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『リング』『呪怨』では描けなかった領域へーー『貞子vs伽椰子』を成功させた白石晃士監督の手腕

2016年06月25日 18:31  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)2016「貞子vs伽椰子」製作委員会

「バケモンにはバケモンをぶつけんだよ!」


 ビデオを見た者を呪い殺す貞子。家に入った者を呪い殺す伽椰子。「Jホラー」を代表するヒットシリーズ『リング』と『呪怨』の、ハリウッド進出も果たした二大バケモノが出会い、壮絶なバトルを繰り広げる異色作が『貞子vs伽椰子』だ。彼女たちは一体、何を使って戦うのか。未見の観客のために、ここでバトルの様子を詳しく述べることは避けるが、両者一進一退、攻防が目まぐるしく入れ替わる、手に汗握るアツい展開が用意されている本作は一見の価値があるだろう。


参考:佐津川愛美こそ2016年のホラークイーンだ! 『貞子vs伽椰子』『ヒメアノ~ル』で見せた戦慄


 人気キャラクター同士が作品の垣根、ビジネス上の権利の垣根を越えて対決する映画は、洋の東西を問わずいろいろと存在するが、ひとつの作品としては、統一感が崩れ陳腐化することも多く、題材として非常に難しい企画だといえるだろう。「バカバカしいから興味がない」と考える観客も多いはずだ。そもそも、このような対決企画が生まれるのは、アイディアが枯渇してきて、シリーズが下降線を辿ってきているという背景があるはずだ。正直に言って、オリジナル監督が離れた両シリーズの近作には内容の点で不満を感じていたところだ。


 だが本作『貞子vs伽椰子』は、それら続編の中で、明らかに一線を画すものになっていた。メインの対決場面を緊迫感を持って描けているうえに、ひとつの恐怖映画としても質が高く、さらに今までになかったユーモアや熱血的な要素が加わり、事前の懸念を払拭する、魅力にあふれた作品になっているのだ。これを成功に導いたのが、日本のホラー界で異能を発揮する白石晃士監督である。今回は、その白石監督の作家性を辿りながら、成功の理由に迫っていきたい。


 『リング』の中田秀夫監督は、ジョセフ・ロージー監督のドキュメンタリーを撮るなど、ホラー映画のみならず、娯楽作全般や芸術映画にも理解が深い明晰な作家だ。『東海道四谷怪談』など怪談映画の名手である中川信夫監督の影響も大きく、その視野の広さと映画への深い理解が、映像に重みを加え、驚かせるだけのありきたりなホラー映画から、『リング』を数段高い位置へ押し上げている。


 『呪怨』の清水崇監督は、映像への鋭敏な感覚と、生理的な嫌悪感を引き起こすアイディアを次々に放つイマジネーションの豊かさを持っている。そのずば抜けた才能は作品を観れば一目瞭然だろう。なかでも時間と空間のズレを利用した恐怖表現は、「呪い」という観念的なモノを哲学的に映像化することに成功しているといえる。


 「英雄、英雄を知る」と中国の故事に言うように、同じようにホラー映画に精通する本作の白石監督は、両監督の持ち味からくる作品の魅力を理解し、それらの良さを的確に抽出している。そしてそれぞれの切れ味の鋭い演出を選び出しそのまま取り入れている箇所もある。だから本作は、本格的に怖い。そうやってなぞられていく双方の恐怖描写は同時に、クライマックスで戦う両者の呪いの能力の紹介ともなっている。それはまさに構成上、TVで見るボクシング中継の前の、対戦者の紹介映像にも酷似しており、無意識のうちに観客は対決に向けて気分が高揚していくのだ。


 白石監督は、映画やヴィデオ作品などにおいてホラーをいくつも手がけているが、彼がとくに力を発揮したのが、フィクションを真実であるかのように装う「フェイク・ドキュメンタリー」のジャンルである。「和製ブレア・ウィッチ・プロジェクト」と呼ばれ、話題になった劇場作品『ノロイ』や、その前後の作品群は、近年の世界的なムーヴメントを醸成するヒット作となった『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』や『パラノーマル・アクティビティ』よりも面白さにおいては上だ。それは、ドキュメンタリーの「リアリティ」を追って恐怖感を高めるというよりも、フィクションとしても面白い内容を、ドキュメンタリーの手法で撮っているというところからきているだろう。その結果、リアリティを超えた常識を逸脱する展開が可能になる。


 様々な都市伝説の真相を取材するという設定の、ヒットシリーズとなったヴィデオ作品「戦慄怪奇ファイル コワすぎ!」では、河童(カッパ)の謎を追い、証言者や痕跡を調べていくという回があるが、撮影隊のディレクターが河童に対して肉弾戦を挑むという荒唐無稽な展開になっていく。ここでは、作り手と視聴者が作品をフェイクであるという意識を共有することで、ある種の共犯関係が出来上がっているといえるだろう。だからここでは、描こうとする怪異を「ちゃんと見せる」ことができるのだ。そして、作品が想定している想像の枠を、最終的にはいつも突き破って、全く違う世界に連れて行ってくれる。そのサービス精神と、ジャンルの制約にとどまろうとしない信念は、フィクションである本作『貞子vs伽椰子』でも爆発している。『リング』や『呪怨』では描けない領域の表現に達するからこそ、白石晃士監督が撮る意義があるのである。


 また本作は、白石監督ならではのギャグ描写も多い。彼の作品では、怪しい霊媒師が出てくることが良くあるが、今回は女性の霊能力者・法柳というキャラクターが秀逸だ。その絶妙なうさん臭さとシリアスな口調、そして呪いを解く霊媒中に、あまり意味があるとは思えないビンタを食らわせる様子は、白石作品のファンであれば笑いが止まらなくなるシーンだ。そして彼女の助っ人として現れるのが、安藤政信が演じるアグレッシヴな霊媒師である。物語とは関係の無いところで「お前、バカにしてんのか?」と相談者に食ってかかるゴロツキのような態度、そしてあまりにコミック的な相棒の活躍など、ここでも、いままでの『リング』、『呪怨』シリーズにはない楽しみを提供してくれる。


 白石監督作としては潤沢な製作費を使えた本作。優れたマネージメント能力を駆使し、ここまで娯楽要素を盛りだくさんに詰め込んで、オリジナル作品への敬意と、作家性の追及を同時に達成してくれれば、何の文句も無いだろう。(小野寺系(k.onodera))