌声だが、それをダイレクトに感じることができるのが路上ライブであり、さユりの原点なのだと言える。


 ここで再びライブの1曲目「来世で会おう」に話を戻す。この曲の歌い始めは<過去は変えられないさって>という歌詞であるが、『ミカヅキの航海』はさユりが過去を肯定して始まることになる。2カ月前に観た渋谷WWWでのさユりと比べて、一回りも二回りもアーティストとして大きく見えた。


(渡辺彰浩)