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栗原裕一郎の『ヒロインたちのうた』(南波一海著)評:優れた批評としてのインタビュー

2016年06月27日 19:11  リアルサウンド

リアルサウンド

南波一海『ヒロインたちのうた ~アイドル・ソング作家23組のインタビュー集~(CDジャーナルムック)』

 南波一海は、アイドルに関する文章を書くライターのなかで、現在もっとも信頼されている一人だろう。ここで「アイドル評論家」という呼び方をしなかったのは、彼自身がそう自称していないからというのはもちろんとして、その活動ぶりが評論家というよりもジャーナリストに近いからだ。あるいはフィールドワーク的というべきか。「アイドル界の柳田國男」と呼ばれたりもしているらしいが、全国津々浦々インディーズアイドルやローカルアイドルの現場にともかく足を運び、ライブを見て、CDやCD-Rをせっせと蒐集しているのである。


 アイドルの音源は必ずしも流通や通販に乗るわけではない。会場で少部数が手売りされるだけというケースも珍しくなく、すぐに入手不能になってしまう。そのとき現場に行かなければ手に入らないような音源を、南波は労を厭わず地道に集めているのである。その成果は、タワーレコード嶺脇育夫社長との配信番組『南波一海のアイドル三十六房』で紹介されたり、コンピレーションアルバム『JAPAN IDOL FILE』1&2などにまとめられているが、こうした姿勢が、アイドルファンのみならず、アイドル本人や運営からも信頼を得ている所以だろう。


 南波はミュージシャンから音楽ライターに転身したという経歴で、ジョブチェンジしてほどなくあちこちの媒体で名前を見る売れっ子になったが、いつからか意識的にアイドルに仕事を集中させていった印象だった。


 初の単行本となるこの『ヒロインたちのうた』もアイドルをめぐるものだが、一風アプローチが変わっている。アイドル本人ではなく、アイドルに楽曲を提供している作家(作詞家、作曲家)にターゲットを絞ったインタビュー集なのだ。


・「だったら曲を作った人に聞くのが早くない?」


 その理由を南波はこう書いている。


「だったら曲を作った人に聞くのが早くない?」


 アイドルへのインタビューを重ねるうちに、他のインタビューと内容が被ることが多いのが気になり始めた。「年齢の若さも関係しているとは思いますが、豊潤な音楽に比して、歌い手自身が語る言葉は意外とシンプルだった」。


 それならばと、些細なディテールや漏らされる心情などにむしろ重きを置き、アイドルのそのときのありようをドキュメンタリーのように記録する方針を採り始め、南波独自のスタイルとして固まっていったのだが、一方で、音楽自体をめぐる言葉がどうしても少なくなってしまうことが気に掛かっていた。


「だったら曲を作った人に聞くのが早くない?」というのは、そんなジレンマの解決策として浮かび上がってきたアイディアだったわけだ。


 そのアイディアに基づき、ウェブ版『CDジャーナル』で連載「ヒロインたちのうた。」が開始された。2012年1月のことだ。4年以上に及ぶ連載からセレクトしたインタビューに、単行本のために新たに収録したインタビューを加え、後日的な補足と注釈を添えて編まれたのが本書『ヒロインたちのうた』である。


 全部で23人の作家のインタビューが掲載されている。作家のリストはオフィシャルサイトに任せてしまおう。http://www.cdjournal.com/main/special/song_of_the_heroines/645


 目次に並んだ名前が一般的にはどのくらいの知名度があるのかよくわからない。


 かつての歌謡曲が大家を中心に作家への依頼で制作されていたのに対して、昨今のアイドル楽曲はコンペ形式で採用されるケースが多い。つまり作家たちから曲を募り、その中から選ぶのである。もちろん、昔と変わらず「ぜひこの人に!」と依頼されるケースもあるし、専属P(プロデューサー)がアイドル一組のほぼすべての楽曲を手掛けているケースもあるけれど、主流はコンペだ。


 そんなわけで、作詞家、作曲家は総じて昔ほど有名にならない。数年前、近田春夫がジャニーズ楽曲を取り上げたときの「考えるヒット」で、「最近アイドルへの楽曲提供者の状況はますます未知の領域となってきた」と書いていたが、それも同じ事情による(『週刊文春』2011年2月10日号)。


 だからこの本は、一部の詳しいマニア以外にはあまり知られていなかった、現代のアイドルに楽曲を提供している人たちの、人となりや、音楽的背景や指向性を炙り出して伝えることが目指されているともいえる。「最近活躍しているあの作曲家って、誰某のペンネームじゃないの?」などと囁かれ実在が疑われていた人物の初インタビューなども掲載されていたりする。


・作家たちの破天荒な人生


 何しろ23人も載っているので、全体を一言で要約するのは無理なのだけれど、南波も「こういう生き方でも職業作家になれるんかい、とツッコミを入れてお楽しみいただくのもありではないかと思います」と書いているように、まあ、破天荒な人が多い。


 たとえば、3776のプロデュースを手掛ける石田彰の経歴はこうだ。美大でバンドを組み、美術より音楽へ気持ちが傾いて留年、中退。宅録を始め、コンペで宮村優子に楽曲提供する機会を得たものの、金銭処理が面倒でチャンスを活かすことなくぶらぶらする。知人の家を転々とするうちに人形劇団に関わることになり、30代半ばまで続けた後、サラリーマンに転職。30代後半に「もう農業をやろう」と決意しまた転身したが、2、3ヶ月で挫折。3・11に遭遇し、福島で瓦礫の撤去でもして金を稼ごうかと考えたときに、AKB48のプロデューサーをやっている夢を見る。夢に誘われて秋元康の本を読み、「やっぱりこれだ」とアイドルプロデューサーになることにし、サイトを作ったり、あちこちの市役所にご当地アイドルやりませんかというメールを送り付けていたら、富士宮市が引っ掛かって、3776の誕生と相成る(その後も紆余曲折は絶えないが)。


 LinQを手掛けていたH(eichi) & SHiNTAのH(eichi)は、ラジオでDJを10年ほどやっていたが、あるとき「僕は音楽をする人だった」と気づいて37歳で引退、博多駅で歌っていたときに中島美嘉らと出会い、40歳でプロの道に入ったそうだ。


 EXILEのTAKAHIROや倖田來未、DEEPなどに楽曲提供している小田桐ゆうきは元々はダンサーだったという。中学の時に全国大会で優勝した卓球エリートで、大学もスポーツ推薦枠で入ったが、もう卓球はやりたくないと弱い大学を選び、ダンスを始める。大学卒業後東京へ出てボーカル&ダンス・グループを組み、コンテストで日本3位を獲得、25歳でデビューした。だが、30歳を目前にグループが消滅してしまう。道を失って精神的に追い詰められていたとき、EXILEのボーカル・オーディションに出てみないかと声を掛けられ、1万人の中から100人に残ったのだが、その2次審査で「僕は歌を辞めます」と宣言して辞退する。自分が何をやりたいのかと考えた末に、歌ではなく作家だと結論したのだそうだ。そしてバイトをしながら曲を作り、そろそろいいだろうとデモテープを作家事務所に送ったら10分で連絡が来たという。その事務所とはトラブルが生じて別の事務所に入り直したそうだが、トントン拍子の波瀾万丈というか、こんな人いるんだねえと感心するばかりだ。


 もちろん着実にキャリアを積み重ねて作家として成功している人も多いが、実に十人十色で、こうした多様さを許容する包容力を、アイドル市場の爆発的な拡大はもたらしたということだろう。若い人に夢を与える本である。


・「3・11後」という隠れたテーマ


 もうひとつ、複数の作家たちに密かに通底しているのは、「3・11後」という裏テーマだ。アイドル楽曲の歌詞に東日本大震災や原発問題が生に登場することはまずないが、出てこないからといって影響がないわけではむろんない。


 SUPER☆GiRLSの「MAX!乙女心」は、夏をテーマにした、アッパーというか脳天気な、はっきりいって頭の悪い曲である。


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 ドキドキ 夏どっきゅん!(Hi!)
 キラキラ ハートきゅん!きゅん!(Hi!)
 夢みる乙女よ(Fuwa Fuwa) ハジケましょ~(Yeah!)


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 作詞は、河出智希と竹内栄美子が組んだ作家ユニットのBOUNCEBACK。この曲の依頼が来たのは、まさに2011年3月11日のことだった。


「テレビをつければ津波の映像だし、東京も余震がすごくて、携帯も地震警報がびんびん鳴るしっていうなかで作ったんです。この歌詞を書いていいんだろうかっていう罪悪感みたいなものが出てきてしまって、本当にこれを求めてくれる世の中が来るのかなっていうのが信じられなくなったときだったんです。(…)じゃあ、SUPER☆GiRLSはなんのために存在するのかっていうのを考えたときに、「元気と笑顔を届けるグループ」っていうのがシンプルに自分のなかでストンと落ちてきて、そこに向かって弾ける以外にないなと。もう余震が来ようがなんだろうが必死になって書き上げて。そうしたら、全然震災と関係ない歌詞が出来上がりました。これを聴いてくださる瞬間は本当に楽しんでもらいたいみたいな祈りみたいなものも込められたかなと思っています」(竹内)


 僕は文学の仕事もしている。比較するのはあまりよくないかもしれないけれど、このエピソードを知ったあとで聴くこの曲は、凡百の震災文学よりも胸に迫る。もちろん成立の背景を踏まえたことで聞こえ方が変わったのだが、そうしたコンテクストを提示するのもまた批評の役割である。


 南波がこのエピソードを作家から引き出したことは優れた批評と評価されるべき行為であって、この一事だけでもう本書は成功であると断言してもいいくらいだ。


 インタビューという形式は、つらつらと書く批評文とかよりも軽く見られがちだと思うが、聞き手の懐次第で十分に深いところまで到達できるのだとあらためて知ることのできる一冊である(実際、読むのにすごく時間のかかる本である)。(栗原裕一郎)